第4話「伝説の都市伝説の依頼」
「私、カシマレイコと申しますの」
ベルさんに付き添われて三階にやってきた人物は、社長と対面の椅子に腰かけ、開口一番に名乗った。
ちなみに今回は普通にドアを開けて登場したベルさんは今は社長の後ろにじっと立っており、俺は社長の隣に座っている。
というか、カシマレイコって……
斜め前にいる件の女性に目をやる。
紫色の髪を下した、二十代ぐらいの女性だった。
目を閉じており、口元には微笑を携えている。
しかし何より気になって仕方がないのは、スカートから覗く、明らかに義足と思しき片足だった。
やっぱり、あのカシマさんご本人なんだろうか。
「これはどうも。お初にお目にかかります。
俺の内心の不安などどこ吹く風で、マイペースに自己紹介を返す社長は、大物なのかもしれないと思った。
「皆神つづりさん。素敵なお名前ですね。それにお美しいですわ」
「ありがとうございます。それで、どういったご用件でしょう」
「その手を、くださいませんか?」
「えっ!?」
世間話の延長のようにさらりと繰り出された無茶ぶりに、驚いて声を上げたのは俺だった。
「すみませんが、今使ってまして」
ぽりぽりと頭をかきながら、平然と答える社長。カシマさんは続けて言った。
「では、その脚をくださいな」
「今必要なんですよ、これが」
足を組んであっはっはー、と。社長は笑う。いや、笑いどころがつかめん。
でも、これではっきりした。
今目の前にいる彼女は確かに「カシマレイコ」だ。
片足を失った女性で、「手をよこせ」「脚をよこせ」と言ってくる。手の場合は「今使ってます」、脚の場合は「今必要です」と返すことでことなきを得られるが、返事を間違えたら本当に手や足をもぎ取られるという。
なぜ俺がそんなことを知っているか。小学校のときに彼女の噂が流れたことがあって、怖くて図書館の妖怪事典やらを読みふけって必死に対策を研究したからだ。
ちなみに、対抗呪文もあって、「カシマさんのカは仮面の仮、カシマさんのシは死人の死、カシマさんのマは悪魔の魔」と唱えると消えてくれるそうだ。個人的には、キラキラネームみたいだなと思っている。
さすがにここでその呪文を口にする勇気はないが、ともあれ、彼女は正真正銘、都市伝説のカシマレイコそのものなのだ。
会社が会社なら客も客だ。
いや、そんな気はしてたけどさ。それに覚悟が追い付いているかどうかは別問題だよ……。
そこで、ふっとカシマさんは笑った。
「恐れ入りました。勝手ながら、都市伝説の知識がおありかどうか、試させていただきました。非礼をお許しくださいな」
そうして、頭を下げる。
「いえいえ、お気になさらず。頭を上げてください」
組んだ足を戻し、社長は両手をひらひらさせる。
「それで、本当に頼みたいことは、なんなのでしょう」
社長の目がぎらりと光った。
カシマさんは頭を上げ、口元から笑みを消して話を切り出す。
「実は私、最近たちの悪いストーカーにつきまとわれておりますの」
彼女は頭痛を和らげさせるように両手で目頭を押さえた。
「ほう、どういった相手ですか?」
社長の問いに、涙ながらに答えるカシマさん。
「それが、非通知で何度も電話がかかってきて、内容は決まって、向こうが名前を告げたあとに『今○○にいるの』、と。その場所が、だんだん自宅に近づいてきて……」
「それ、メリーさんじゃん!」
ほんとは口を挟むべきじゃないんだろうけど、俺は思わず大声でつっこんでしまった。
メリーさんがカシマレイコをストーカー!? 問題が斜め上すぎるわ!
「ああ、そうです。そう名乗っていました」
「でしょうね!」
はっと顔を上げたカシマさんにうなずく俺。
社長がんんっと咳払いをする。
ついつい感情的になってしまった自分を抑えて、俺は口をつぐんだ。
「すみません、そのメリーさんは、いつ頃から電話をかけてきました?」
「そうですねえ、二週間ほど前からかしら」
問いかけた質問への返事に納得がいっていないのか、社長はうーんと指を組んで難しげな表情を浮かべた。あ、こんな顔もできるんだ。
それからしばらくうなったあと、社長はぱんと手で両膝を叩き、
「なるほど。では、ここにいる
とんでもない提案を出してきた!
