第6話 ここから先は、あっしにとっての楽園のはじまりはじまり……
長い長い通路を抜けると、姉御の肌に風の当たる感触が伝わった。
姉御が一歩外へと足を踏み出した瞬間、辺りは女性兵達の声で湧き上がった。
円を囲むようにして用意された観客席、暗雲立ち込める空が吹き抜ける巨大な空間に、姉御は思わず圧倒される。
「これは……コロシアム?」
困惑しながら、姉御はぐるりと周囲を見渡した。
闘技場を見下ろすように設置されたギャラリーには、姉御の背後の席に花の都の人々が僅かに、その他大勢がブラディックの手下達で埋め尽くされていた。
「ようこそ、最上階へ!ここがあんたとの決戦の舞台……しけた場所じゃ締まらないっしょ?だからわざわざセッティングしてあげたわけよ、感謝しんさいよ」
「……ブラディック!!」
突如聞こえてくるブラディックの声に、姉御の焦点は立ちはだかる彼女の方へと向けられた。
強く拳を握り締め、姉御は鋭い目でブラディックを睨みつけた。
「そうカッカしなさんなって、怒ると顔に小ジワが出来ちゃうっつーの。不意打ちみたいな真似したことはちゃんと謝るって。だって、そうでもしないとあんた、せっかく建てたこの闘技場まで来てくんなかったかもしんないじゃん?……まあもっとも、たった一撃で意識すっ飛んじゃうとは、正直予想外だったけど」
「……ナナを何処へやった!!」
挑発的なブラディックの口ぶりにも耳を貸さず、姉御は声を荒げナナの居場所を彼女の口から聞き出そうとした。
「……焦んなよ、三下が。まあ、アレよアレ、”小娘を助けたければ、この魔王ブラディックを倒してみろ!”的なノリのやつ?」
「……いいだろう。この勝負、何としてでもアタシが勝つッ!!」
ブラディックの言葉に、姉御はぐっと足腰に力を入れ、構えをとった。
余裕そうにニヤニヤと笑みを浮かべるブラディックと向かい合い、その隙を窺う。張り詰める緊張感に、辺りはしんと静まり返った。
と、その時、まるで瞬間移動の如く速さで、突如ブラディックは姉御との間合いを詰めた。
あまりのスピードに姉御は一瞬怯みながらも、間一髪のところで攻撃を受け止め、反撃の拳を振り当てた。
姉御の拳がブラディックの顎に突き刺さる。と、口から血を流しながら、ブラディックはフルフルと肩を震わせ不気味に笑い始めた。
「ふ、ふふふふふ……血を流したのは随分と久しぶり……ああ、口の中に広がるこの鉄の味……堪らない!!超サイコーって感じいぃぃ!!」
ケタケタと嬉しそうに笑い声を上げながら、ブラディックは再び拳を振るった。
攻めと守りの攻防戦。彼女達の激しい殴り合いに、ギャラリーからも歓声が飛び交った。
「……あらあら、みんなして楽しんじゃって……敵味方関係なしに、安全な場所から見下ろす血みどろの戦いはさぞ楽しいっしょーねー……軟弱共めが。まあいいわ、だって、ギャラリーの歓声あってこそ、初めて試合ってのは盛りあがるってもんだしぃ」
「あんた、一体……」
「何とぼけたふりしてんのよ……あんたも楽しいんでしょ?牙族の血を流した者は戦いに身を捧げる……そういう
「……ッ!!」
ブラディックの言葉に、姉御は声を詰まらせる。
憎い相手、しかし強い相手、ブラディックとの戦いに姉御の鼓動が高鳴った。そんな自分の感情に、牙族としての闘争本能に、姉御は怒りとも何とも言えないイライラに駆られた。
まるで、自分は戦いのために生まれきた化け物だということを突きつけられているような、そんな感情に……。
「……ひょっとして、戦い中に考え事とかしちゃってるわけ?随分と余裕じゃーない……そんなことしてたら、足元がすっかりお留守なんですけどッ!!」
瞬間、ブラディックの爪から突如光のムチのような物が伸び出し、そのまま姉御の足首に纏わり付いた。
「な、何だこれ!?」
「必殺、
「なっ……」
ブラディックの言葉に姉御が声を発そうとしたその時、突如その肉体は宙へと浮かび上がった。いや、正確にはブラディックの指先から伸びたその光のムチによって、まるで逆バンジーのように肉体を引っ張り上げられていた。
姉御の肉体はその言葉の通り、天高くブンブンと振り回され、コロシアムの壁にぶち当てられた。
そして勢いそのまま、遠心力により壁面をガリガリと削り取り、客席に大量の瓦礫を撒き落とした。雨の如く降り注ぐ瓦礫の嵐に、ギャラリーである兵や民達は悲鳴をあげ逃げ惑った。
やがて、その荒れ狂ったブラディックの行動にギャラリーは皆恐怖で言葉を失った。しんと静まり返った闘技場の中心で、彼女の高らかな笑い声だけが辺りに鳴り響いた。
「ああ、マジ最高……頭ん中空っぽにして暴れ回るの超気持ちいいんですけど……そうは思わない、あんたも?」
ブラディックの激しい攻撃をまともに受け、地べたにずるずると倒れ込んだ姉御は、悔しさに歯を噛み締めながらゆっくりと立ち上がった。
フラフラと覚束無い足取りで大地に立ち、姉御は再び構えをとる。
「女子力……解放ッ!!!!」
限界寸前の肉体を奮い立たせ、姉御は吐血しながらも全力で声をあげた。
全身を赤く輝かせ、ブラディックの元へと殴りかかる。
「何、もう本気出しちゃうわけ?まあ別にいいけど……その分、あっしの方もここからはお遊び無しの超マジでいかしてもらうから、そのつもりでよろしく……」
