第5話【2027J04121815水野ちさ 2 】






「…………う」




 薄く目を開けると飛び込んで来る紅い夕日。眩しい、そして綺麗だ。

 なんだか懐かしい風景が見える。


「あぁ、走馬灯ってやつだろうか……死ぬ前に記憶が押し寄せてやってくるっていう……」


 窓の外の紅い世界には、私が学生のときに見た風景が見える。


 なんだろう、私にとってこのときが一番印象深いのだろうか。そうだな、このときからやり直せるというのなら私は……。


「………!」


 机に突っ伏した状態から、がばっと起き上がる。やっと頭が回転し始めた。


「どこだここは!」


 周囲を見ると机と椅子が規則正しく並んでいる。そこの一つの席に私は座っていたようだ。


「ここは……」


慌ててポケットを探り携帯端末を乱暴に取り出し、表示されている日付を確認。


「……十年前の四月……」


 居る場所は高校の教室。私の席だった場所。体も……そのときのものだ。

 教室の窓の外には買い物帰りの主婦や、学校終わりの学生が歩いているのが見える。とても平和な世界。そう、このときはまだ平和だった。


 どう理解して納得すればよいのか。


 携帯端末のプロフィールを確認。水野ちさ、一般生徒、お料理クラブ所属。


「大丈夫、私が高校生のときのものだ。記憶に問題はない」 


 思いつく限りの検索をしてみたが、間違いはなさそうだ。



「……これをやった張本人を問い詰めてみるか」


 何か『私に渡せ』と受け取った物もあるし。






 もうすぐ緋から闇へと変わる時間、静かな校舎を歩く。

 窓の外の風景が心に沁みる。見たかった景色、少し涙が出そうだ。


 紅く染まる海が見える。広い……ああ、なんて世界は広いのか。今私はとても心がわくわくしている。やり直せる、やり直せるんだ。


「強くなる、私は強くなってみせる。兄よりも、姉よりも、長谷川さんよりも」


 だがおそらくそれでもあいつ等には敵わないだろう。あいつ等の強さはこの私が一番分かっている。


「……やってやる、私がやるしかないんだ。この与えられたチャンス、死に物狂いで喰らい付いてやる」







「綺麗だ」


 甘屋さんの研究室をあとにした私は、我慢出来ずに海に向かった。日も暮れ、静かな海辺。見上げるとそこには輝く星達。


「ああ……」


 涙が止まらない。私はもう一時間近く砂浜に大の字になって、空を眺めている。

 これが世界、そうこれが私達の世界なんだ。


 奪われてなるものか。これ以上渡してなるものか。


 甘屋さんの元へ行き、例の金属の球状の物を渡したときの甘屋さんの驚いた顔が忘れられない。


「……そうか、最後の私はそう行動したのか。お前に託した……のか」


 最後の私……ここに送り出してくれた甘屋さんのとても悔しそうな、悲しそうな顔が思い浮かぶ。

 甘屋さんは何も教えてはくれなかった。言えないのだ、と。

 そしてこのことは誰にも言うな、と。


「……もとより誰にも言うつもりはない。こんな話、誰が信じてくれるというのか」


 制服に付いた砂を払い、起き上がる。なんであろうと、私は一つの結末を知っている。


 このままではまたあの世界に辿りついてしまう。

 それだけは避けなければいけない。



「強くなる。そう、私が強くなるしかない。それが唯一の回避法なんだ」




 輝く星達に強く、強く誓う。

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