悲劇の日②秋村奈央の場合
みんなはバケモノ、って見たことある?
そう聞くと、きっと他の生徒は苦笑して「見たことない」っというと思う。
普通はそうだ。人を無差別に喰うバケモノなんて、誰も見たことあるわけがない。
モンスターと呼ばれるダンジョンに巣くう生物とは比較できないほど、あのバケモノは、バケモノだった。
あのダンジョンは、モンスターがいないはずだった。
まだ【はじまりのダンジョン】と呼ばれていた頃。そこは楽園みたいに、草花が咲き乱れる自然豊かなところだった。
あたしたちはみんな、ただの気楽な遠足に出かける気持ちで、身構えることなくダンジョンの中に入った。
地下にあるはずなのに綺麗な空気のあるそこで、あたしとナカヨクしていたあの子たちは気持ちよさそうに息を吸った。あたしはただ俯いていただけ。
ダンジョンの出口の近くでクラスメイトは集まることになっていた。それなのに先生が来なくって退屈していたトモダチがあたしの腕を掴んだとき、叫び声が響き渡った。
担任の先生が死に物狂いで走ってきて「逃げて!」と叫んだと思ったら、背後から伸びてきた鉤爪に胸を貫かれて、そのままバケモノの口の中に消えて行った。一瞬だった。けれどその一瞬で先生を失ったという情景が、生徒を絶望させて動けなくさせた。
あたしたちは、体が固まって動けなくなっていた。
どうしようもない恐怖に動けなくなり、あたしたちはただただバケモノが近くに来ることを許していた。
あたしが悲鳴を上げた時。掴まれていた右腕が引っ張られた。
トモダチは、あたしの目を見て、口元に笑みを浮かべる。
後ろから吐息がした。吐息にしては大きく、臭い息を背中に感じる。
首だけで振り返ると、そいつはあたし見ながら大きな口を開けて嗤っていた。
トモダチと同じ、嘲笑するような笑み。
あたしに向かってバケモノの右腕が染まってくる。
恐怖という言葉では到底表せられないような恐怖に、あたしは一歩後ろに下がり、転んだ。
あたしに向かってきた右腕が、背後にいたトモダチのお腹を貫く。
トモダチが死んだ。
食べられた。
転がりながらあたしはそれをみて――
確かに笑ったんだ。
あたしが体を起こすと、目の前には屍があった。
あたしをイジメていたあいつらの、死体がいくつもいくつも転がっていた。
笑いが漏れるのを必死にこらえていると、腕を引かれて無理やり立ち上がらされた。
「なにをやってんだよ!」
彼は必死になってそういうと、あたしの手を引っ張り出口まで連れていってくれた。
感謝しているんだ。彼には。
あたしはまだ生きている。
ゴミや泥をぶっかけられ、画鋲が足に刺さっても、まだここで立っていることができる。
彼がいてくれたから。
彼があの時助けてくれたから。
ああ、でも。
あたしは生きていていいのだろうか。
あの時、あの場所で。
バケモノに食べられるトモダチをみて、あたしは笑っていたのだから。
あたしをイジメてた奴らが死んで、安堵していたのだから。
あれから、あたしは上手く笑えなくなった。
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