第8話「ツクモ・ゴッド」
「お前たちの答えは決まっている! 死だ!」
アンサーが大きく腕を引き絞り、その拳を突き出してきた。
「
「承知」
社長の号令を受けた課長がコートを脱ぎ捨てて体をほどく。周囲の壁やらがれきやらにその細い体を巻き付けて、社長の前に真っ白な布でできた網が完成した。
アンサーの拳は衝撃もろともそれに捕らえられ、社長のぎりぎり数センチ手前で止められる。
「お次はアーム!」
網状の課長は再びほどけ、社長の手に幾重にも巻き付く。社長の右腕はみるみるうちに布に包まれ、純白の巨腕と化した。
「私らの答えは、自分で決める!」
アンサーの巨体が大きく傾いで、ぐらついた。
「む、おおっ!」
たまらず倒れたアンサーの胸の上にちょこんとマウントポジションをとり、社長は白い巨腕の嵐を降らせた。一発一発が地を揺るがすほどの衝撃。
たまらず、目をかばうようにアンサーは頭部を拳状に握り込む。
「すごい……」
なんていうか、俺の入る余地がない。
課長もすごいが、あれだけ激しく動いても呼吸をまったく乱さず、疲れも感じさせない社長の無尽蔵の体力に、ただ圧倒される。
はたと。それまでなんとなく気にしていなかったけど、斜め後ろにいるベルさんの方を見ると。
「ぜひゅーっ、ぜひゅーっ、ぜひゅーっ」
この人また息切れしてる! 何もしてないように見えるけど、なんで!?
俺の疑問が伝わったのか、アンサーを殴りながら社長は答えた。
「ベルは私の影から生まれた
「あんた鬼か!」
俺の感心を利子付きで返してほしい。
「いえっ、社長様は、はあっ、神様、です……!」
無理してしゃべらなくていいですよベルさん!
しかも本当なのか比喩なのか判断に困る言葉だった。
あの社長なら、本当に神様でした、ってオチにもなりかねん。
ほんとのところどうなんだろう、と俺が考えていたとき。
そう、俺は油断していたんだ。
「知っている! 我は知っているぞ! この場合の最適解は『こう』だ!」
倒れたままのアンサーが、文字通り腕を俺の方に伸ばしてきた。
「ぐっ!?」
俺は抵抗の暇もなくわしづかみにされる。さすがにこれはノーマークだったのか、社長は殴る動きを止めて、しまったという顔をした。
「動くな」
アンサーの声がその場を支配した。
「そしてお前たちは下りろ」
次いで、胸の上にいる社長と課長に対して言う。二人はしぶしぶと従い、アンサーから離れる。
社長は不満げな顔を隠そうともせず、人型に戻った課長はトレンチコートを着て帽子をぐっと目深にかぶった。
ベルさんに至ってはぐったりと地面に伏したまま動けないままだ。
「古典的ではあるが、見ての通り、ご存じ人質だ」
アンサーは起き上がり、勝ち誇ったように言う。いや、実際に形勢は逆転したのだ。当然の反応か。
「……すみません」
力なく俺は謝る。まさかこんな最悪な状況で足を引っ張ってしまうとは。情けなさで胸がいっぱいだ。
「何、気にすることはないさ。よくあることだ」
そうそうないと思います社長。
しかしこれではっきりしてしまった。
アンサーに命を握られたまま、空を仰ぐ。もう日が沈んで満月が顔を出していた。季節は初夏だけど、吹きつける夜風はひんやりと冷たい。しかし、アンサーの手はそれ以上に冷たかった。
今、俺にできることはなんだ?
考えろ。
考えろ!
それだけを思って、俺はアンサーの手の中にいた。
そこで、ぽっと湧いて出た疑問をそのまま口に出す。
「アンサー。お前はどんな答えでも知っているんだよな?」
「当然だ。ゆえに我はアンサー」
「どうしても、気になることがある。冥途の土産ぐらいもらってもいいだろ?」
断じてベルさんの土産という意味ではない。
「……言ってみろ」
よし、乗ってくれた。ない知恵を振り絞って俺の出した打開策は単純なもので、とにかく時間を稼ごうというものだった。
「カシマさんが会社を訪ねたとき、依頼内容はメリーさんのストーカー行為をなんとかしてくれってことだったな」
「いかにも」
「でもそれはお前らの嘘で、本当はメリーさんは一切関わっていなかったんだな?」
「その通りだ」
俺はいったん唾を飲み込んだ。乾いた喉が少し痛む。
「だったら、おかしなことがあるんだよ。俺がカシマさんに電話を奪われる前、確かに電話がかかってきたんだ」
あれはDREDの誰とも違う声音だった。当然カシマさんでもない。
「後ろから襲ってくるカシマさんに気をつけろという警告だったから、お前の仕業でもなさそうだ」
あそこであんな電話をかけるメリットはないからな。
「じゃあ、あの電話の主はいったい誰だったんだ?」
一瞬だけ、沈黙が訪れた。でも本当に一瞬のことだったので、すぐさまアンサーは口を開く。
「それはな――」
純粋に頭の片隅に引っかかっていたことだったので、アンサーの答えをおとなしく待つ。
が、思いもよらぬ方向から声がした。
「そうだ! それがあったか!」
つづり社長だ。いたずらを思いついた子どものように、爛々と目を輝かせている。
え、何? どれ?
俺、何か事態を好転させるようなこと言ったっけ?
「風月! あれはどんな具合だった?」
社長が問い、
「そうでしたな。いい頃合いでしたよ。あとは時間の問題、タイミングかと」
なんの話が進んでいるのかさっぱり呑み込めないままに、今度はベルさんに視線をやる。
彼女は小首をかしげるだけだった。
あなたは何も思い至らないんかい。
しかし、どこかで何かが回りだしているのは、社長と課長の反応を見るに、はったりじゃなさそうだ。
いったい、ここからどう転ぶんだ。少しは期待してもいいのだろうか。
「おーいアンサー、間違っても勇馬を握りつぶすなよー」
両手を口の横に添えて、社長が話しかける。
「言われるまでもない。殺しては人質の意味がないからな」
「これでもお前に忠告してやってるんだよ」
と、社長は意味ありげな笑みを浮かべた。
「お前たち、さっきから何を言っている?」
アンサーがいぶかしむような声を出したのと同時だった。
俺の胸から生えた巨大な鉄の杭が、俺を握っているアンサーの拳を内側から突き破ったのは。
「なんっ!?」
痛みと混乱でうろたえるアンサー。その拍子に、大事な大事な人質の俺を取り落としてしまう。
拳を開いた瞬間、杭は五寸釘ほどのサイズに小さくなった。よくよく見れば、俺が胸ポケットでお守り袋の中に入れていた釘じゃないか。服の胸の部分には大きな穴が開いている。
この機を逃すDRED社員ではない。課長はトレンチコートの袖から一条、白い布を伸ばして難なく俺をキャッチする。
その際、一緒に落下していた釘をなんとかつかんだ俺は、ふわりと着地させられた。
「よし、もう離さんぞ、少年」
その言い方はなんかいやです課長。
それにしても、と俺は手の中の釘を見つめる。
この釘が、巨大化した?
いくらお守りだと言っても、ここまで如実に効果が表れるなんてのはできすぎだ。
「こんな、こんな馬鹿な……! よりによって今だとぉ!?」
右手を押さえるアンサーに対して、社長が声を大にした。
「その五寸釘はねえ、作られてから今日でちょうど九十九年経ったのさ!」
アンサーがすべてを察するには、その情報で充分だったのだろう。
「まさか――」
「そう! この釘は今!
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