第5話 アタシは一体何なんだッ!?

 薄暗い部屋の中で、アタシは目を覚ませた。


 肌に当たる冷たい感覚。地べたに直接寝ていたためか、妙に体が痛い。



「うぅ……ここは……?」



 頭がぐらぐらとする……ここは何処なのか、何故こんなところで寝ていたのか、アタシ自身にも何が何だかわからない。



「あっ、やっと起きた」



 ふと、部屋の隅から聞こえてきた声に、アタシは意識を向けた。そこには見覚えのある少女が、退屈そうにあくびをしながら小さな木の椅子に腰掛けていた。



「あんた機関銃の……えっと、たしか……ムっ子!何であんたが!?」


「ムっ子言うなッ!!何でそっちで覚えてんのよ……ていうか、あんたさっきから何寝ぼけてるわけ?さっさと目覚ましなさいよね」


「寝ぼけてる……だと?」



 そうだ……そう言われてみると、何だか頭がぼんやりとする。アタシの脳裏に、徐々に昨日起こった出来事が思い出されていった。




 ーーーーーーーー



 昨日の夜、偶然花の都の側まで流されていったアタシとナナは、木材を調達するため偶々森に潜っていた都の使用人ペテロと出会い、彼の案内に従い花の都へと足を踏み入れた。



 だけどそこに、ナナのよく知る故郷の姿はもう何処にもなく、目の前に広がる光景はまさに地獄そのものであった。


 草木は無く、建物のほとんどは崩壊、一面を覆い尽くすほど咲き誇っていた美しい花々は全て枯れ果てていた。大人から子供まで、人々もみな馬車馬の如く労働を強いられている。


 そんな無残な光景に、ナナはただ無言で涙を流した。



 怒りを爆発させ、アタシはがむしゃらに、襲い来るBREADの兵達を次々と返り討ちにしていった。


 兵に監視され労働を強制させられる、力に支配された都の人々を救い出しながら、一際不気味な気配を放つ”悪魔の城”を目指して、アタシ達はひたすら前へと進んで行った。



 そんな時だ、奴がアタシの前へ姿を現したのは……。




「ほっ、ほお〜!これはこれは、また随分と派手に暴れてくれたじゃない……でも、やっぱりレディーたる者、これぐらい元気がなくちゃ退屈よね〜」



 アタシ達が城内へ侵入しようとしたその時、突如城へと続く階段から、爪をカラフルに染めた褐色肌の少女がゆっくりと降りてきた。


 その姿を見るや否や、人々は目を見開き足をガタガタと揺らした。隣にいたナナもペテロも同様に、彼女の姿に肩を小刻みに震わせていた。


 フワフワとした口調とは裏腹に、彼女の体の底から溢れ出す殺意は異常。常軌を逸した覇気を纏っていた。



「あんたが、ブラディック……!」


「はぁーい、あっしがブラディックで〜す!ブラディック・ブラちゃん・ブラっ子・ブラブラ……好きな呼び名で呼んでどぞー」



 予想外のキャラクターに少し度肝を抜かれたが、アタシはしっかりと意志を持ち、ブラディックを強く睨み付けた。



「あらあら、そんなに見詰められたらドキドキしちゃう〜……ほんと、いい目をしてる。流石は私と同じ力を持つ少女……”牙族”の血が騒いで仕方がない!!あんたもそうよねぇ!!?」


「同じ力……牙族……何を言ってるんだ、あんた……?」



 突然熱く語り出すブラディック。しかし、奴の語るその言葉をアタシはよく理解できないでいた。そんなアタシの様子を見て、ブラディックは表情を歪ませた。



「……何?あんた、このブラディックと戦うためにここまで来たんじゃないの?」


「そうだ。アタシはあんたを倒してこの都を救う……そのためにここへやって来たんだ」


「おや、おやおやおやおや?おっかしいなぁ……同じ牙族だからじゃーなく、ただ単純にこいつらを助けに来たってわけ?」


「さっきから牙族がどうとかって……悪いがあんたが何を言ってるのか、アタシにはまるでわからん」



「……まさか、あんたもしかして、記憶がなかったりしちゃったりする?」



 ”記憶がない”、その言葉に、アタシは肩をビクンと大きく動かした。



「な、何でそれを……」


「……ぷぷっ、アッハハ!超ウケるんですけど、マジで!同族討ちかと思いきや、まさか自分の正体も知らない、本当にただの正義の味方さんとは驚きだわ!これが惹かれ合う運命ってやつ?実にロマンチックね〜」


