Short Stories
浪燕
Rain of flower
ひとりぼっちで道を行く
遠き彼方には大切な者はたくさんいるというのに・・・
ココには誰もいない
ただ、ただ・・・雨が降っている
耳に聞こえるは雨の音
目に見えるは赤黒い水溜り
鼻に臭うは火薬・焦げ・腐敗臭
今までとは無縁な景色に包まれて・・・
ひたすら・・・己の命を守る・・・それだけ。
* * * * * * * * * * * * *
気づけば、家に赤紙が来ていた。
赤紙っていつの時代だと表面上では笑っていたけど、内心では呆然としていて何が起こっているのかわからなかった。
なんとなく・・・僕の単純な人生が変わろうとしている。
それだけが脳裏に思えた。
戦に放り出されると理解するのに何時間もかかった。
過去の戦争とは違って国から支給された軍服を着て、いざ戦地に赴くとなっても喜ぶ人は誰もいない。哀れみの目で見つめられ、今まで話したことのない人に話しかけられ、色々な食べ物をもらった。
「死なないで帰ってきてください」「無理しないで」「英雄なんて必要ない」
僕のことを何も知らない赤の他人の奴等が上辺だけの言葉を並べてくる。僕がいなくなれば皆忘れてしまうというのに。ついつい嘲笑してしまう。
軍本部に向かうために電車に乗った。
外は相変わらずの雨。景色は川岸へと変わり、咲き誇る桜を見つめる。そういえば、ここらの桜が有名であるという話を聞いたことがあった。
「花の雨・・・か。」
近くで聞こえた声に思わず振り向いた。
そこにいたのは、同じ軍服を着た男だった。渋い・・・というより厳つい顔をしており、ひょろい僕とは違って筋肉質な体型をしていた。視線に気づいたのか鋭い目つきでこっちを振り向いた。
「・・・何か用か?」
「い、いえ・・・別に何も・・・」
厳つい顔で眉間に皺を寄せ睨まれて思わず後ずさりしてしまった。そのまま見つめられ続け、冷や汗が流れてくる。
「・・・お前も今日から軍属か?」
「・・・え、あ、はい。そうです。」
「俺も今日から配属された。」
「・・・そうですか・・」
「えらく他人事のように言うんだな。」
「いえ、そんなつもりは無いんですが・・・」
「まあいい。名は何だ?」
「・・・東雲彼方です。」
「珍しい名だな。俺は神郷晃だ。よろしく。」
「よ、宜しくお願いします。」
人懐っこい人だと思った。いきなり睨まれたと思いきや話しかけるし、名前は聞かれるし・・・。でも、悪い人ではないような感じはする。
「ここらの桜が有名なのは知ってるだろ?」
「はい、噂は聞いたことがあります。」
「ってことは、花見には来た経験なしって感じだな。」
「・・・そうですね。無いです。」
「俺は花見が好きでな。よく行くんだ。」
「お酒目当てで?」
「・・・半分それだが・・・付き合いのときだけだ。一番好きなのは、妻と二人で行く雨の日の花見だ。」
「・・・雨の日に花見ですか?」
「そう。もちろん、何も持っていかない。傘だけだ。」
雨の日に花見なんて聞いたことが無い。逆に桜が落ちるしきれいに見えなさそうな印象だ。
「花の雨っていうんだが、あれほどきれいな桜は無いな。雨の雫に濡れた花びらがすごく儚く見えて思わず目を奪われる。」
「なるほど。それが花の雨なんですね。」
「一度行ってみるといい。特に春の小雨の日だな。花びらが多いし、雨粒の音が程よいバックミュージックになってる。」
「機会があれば行ってみます。」
それから自然と沈黙が続いた。ガタンゴトンと電車は揺れ、駅に着くたびに少しずつ乗車客は出て行った。そして、終点の軍本部には軍服の人しかいなかった。
「さて、行くか。」
神郷さんが床に置いていた荷物を持ち上げ出て行くのに合わせて僕も付いていった。
雨は延々と降っていたが濡れるのに気にすることなく歩き続けた。
「貴様ら、IDは貰ってないな?」
途中で衛兵に止められた。よく見ると首からかけてるカードにIDと所属部隊、名前が打ち込まれてあった。
「えと、はい。貰ってないです。」
「なら、そこのテントに行ってIDを貰ってこい。じゃないと此処から先は入れないぞ。」
「わかった。貰ってこよう。行くぞ、東雲。」
「あ、はい。」
テントに向けて列が出来ていて僕達はその最後尾に並んだ。しばらく沈黙が続き、なんとなく僕はずっと考えていたことを聞いてみた。
