第7話「正しい答え」
「どうしてここに!?」
尋ねる俺に、社長はふふんと小さな鼻を鳴らす。
「社員のピンチにはいつでもどこでも駆けつけるとも――とかっこつけたいとこだけど、今回はベルのおかげだね」
見ると、アンサーの足元からいつの間にか移動していたベルさんが、トランシーバー型携帯電話を手にしていた。さっき俺が投げたのを拾ったのだろう。
「彼女が私たちに連絡をくれたんだよ」
そういうことだったのか。
そこでふと、違和感に気づく。社長は普段の白スーツの上から、茶色いトレンチコートを羽織っていた。
「課長は、来てないんですか?」
「
社長の視線の先には、腕に刺さった真っ白なドリル状の何かを抜こうともがくアンサーの姿がある。そのドリルは螺旋状にほどけていき、一本の細長い布となって、まるで意思を持っているかのようにこっちへ飛んできた。
「そら、返すよ」
トレンチコートをばさっと無造作に放り投げる社長。彼女の言葉に応じ、布は空中で渦を巻いて人の形をとり、きれいにトレンチコートを着こなして着地した。
「この、
全知のアンサーが課長の正体を明かしてくれた。
空を飛ぶ長い布の妖怪、一反木綿。
そうか、課長には中の人などいなくて、包帯に見えていた細長い布そのものが、課長本人だったんだ。
「自業自得とはいえ、
社長がこちらに目配せする。カシマさんは俺の腕の中で息も絶え絶えだ。もう口を押えることすら気の毒に思えるので、手も離してすでに地面に寝かせている。
「アンサー、お前のやり口は調べさせてもらったよ」
不意打ちのダメージでひざをついた敵を見据え、社長は語る。
「そもそも、メリーさんがストーカーをしていると聞いた時点でおかしいと思ったんだ」
アンサーの前で、一連の事件の答え合わせが始まろうとしていた。
「メリーさんは三ヶ月前に無謀にも私に電話してきてね。それが運の尽きだった。私はメリーさんを着信拒否した挙句、逆にこっちから電話をかけまくって今や彼女はすっかり電話恐怖症さ」
とんでもないことしましたね!
電話恐怖症のメリーさんなんて、アイデンティティーの崩壊もいいところだ。
さすが社長。やることが規格外で破天荒すぎる。
「そしてもう一つ。
この期に及んで田村さんが何か!?
「勇馬がバイト探し中だということを教えて、とり憑くようにそそのかしたのもお前だろう、アンサー」
なんだって!?
「さらに、背後霊が憑いていても構わずに雇おうとした物好きな企業の人間には、決まって怪文書が送られていたらしいね」
「…………」
アンサーは頭部の手を軽く握ったり開いたりして、社長の言葉に耳を貸している。心なしか、どこか面白くなさそうだ。
一方俺は、いやな予感に背中をじっとりと濡らしていた。
「本文には、会社の機密情報や、社員の個人情報、果ては重役のプライベートな秘密や社内の不正まで書き連ねてあって、『
おい、待ってくれよ。それって、じゃあ……
「勇馬のバイト探しを全滅させたのは、他ならぬアンサーだったのさ。すべては、うちに勇馬を採用させて、会社の電話を使い、カシマレイコに自分を呼び出させるために」
回りくどいったらありゃしない、と肩をすくめる社長だが、俺の目はそれをとらえている余裕はなかった。
視界が揺れて、気持ち悪い。
なんなんだよ。俺が何をしたっていうんだよ。
馬鹿みたいにアルバイトの面接を受けまくって、うんざりするほど落とされて。 それでもなんとか、腐っても諦めずに面接を受けたら変な会社に採用されたってのに。
それらが全部、仕組まれていたってのかよ。
あんまりじゃないか。ひどすぎるじゃないか。
俺は、俺のこれまでは、いったいなんだったんだ。
「だけどね、アンサー。一つだけ間違っているよ」
そのとき、一筋の声が差し込んだ。
「お前が私に勇馬を雇わせたんじゃない。私は自分の目で見て! この耳で聞いて! 実際に正面から向き合ったから勇馬を雇ったんだ! そこには私自身の意思しかない!」
すべてがお前のシナリオ通りだと思うなよ!
そう啖呵を切る社長は、夕暮れどきの中でなお、まぶしくてたまらなかった。
「そして勇馬。きみを雇ったのは間違いなく正解だったよ」
「え?」
「自分を利用した相手を助けようとするなんて、立派じゃないか。きみのような人材は、頼まれたって手放してやるもんか」
カシマさんの件を言っているんだろうか。
「いや、これはとっさに体が動いただけで、なんとなく、許せなくて……」
「その心がけが何よりの宝だよ、少年」
絹越課長が言う。
「誰にでも行えることではありません。考えなしではなく、考える前に動くというのは大きな力です」
ベルさんも、社長の後ろに控えながら続いた。
みんなが俺を見てくれている。
みんなが俺を、認めてくれている。
「我は大怪人アンサーだ。我の出した答えに狂いはない! 無知蒙昧な有象無象どもは、我の手の上で茶番を演じていればいいのだ!」
腕に大穴を開けられたことにも構わず、アンサーは立ち上がり、両の拳を胸の前で突き合わせた。稲光がアンサーの表面を走る。
「なにがアンサーだ。お前なんか、ただの不正解さ!」
社長はきっ、とアンサーを睨みつける。
「ベルの結界のおかげで遠慮はいらない! 全DRED社員よ、思う存分暴れろ! これは社長命令だ!」
社員たちから勢いよく返事があったのは言うまでもない。
ここだけの話、何もできない俺だけど、小さく、けれどもしっかりと「はい」と言ってやったんだ。
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