「……ッ!!あんた、アタシの過去を知ってるのかッ!!?」



 ”自分の正体”、その一言に、まなこがカッと見開く。


 偶然掴んだ自分の過去を知る重要な鍵。その時、アタシは必死でブラディックに向かって声をあげた。



「いやぁ〜、あんたの過去なんて知らなーい。今日初めて会ったし……けど、あんたが何者かってのは知ってたりして」



「”何者か”だと……アタシは一体何なんだッ!?答えろ!!ブラディック!!」


「あ、姉御さん……?」



 我を忘れて叫ぶアタシに、ナナはそっと側に近づき、心配そうな表情を浮かべていた。だけど、そんなことお構いなしに、アタシはブラディックに荒げた声をあげ続けた。


 あの時のアタシは必死だった。自分が何者なのか、ただそれが知りたかった。理想なんて無い、ただ真実が欲しかったんだ……。




「……むかーしむかし、遥か昔、この世が今以上に争いに満ちた醜い世界だった頃、かつて神獣と呼ばれていた”赤獅子”を殺して食った愚かな人間達がいました……その名は牙族!神を食らい絶大な力を得た対価として、戦うことでしか生きられなくなってしまった愚かな一族!……まあ結局、そんな野蛮な一族も、戦いの中でとうの昔に滅びてしまったと言われているんだけど……ところがどっこーい!実はいるんだよね〜、これが!薄っすらとだけど牙族の血を体内に流した、奴らの遠い子孫が……女子力を高め”牙化”することで、圧倒的パワーを得ると共にその肉体を赤く光らせる、まさに化け物の子が!!」



 ブラディックの口から明かされる真実。


 それが本当か、はたまたただのホラ話か、それすらも考えることを忘れて、アタシはただただ絶句した。


 覚悟はしていた。けど、そのあまりに飛躍した話に、開いた口が塞がらない。



「それが……アタシなのか……?」



 唇を震わせながら、アタシはこわばった声で尋ねた。



「ピンポーン!そんでもって、その生き残った牙族の子孫ってのは……」



 と、ここまでブラディックが話した刹那、奴は信じられない程の速さでアタシのすぐ目の前に立ち、移動と同時にその体を赤く輝かせた。



「……あんた1人だけじゃーないわけ」



 その信じがたい光景に、アタシは一歩も動けず、ブラディックの一撃をモロに食らった。


 腹部に突き刺さる奴の拳、その痛みはこれまでにないほど尋常ではなかった。信じられない程の激痛が身体中に響き渡たり、神経が凍りついたように冷たく悲鳴をあげた。



 痛みを通り越し、意識が霞む……



”姉御さん!?姉御さん!!しっかりしてください!!姉御さんッ!!!”



 まるで水中にいるかのような感覚に襲われる。アタシの頭の中には、ナナの声が響き渡たっていた。



”こいつを例の場所に運んでおきな!おっとそれと、お姫ちんにはこれから人質になって貰うからよろしく。目覚めた時、大事に守ってきたヒロインが人質に取られていたら、一体どんな気分なんだろーねぇ……今から楽しみ!”


”いやッ!触らないで!いや……姉御さん……姉御ッ!!!”



 力が全く入らない。視界が徐々に狭まり、やがて眠るようにしてアタシは意識を遠くへ持って行かれた。


 ナナの声がまるで泡のように消えていく……



 ーーーーーーーー




 大量の汗をかきながら、アタシは頭を抱え息を切らせた。



「そうだよ、アタシは……ナナは!?ナナを何処へやったッ!!?」



 全てを思い出すと、アタシは咄嗟に椅子に座っていたムっ子の胸ぐらを掴み、側の壁へと叩きつけた。


 部屋が揺れ、天井から埃が舞った。



「ぐええッ!!は、離しなさいよ……化け物め……!!」


「バケ……モノ……」



 ふとその言葉を耳にすると、アタシは落胆し、自然と手の力を緩めていた。



「ゲホッゲホッ……オッホン、あの女……ブラディック様はあんたとの本気の、サシでの勝負を望んでいる」


「奴が……サシでの勝負だと?」


「あの方もあんたと同じ戦いの血を体に宿している。初めて出会った同族、その力を試したい、奴と戦いたい……同じ血を持つあんたにならその気持ち、わかるはずよ」


「同じ……じゃねーよ……ッ!!」



 胸ぐらを掴むその手を離し、アタシはムっ子を強く睨み付けた。



「たとえ化け物の血が流れていようと、そんなのはもう関係ない……アタシは約束したんだ、あいつを助けるって!この花の都を救ってやるって!一度かっこつけたことは最後まで押し通す!それが出来なきゃ漢女が廃る!!……守ると決めた……アタシはこの守る力で、あんた達の野望を打ち砕いてみせる!!」


「……なら、さっさと行きなさい。あそこがこの部屋唯一の出入り口。この光の先で、ブラディック様がお待ちよ」


「……上等だ!真っ向からの勝負、受けてやるよッ!!」



 肩をぐるぐると回しながら、アタシは光の方へと歩みを進めた。



 揺らぎ・迷いがないと言えば嘘になる。でも、それでも、アタシはナナと交わした約束をなかった事にはしたくなかった。


 己が信じた道を、ただ真っ直ぐ、ただ前へと歩んで行く。


 その先で微笑むのは女神か悪魔か。



「……さあ、決戦の時だ」



 アタシは小さくそう呟いた。



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