羽瀬健人のランチタイムウォーズ

 本日9度目のチャイムとともに廊下からはバタバタと足音と怒声が聞こえ始めた。恒例の昼休み購買競争が始まった。俺は毎日弁当を用意してきていることもありいまだ参加したことはない。が、隣の席に先ほどまで座っていたはずの親友。羽瀬健人は授業が終わっていないにもかかわらず3分ほど前から姿を消していた。毎週月曜4時間目は古文のおじいちゃん先生こと佐々木元治(ささきげんじ)齢68歳、ド近眼ということで、まぁ抜け出そうと席にいないことがばれない事をいいことに、競争にフライングして参戦している。

「では、今日はここまでにしとこうかの~何か質問があれば……資料室まで、ではまた明日の授業で。でわな」

カメのようなテンポの授業はいつもそのように締められる。


が、今日は違った。


「そういえば……前回の小テストの返却を忘れておったわ。順番に取りに来てくれ。阿形~宇佐美~遠藤~……」

そういわれて思い出す。連休前の最後の時間。4月の理解度を確かめる小テストが行われていた。長すぎたゴールデンウィークの間にもはや忘却の彼方となっていたそれは寄りにもよって、今このタイミングで返されることになった。さすがにこの状況では羽瀬がいなくなっていることにさすがのおじいちゃん先生でも気が付いてしまう。

そんなことに思考を取られている間にも返却は行われていた。取りに行った生徒が一様に渋い顔をしている。

「倉科~……倉科はおらんのか~」

「あ、はい!!」

「なんだ居るなら返事をせんか、テストの答案を張り出そうかと思ってしまったわ。はっはっはっは。はよ来んか」

そういわれて慌てて前に出て答案を受け取った。書かれていた数字は43。これが50点満点中だからいいほうだろう。

 そんなことよりもだ。もうすぐ、健人の名前が呼ばれる。健人がいないことにようやく気が付いたクラスメイト達からざわめきが起こり始める。クラスの注目は俺がどのように行動するか、はたまた健人がミラクルを起こすのかに移っている。


 教室の中に謎の緊張感が漂う中、おじいちゃん先生の口から「次は、羽瀬~」とお呼びがかかった。意を決した俺は、いつもダルそうな健人の声真似をしつつ、応じた。一部から「おぉ~」と感嘆の声が上がる。今のはとっさにしては会心の声真似だった。さっと受け取ってしまえばばれない。心臓が早鐘を打つ中、2度目の前へ。おじいちゃん先生は次のクラスメイトの答案に目を向けこちらを見ずに答案を差し出してきた。若干震える手でその手から答案をそっと受け取った。その直後、おじいちゃん先生がこちらをちらりと見上げばっちりと目が合った。首を傾げつつおじいちゃん先生が

「お前……倉科じゃないか?」

 バレた……いや、おじいちゃん先生の近眼具合からおそらく核心には至っていない。そう判断した俺は健人の声真似を続けて

「何言ってんですか、じいちゃん先生。生徒の顔を見間違えるなんてどうかと思いますよ~そろそろ老人ホームでも一緒に探しましょうか?」

 健人が言いそうなことを適当にまくしたてると、身を翻した。その時だった。タイミング悪く、教室の前の扉が勢いよく開かれた。

「おーい拓也!!今日はフライングしたおかげで、大勝利だ!!飯食おうぜ」

そう言い放って、一人の男子生徒が上機嫌で入ってきた。もちろん言うまでもなく。我が親友、羽瀬健人その人だ。健人はクラス中の視線を独り占めにしていた。その中には俺とおじいちゃん先生の視線も含まれている。それは羨望のまなざしなどからは程遠い。「うわ……こいつやったよ」という呆れに満ちたまなざしだった。その視線に疑問を持った健人は自然と教卓前にいる俺とおじいちゃん先生こと佐々木元治先生の姿を捉えた。

 もう言い訳のできない発言をしているが

「あれ……じいちゃん先生なんでまだいんの?」

 寄りにもよってそんなことを言い放ちやがった。

 その瞬間、おじいちゃん先生の細目がガッと開かれたかと思うと、俺(偽健人)の顔をしっかりと認識した。そして視線は再び健人に向けられた。おじいちゃん先生はゆっくりと立ち上がると、

「ちょっとわしゃ用事が出来てしもうたのでな。質問のある者は放課後か次回の授業の後ででも聞きに来なさい。お茶でも出そう。以降のものの答案はここに置いておくでな、すまないが各自で取りに来るように」

そう言い終わると、健人にユラリと近づいて、肩をつかむと。

「お前さんは今から資料室でええじゃろ?のお……」

ぞっとするほどの低い声に健人が大量の冷や汗を流し始めた。俺はゆっくりと後ずさって自分の席へ逃げ帰ろうとした瞬間に

「お前もじゃ、倉科……」

「いや……無関係……」

「おぉ~一緒に老人ホームをさがしてくれるといっとったと思うがな~その暴言も含めて、連帯責任じゃ。」

 青筋が浮かび上がったこめかみにいい笑顔を張り付けて、いつものトーンで

「何か文句はあるか?」

「いいえ……ございません」


 かくして俺の昼休みは資料室に軟禁されお説教を受けるという苦々しいものとなった。

 もちろんお昼は食べられなかった_______

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親友キャラ倉科拓也の波乱の日々 絢音 史紀 @Shiki0622

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