歪曲の歯車

宵霧春

毀れたこころ

 カチ、カチ、カチ。

 私には、好きな人がいる。

 彼は成績が優秀で、スポーツも出来る、万能さん。対して私はぶきっちょさん。

 彼はクラスの人気者、対して私は隅の風景。

 きっと、彼の世界では、私は生きていけないの。

 でも、いいの。

 彼をこうやって遠くから見ているだけでも、私は幸せだから。


 カチ、カチ、カチ。

 私には、好きな人がいる。

 人気者の彼は、時々ひっそりと私に話しかける。

 私はその時だけ、世界が彩りを帯びて見える。

 たとえ彼の愚痴を聞くだけの役でも、私は十分満足なの。


 カチ、カチ、カチ。

 私には、好きな人がいる。

 月日が経つにつれて、彼の愚痴は多くなっていく。

 かわいそうな彼。頭がいいからこそだろう、彼は細かいことにも気に掛ける。

 心の内がどうであろうと、外の世界は何ら変わらないというのに。


 カチ、カチ、カチ。

 私には、好きな人がいる。

 彼は、私じゃない女の子と付き合ったようだった。

 始めから分かっていた。彼と釣り合うわけがないことくらい。

 けれど、心の中では、もしかしたら…なんて、ちょっぴり甘い期待をしてたの。

 あーあ、残念。

 どうやら、私の世界は再び彩りを失ったようだ。

 私の世界は、恐らくはもう、輝きを放つことはないだろう。

 ダメだって分かってるのに、彼が欲しい、欲しいと心が彼を独り占めしたがるの。


 カチ、カチ、カチ。

 私には、好きな人がいる。

 けれども、叶わない恋。心を痛めた私は、学校に行きたくなくなった。

 彼女と仲良く話す姿を、見たくなかったの。

 私の理想の彼は、みんなの人気者で。

 私はその、みんなのおこぼれを貰う存在で、このまま続いて欲しかった。

 ……嘘。私は、彼の隣にいたかった。

 ひとり悲しみに暮れる日が、このまま永遠に続くのだろう。

 でも、いいの。今の私は、永い夢を見たかった。


 カチ、カチ、カチ。

 私には、好きな人がいる。

 学校に来なくなって2日経った夕方、チャイムが鳴ったので出てみると、そこには彼がいた。

 どうやら、私のことを心配してくれたらしい。察してくれたのか、彼女を連れてきてはいないようだ。

 もう、ばか。

 頭がいいからこそ、彼は細かいことにも気に掛ける。

 こんな、私なんかにも。


 カチ、カチ、カチ……ガ、ガチリ。

 だけれどね。

 私、もう限界なの。

 私の胸の内は、彼への気持ちでいっぱいなの。

 だから、そんなに優しくされたら…私。

 彼の全てを、奪いたくなっちゃうの。


 ガチ、ガチ、ガ、ガ、ガガガガガ……

 私には、好きな人がいる。

 彼はもう、私のもの。

 ずっと一緒で、離れることはないの。

 ようやく叶った、私の願い。

 心も身体も紅く染めながら、私は玄関でひとり踊り続けるの。


 ……静寂。

 私には、好きな人が

 彼の身体にはもう、触れることが出来ない。

 でも、大丈夫。彼はずっと、私のものなのだから。

 私に掴みかかる、彼の元カノを見下しながら

「ざまぁみろ」って、笑っちゃうの。











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歪曲の歯車 宵霧春 @yoigiri

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