「・・・人を殺すってどうなんでしょうね。」
「どうだかな。相手のことなど考えん。まずは、己が生きて帰ること。それだけだ。」
「・・・生きて帰る。」
「あぁ、家には妻と子がいる。故郷には父母がいる。幼馴染もいる。死ぬ気はこれっぽっちもねぇな。この手を赤く染めようが、生きて、生きて、生きて・・・必ず待ってる奴等のところに帰る。そう心に決めている。」
待っている人たち。僕とは違う。誰も待っていない。誰も傍にいない。今までも、そしてこれからも独りぼっちの僕とは。
「お、そろそろ番だな。」
いつのまにか先頭に来ていた。名前を聞かれて素直に答えるとパソコンからIDが出てきた。
ケースも渡され、カードを入れて首にぶら下げた。
そのまま歩き出し、衛兵がいた門をくぐると部隊別に場所が別れていた。
「東雲、部隊はどこだ?」
「・・・Dですね。」
「俺はAだ。別れたな。此処でお別れだ。」
「電車では仲良くしていただいてありがとうございました。」
「はは、こちらこそ。気を紛らわせてよかった。・・・じゃあな。」
神郷さんはそういって歩き出した。その広い背中を少し見て僕も歩いた。もし、再び会うことが出来るなら・・・
平和に本当に笑えるような場所で・・・そう願いながら。
* * * * * * *
悪夢のような毎日だった。
雨はずっと降り続け、銃弾の音が響き、知らない人が次々に撃たれては死んでいく。
赤い血は見慣れたはずなのに、寝るたびにそのときの映像が何度も再生されて離れない。
同じ部隊の人から聞いた話だが、D・E隊はほとんど戦力にならないと判断された人間で組まれた部隊らしい。
寄せ集めの部隊はもちろん壊滅。僕は死ぬのが怖くて、逃げていた。
ふと見えた洞窟にこもろうと思って、身を投じた。
「・・・よう、東雲じゃねぇか。」
そこには、神郷さんがいた。驚いてしばらく動けなかったが姿を見て益々動けなくなった。
神郷さんの左腕が無く、足元に血溜まりが出来ていた。
「・・・敵の手榴弾で左腕が吹っ飛んでな。逃げてきた。」
苦笑しながら話すが痛そうに患部辺りを握り締めていた。
側に近寄り患部を見ると、ひどかった。どうやら、湿度が高いうえに応急処置もせずに放置しっぱなしだったせいか先のほうから腐りだしていた。しかも、患部はガタガタ、骨が少し突き出ていた。
「布で縛って止血してんだが、止まんねぇ。」
あきらめた顔をして笑っていた。出会ったときの光ある瞳ではなく、全てのことにあきらめた目だった。
「こんな姿じゃ、生きれる気がしない。止まらないんだぜ?血が。」
「・・・神郷さん、じっとしててくださいよ?」
腕に縛られていた布をさらにきつく縛った。
「っ、おい!何して」
「動かないで!じゃないと血が止まりません。」
「いいんだよ!俺はこのまま死」
「死なせません!神郷さんは、僕と違って死んではいけない方です!待っている人がいる。大切な人がいる。その人たちのために生きるんでしょ!だったら、あきらめないでください!それに、僕は闇医者です!闇医者でも、医者として、患者を死なせるわけにはいきません!」
神郷さんは黙り込んだ。体から力を抜いて僕に委ねた。自分の知っている知識と持っていた薬で出来るだけの治療をした。
それでも、このままだと死んでしまう・・・そう分かっていたが言えなかった。
僕の治療で生きる気力になってくれればと願った。
その日から何日も経つが神郷さんは口を開かなかった。ずっと、黙り込んで外を見続けていた。
僕たちは僅かに残っていた食料と雨で何とか生き延びていた。
どのくらい経ったのだろうか。栄養失調で目が霞んできた頃、神郷さんは急に喋り始めた。
「・・・なぁ、東雲。」
「・・・何ですか?」
「・・・お前のおかげで今日まで生きてこれた。ありがとう。」
「・・・ちょっと、何言ってるんですか。まるで今日死ぬみたいな言い方して。」
「お前とこの洞窟で再会してからずっと考えてたんだ。残り少ない俺の命で一体何が出来るかってよ。」
「いい加減にしてくださいよ。死ぬみたいな言い方して・・・」
「・・・このままだったら死ぬんだろ?そうなんだろ?」
口が開かない。唾を飲み込む音が聞こえる。