いやいや!
いやいやいやいや!
ぶんぶんと首と両手を振って無言の抗議をする俺だったが、社長は取り合わずにスーツの内側から出した何かの紙をカシマさんに渡す。紙幣のような大きさだ。
「これは……?」
手の中の紙を見つめながら尋ねるカシマさんに、社長は説明する。
「
「そんなことはありえませんわ」
「ええ。ですが、突き詰めれば可能性はゼロではない。それがどんなに突拍子のないものだとしても、です。その絆券は、そういった『ありえるかもしれない可能性』を吸収して、わが社に還元するのです」
「はあ」
「そうやって絆券から集めた可能性を使って、わが社は『ここにあるかもしれない』という存在の根拠を得ているのです」
つまり、こんなでたらめな「あるはずのない」会社が堂々と市内にあるのは、絆主から巻き上げた可能性を使っているおかげってわけか。
「自分の意志で絆券を手にしたときから、あなたは
「あの、では、もし途中で私が死んだりしたらどうなるのでしょう?」
「ご心配なく。七代先まで有効ですから。転生しても絆は残ります」
祟りかよ。
「ですから、報酬はお金ではなく、絆主になっていただくことになります。それでもよろしいですか?」
「…………」
絆券を手に考え込むカシマさんの背を社長はそっと押す。
「大丈夫。可能性を吸収するといっても、拾えるはずだった五百円玉を拾うことがなくなる程度で済みますから」
「う~~~~ん」
どうやら押したのは背じゃなくて腹だったようだ。でかいもんなあ、五百円玉。
けれど、やがて腹をくくったようにカシマさんは目を開け、社長の目を見据える。
「わかりました。私、なります、絆主に! その代わり、メリーさんの件はお願いしますね?」
「もちろん。毎度ありがとうございます」
社長は一礼。
「では、さっそくですが、そこの彼と外を出歩いてもらえますか? その間に我々が犯人を調べます」
げ。そうだった、そういう流れだった。
絆券の話が興味深かったから忘れかけていたが、このままだと俺の身が危ない。
「社長、ちょっと今日は頭が痛くて――」
「ベル、燃えないゴミの日はまだだったよね?」
「――も張り切って仕事をしようと思います」
ちくしょう、田村さんの入ったペットボトルはまだ社長の手の内だというわけだ。退路は断たれている。
前門の鬼、後門の背後霊だ。
「では、こちらにも準備があるので、申し訳ないですがカシマさんは先に一階へ下りて待ってもらえますか?」
「ええ、はい」
「では、どうぞこちらへ」
うなずくカシマさんをベルさんが導き、三階のドアから出ていく。階段を下りる二つの足音が遠ざかっていくやいなや、われらが社長はおっしゃった。
「とまあ、うちはこんな感じの依頼を受けるところだから。オーケー?」
「オーもケーもありませんよ! なんでよりによって囮が俺なんですか! 他の人にしてくださいよ!」
「平気平気。こっそりあとをつけて見守るから。いざとなったら助けるよ」
「本当でしょうね」
「本当だとも」
即答だった。
「ただ、私はちょっと気になることがあるから、少しそちらをあたってみるよ。何かあったら電話して――」
「できません」
「へ?」
「電話料金、払えなくなって、こないだから携帯が使えません」
「あちゃー……」
社長が額に手を当てた。すみませんね貧乏学生で。
「うん、ならこれを持ってくといい」
言いつつスーツの中から取り出したのは、トランシーバーのような機械。そのスーツ便利ですね。
「霊界回線とも繋がっている特注品だ。仕事用の電話として預けるから、使うといい」
あの世にも電波って届くんだ!
「じゃあ、いってらっしゃい」
社長は片手で三階のドアを引き、残った手で敬礼をした。
「まじっすか。どうしてもっすか」
「仕事だからね。それに」
「それに?」
「人間じゃなくても、レディを待たせるもんじゃないよ」
気障なセリフを吐きながら、社長はデコピンを食らわせたくなるようなウインクで俺を見送った。
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