勢いよく向かい来る姉御に、ブラディックもまた全身を赤く輝かせ、彼女の振り下ろす拳を正面から受け止めた。
激しい攻防は空間を震わせ、衝撃波となり辺り一面を大きく揺らした。
「さあ、ここから先は、あっしにとっての楽園のはじまりはじまり……」
心情、静かに熱く燃える最中、ブラディックは不気味に笑みを浮かべた。
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鉄格子から見える景色は土色の壁ばかりの殺風景な空間。ジメジメとした狭苦しい部屋の中で、ナナは小さく縮こまり、体を横にしていた。
「……私のせいだ。私が姉御さんを巻き込んでしまったせいで、みんなを助けられなかった。姉御さんを辛い目に合わせてしまった……全部……私のせい……」
目に涙を浮かべながら、ナナはボソボソと小さく呟いた。目を伏せ、ただ静かに体をゆっくりと丸めた。
そんな時ほど、ふと彼女と過ごした時間が頭の中を駆け巡った。
かっこつけで、鈍感で、戦いになるとすぐ周りが見えなくなるほど熱くなる、ナイスバディなヒーローの姿が。
「……なんて、こんな弱気なこと言っちゃ、また姉御さんに怒られちゃいますよね。頑張れ私……さあ、まずはここから脱出する方法を考えましょう!」
内心怯える感情を必死で押さえ込み、ナナは前を向いて進むことを決心した。それはまるで、姉御の生き様そのもののように。
そう決意を新たにしたその時、突如地下牢の外から、見張りの兵達の叫び声がナナの耳に飛び込んできた。
カツカツとこちらに向かって聞こえてくる足音に、ナナは恐る恐る鉄格子を覗き込む。と、そこには青い髪を靡かせた一人の少女の姿があった。
少女はゆっくりとこちらへ近づくと、鉄格子越しにナナの顔を見詰め、その場で立ち止まった。
「貴方は……ここの兵ではないようですけど、一体誰ですか……?」
突如現れた謎の人物を前に、ナナは警戒しながら牢の壁際まで後退りした。すると、鉄格子越しに立つ青髪の少女は、突然肘打ちで牢の鍵を破壊し、扉を無理矢理こじ開けた。
そのあまりに唐突な行動に、ナナはしばらく開いた口が塞がらなかった。
「ひっ……!」
「私の名はガーネット。貴様を助けに来たナイト……とでも思って貰えればいい」
「な、何で私を助けに……?」
「……少し前、貴様の連れに恩が出来てしまってな……その借りを返しに来たまでのこと」
「連れ……もしかして、姉御さんの知り合いなんですか?」
突然のことに驚きを隠せなかったナナであったが、相手が姉御の知り合いだとわかり、内心ホッと肩を撫で下ろした。
「よ、よかった〜。あまりに突然すぎて、私殺されるかと思いました……ところでその……ガーネットさんは何でこんなところに?」
「……”魔王ブラディック”の異名を持つ奴の討伐依頼は非常に多く存在する。こちらとしても片付けたいのは山々だったのだが、いかんせん、あのデタラメな力だ。今回は奴の弱点を探りに来ただけのつもりだったが、偶然あのバカと貴様を発見したといったところだ」
「討伐依頼……って、貴方もしかして”ギルドハンター”なんですか!?」
「そういうことになる。……さあ、行け!最上階であいつはブラディックと戦っている」
「あいつって……姉御さんが!?あ、ありがとうございます!……貴方は来ないんですか?」
「私の今回の目的はあくまで偵察。交戦する気は全くない。奴への借りももう十分に果たしたつもりだ。故に、私の助けはここまで。あとは……貴様次第だ」
「……わかりました。では、お元気で」
一言そう告げると、ナナは全速力で姉御の元へと駆け出して行った。
「ふんっ、随分と信頼されてるじゃないか……あの子の為にも絶対に死ぬなよ、姉御」
小さく独り言を呟くと、ガーネットは暗闇の中へと歩いて行った。
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息を切らせ、ナナは涙目になりながら全速力で階段を駆け上がって行く。
その最中、彼女の脳内には常に姉御の言葉が走馬灯のように流れていた。
”名前……か。どうしても呼びたいってなら、アタシのことは”姉御”と呼びな!”
「姉御さん……」
”お、おいっ、突然そんなに慌ててどうした?それにナナ、あんたなんか顔赤いぞ?”
「姉御さん……!!」
”アタシは馬鹿だけど、あんたとの旅を始めると決めた時、もうあんたを泣かせるようなことだけはさせないって自分に約束したんだ……だから、ここで倒れたりは絶対に有り得ない!”
「姉御さん……ッ!!!!」
募る想いを胸に、ナナは階段の先、光の漏れる扉の中へと飛び込んだ。
瞬間、闘技場の観客席へと出たナナの瞳には、血反吐を吐きながら吹っ飛ばされる姉御の姿が、まるでスローモーションの如くゆっくりと飛び込んできた。
これまで、誰よりも強く、誰よりも誇らしかったその赤い姿が、一瞬にして砕け散る。
この時、ナナの脳裏には2人で過ごした回想を塗り替えるようにして、”絶望”の二文字が浮かび上がっていた。
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