知っていたんだ。神郷さんは自分の命の少なさに。
「・・・俺が出来ることなんて全くといっていいくらいにねぇ。これには・・・お前の力が必要だ。」
「・・・ぼ、僕?」
「俺の命は此処で尽きる。だから・・・遺言をお前に託す。」
「な、なな、何言って・・・」
「・・・頼む。お前しか・・・お前しかいねぇんだ。それに・・・お前には生きていて欲しい。もっと未来を見つめられる。もっと人という者を知れる。・・・花の雨も見て欲しいしな。」
「・・・なんですか、それ。」
「紙と鉛筆をくれ。」
リュックに入っていた数枚の紙と芯の少ない鉛筆を手渡す。そして、片手で必死に書いていた。紙を押さえようと手を伸ばすと、「見えるから駄目だ。」と言って拒否られた。
神郷さんは、話すことも食べることも飲むこともせず、ただひたすら書いていた。書くことに、全てを懸けていた。
何日めかの朝、神郷さんの姿が無かった。いつもの場所には完成したと思われる遺言書が置いてありあとは全部持って行ったみたいだ。
心配になって、地面に残った足跡を追いかけた。その先に、戦地に向かう直前の神郷さんがいた。
「か、神郷さ」
「願わくば、戦無き時に再び巡り会わんことを。」
呟いて戦地の真っ只中に突撃していく。僕はその背中を見つめることしか出来なかった。
その背中は余りにも小さく見えた。
やがて、銃声が大空を駆け巡っていった。
雨上がりの少し晴れ間の見える曇天を。
やがて、戦争は終わりを告げた。
結局、日本は勝ったが亡くなった兵が第二次世界大戦と犠牲が変わらぬ結果となり見直しとなった。
過去の過ちを二度繰り返したのだ。
僕は約束どおり遺言書を神郷さんの奥さんに渡した。翠というらしい。
涙を流していた。その零れる涙は、あの電車の中で見た小雨のようだった。
その小雨に流されるかのように僕の目から、雫が零れた。
* * * * * * * * *
あれから、数ヶ月が経った。
俺は相変わらず闇医者を続けていたが、変わったことがある。
一つは、あの戦争で撃ちぬかれた腰で下半身不随になったこと。リハビリでなんとか車椅子で動けるようにはなった。
もう一つは、口調が神郷さんに似てきたこと。といっても、僕が俺になっただけなのだが。
最近は車椅子のまま上半身を鍛えるために、ジムに通っている。
まあ、そのおかげかひょろい体系ではなくなった。あの筋肉質の体型まではまだまだかかりそうだ。
翠さんに花見に誘われた。もちろん、その日は小雨。花の雨日和だ。
待ち合わせ時間よりも早めに行って、少し桜を眺めた。
桜の花びらを伝う雫がすごくきれいに見えた。でも、桜自身は儚く見えた。
まるで、あの日玉砕していった神郷さんのよう。
「すみません!東雲さん、お待たせしてしまって・・・東雲さん?」
近くに来た翠さんを思わず抱きしめてしまった。
脳内ではやってはいけないと分かっていても・・・体が動かなかった。
「・・・すみません・・ごめん、なさい・・・救えなくて・・・助けれなくて・・・本当、に・・・すみません・・」
涙混じりに言葉が発せられる。すごくかっこ悪い。
「後悔しないで下さい。晃は、きっと貴方に出会えて良かったといつまでも思い続けてると思います。だから、東雲さんは、晃と出会い話した日々を・・・大切な思い出として心の奥に刻んでいて下さい。それだけで・・・それだけで・・・十分です。」
翠さんは抱きしめ返してくれた。娘の桜ちゃんが心配したのか顔を覗き込んだ。
「お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
「・・・それはね、桜。パパの大好きな花の雨が降ってるからよ。」
俺の代わりに翠さんは答えてくれた。
* * * * * * * *
花の雨が降り続ける。
それは、まるで桜の涙のよう。
何かを流すかのように・・・
シトシトと降り続ける。
その涙に映るは、誰の哀しみか。
その涙が止まるは何時なのか。
誰も知ることは無い。
でも、貴方なら知ってるかもしれない。
靖国から花の雨を見続ける・・・
貴方なら。
Fin
Short Stories 浪燕 @shamonism
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