第6話「重役出勤もいいところ」
にたりと笑い、カシマレイコは得意げに語りだす。
「アンサー、という都市伝説をご存じかしら?」
怪人アンサー。確か、十人で輪を描くように隣の携帯電話に同時に電話をかけると出現する都市伝説だ。九つの質問になんでも答えてくれる代わりに、最後にアンサーの出す質問に正しく答えられないと体の一部を持っていかれる、とか。
「私は以前、失われている足の居場所を聞こうと、携帯電話を十台用意してアンサーを呼び出しましたの」
彼女の声のトーンは弾んでいた。
「そうしたら彼、電話越しの自分では力が足りないが、全身を現すことができたら足を与えてくれる、と約束してくださいましたのよ!」
彼女は、ずっと自分の足を探し求めていたんだろう。義足では満足できずに。
「アンサーは全知の怪人。自分の全身をこの世に出す方法も教えてくださったわ」
目的を達成したからか、カシマレイコは手順を丁寧に教えてくれた。
いわく、「
いわく、「そこに依頼をし、人間の少年と行動をともにせよ」。
いわく、「その少年から電話を奪い取り、特定の番号を入力すれば、現世と幽世の電話が同時多発的にかかり、携帯電話十台などとは比べ物にならない電波と念波によってアンサーが完璧な状態で出現する」と。
「今日、あなたが会社から特別製の電話を支給されるのも、アンサーは知っていらしたわ」
怪人アンサー。どんな質問にも答える全知の都市伝説。
全部、お見通しだったってわけかよ……!
掌の上で踊らされていたのだと思うと、自然と腹が立ってきた。
「我はアンサー。知識の泉より出でしもの」
巨大な怪人――大怪人アンサーはしゃべった。
即座に対応したのは、意外にもベルさんだった。
「ふっ!」
メイド服のスカートの中から取り出した無数の
「結界か。知っているぞ。部外者と我らを切り離したのだろう」
だからどうした、とでも言いたげにくつくつと笑うアンサー。
うっとうしげにクレーン車のような手を振り払い、漆黒のメイドの体を薙ぐ。暴風が巻き起こり、大量の土煙が舞った。
たちまち吹っ飛ばされて、積み重なった鉄パイプの中に突っ込むベルさん。激しい金属音が反響する。
「ベルさん!」
すぐに助けに行こうとしたが、
「お前の役目は終わった。あとは何もしなくていい」
アンサーの威圧的な声が、まるで壁のように立ちふさがった。
そりゃそうだ。俺にできることなんて何もない。
でも、この場から逃げ出すことだけは絶対にしたくなかった。せめてもの抵抗だ。
俺は走って、地面に置かれている仕事用の電話機を拾う。
こいつが召喚の鍵なら、ぶっ壊れたらどうなる!?
全力で電話機をぶん投げる。狙うはベルさんの倒れている横、鉄骨が檻のように何本も突き立っているところだ。
機械と金属の衝突音がして、鉄骨が震えた。
けど――
「無駄だ。もう我はここに来ている。招待状を燃やしたところで客が帰る道理にはならない」
アンサーは俺の行動を、なけなしの勇気をせせら笑った。
「お前はただ、無力に逃げればいいのだよ」
逃げる?
この状況で、逃げる?
アンサー、確かにお前の言っていることは正しいよ。正解だ。
だけどなあ。そこにベルさんが倒れてんだ。
「せっかく雇ってもらえたバイト先で、同僚見捨てて仕事できるかあ!」
ふん、と冷ややかな瞳で俺を見るアンサー。そこへ、横から声が割り込んできた。
「アンサー!」
カシマレイコは歓喜で喉を震わせる。
「約束は果たしました! さあ、私に足を!」
崇めるように両の手を広げるカシマレイコを一瞥し、アンサーは手をかざした。
直後、カシマレイコに異変が起こる。自分の義足を苦しげに押さえたかと思うとおもむろに取り外し、その付け根からはめきめきと新しい生足が生えてきた。
「私の、私の足……ああ、ようやく手に入れた……!」
自分の足を愛おしげに撫で、感涙にむせぶカシマレイコへ、アンサーは言い放った。
「では、我からの質問だ。カシマレイコを退散させる呪文は何か。答えよ」
「え……」
「正しく答えられなければ、その足をいただく」
驚愕に目を見開き、アンサーを呆然と見上げるカシマレイコ。
「アンサー? 何をおっしゃっていますの?」
「制限時間は三十秒だ」
アンサーは頭部の手で、三本指を立てた。
あまりにも無情な一言を突き付けられ、カシマレイコの顔が絶望に歪む。
「いえ、でも、そんな……」
「我を召喚してくれたことには感謝する。だが、ルールはルールだ」
「許して、それだけは……」
「十秒経過」
頭部の指を一本折りたたむアンサー。これほど不気味で不愉快なピースサインを見るのは初めてだった。
カシマレイコは、アンサーの顔と自分の足を交互に見比べる。
やがて彼女の瞳から、光が失われた。何かを諦めたように、言葉を紡いでいく。
「カシマさんのカは仮面の仮……」
言うと同時、彼女はひざを折って崩れ落ち、体からは紫色の湯気が立ち上っていく。
彼女は、やっと得た自分の足をどうしても手放したくないのだ。足を奪われるくらいなら、自分ごと消える方を選ぶほどに。
彼女が生涯をかけて探してきたその足は何よりも重く、自分よりも大事なんだろう。
「カシマさんのシは死人の死……」
痛みに耐えかねているのか、自分の肩を抱くカシマレイコ。その輪郭がだんだんぼやけていく。
足を取り戻した代償として、自分を消滅させる呪文を自らの口で言わせられる。
なんだよ、これ。こんなふざけた取引があってたまるか。
「カシマさんのマは――」
言い終わる前に、気づけば俺はカシマレイコに駆け寄り、手でその口をふさいでいた。
「んーーーっ! んーーーっ!?」
何をするんですの、と目で訴えられるがそれはこっちのセリフだ。
見てられないんだよ、こういうの!
「残念、時間切れだ」
頭部の指を鳴らし、アンサーが右手を伸ばす。カシマさんの口をふさぐのに手いっぱいで、俺にはなすすべがない。
これが、ただの人間の限界なのか。
こっちへ迫ってくるアンサーの手が、やけにゆっくり見える。
ああ、これは極限状態になったときに体感時間が引き延ばされるっていうあれか。いよいよまいったなあ。
そうして、すべてがのろのろと動く視界の中で。
突如現れた真っ白なドリルだけが、高速で飛来してアンサーの右手をぶち抜いた。
「なあっ!?」
俺とアンサーは同時に驚く。アンサーの腕を貫いたドリルを蹴り込んでいたのは、絆式会社DRED社長、
「うちの社員に、手出しは無用さ!」
真紅の髪をヒーローのマントのように翻し、颯爽と登場した社長は、相も変わらず不敵に笑っていた。ガーゼに覆われていない左目しか見えないが、自信と余裕の光が灯っているいるのがよくわかる。
「社長!」
俺はどんな顔で彼女を見ていただろう。安堵の表情か。あっけにとられた顔か。ぽかんと口を開けていたか。
いいや、きっと、憧れの眼差しを向けていたに違いない。
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