第4話 私にとって、姉御さんは……ヒーローです

 枯れた花々に囲まれ不気味にそびえ立つ暗黒の城。頂上に妙な広場を設けたその歪な構造は、まるで”悪魔の巣”のような悍ましさを放っていた。


 そんな城の城内、奇怪な赤い光に包まれた王室の玉座に、一人の少女が堂々と足を組みながら座っていた。彼女の放つ禍々しい覇気に、空は荒れ、大地には呻くような風の音が鳴り響いた。



「……というわけで、機関銃隊はほぼ壊滅。さらに、あのルーザまでもがやられてしまいまして……」



 そんな少女が座る玉座の御前、女性兵達に囲まれながら、バームルムは跪きながら今の状況を懇切丁寧に報告していった。



「……なるほど、それでムっ子とその仲間達は無様に尻尾を巻いて逃げ帰って来たってわけ……」


「い、いえ!とんでもございません!こ、これは今の状況をしっかりとブラディック様にご報告するための戦略的撤退でありまして……!」



 玉座に座る少女……BREADのリーダー、ブラディックの言葉に、バームルムは冷たい汗を額に浮かべながら必死の形相で発言を改めた。



「……ぷっ、あはは!めっちゃ必死に頭下げるじゃん!何?あっしオコに見えた?もしかして殺されるとか思っちゃったわけ?あっはは、ウケる〜」


「は、はは……」



 足をバタバタとさせ大笑いするブラディックに、身体中びっしゃりと汗で濡れたバームルムは愛想笑いをして彼女の調子に合わせた。



「いい加減肩の力抜きなよ、ムっ子〜。あんた可愛いし、結構あっしのお気に入りなんだからさ、もう少しフレンドリーにいきましょうよ!何ならタメ口でもいいから!」


「い、いや、それは流石に……ボソッ(そう言って、以前タメ口で話させてた部下を偉そうだの鬱陶しくなっただの言って、簡単に切って捨てた癖に……お気に入り?完全に人をペットのようにしか見てないわね……)」



 聞こえない程度の小さな声で愚痴を呟くと、バームルムは不服そうに頬をむっと膨らませた。



「あっ!出た〜!また”むっ”とした!ムっ子だムっ子!あんたほんとにいっつもむっとしてるわね。バームルムがむっとしてるから”ムっ子”って何回聞いてもウケる〜!そんなあだ名付けた自分のネーミングセンスにもウケる〜!」


(ウケねーよッ!!てか、何がそんなに面白いのかすらわかんねーよッ!!)



 人を指差し馬鹿にしたように笑うブラディックに対し、バームルムは内心そう感じていた。


 そして、手を叩きながら一通り大笑いし終えると、ブラディックは少し表情を歪ませバームルムに問いかけた。



「は〜あ……けどさ、男共や機関銃隊はともかく、ルーザに勝つまでの実力者はそうそう居ないわけよ。その何処の馬の骨ともわからないお姫ちんの護衛とやらが、仮に”セントラル軍の奴”だったり、況してやあの噂の”トップ・オブ・エンペラー”だったりしたら……正直シャレになんないわけよ、これが……本当にそいつの情報、何もないわけ?」


「は、はい。名前すら名乗っていませんでしたから……性別は女性で女子力の使い手であるとしか……あ、そういえば……!言い忘れてました!奴は女子力を解放した時、赤く光ったんです!そう、まるでブラディック様のように……」



 そのバームルムの報告に、ブラディックは表情を一変させ、玉座の肘掛に拳を叩きつけた。



「何ッ!?ちょっと!どうしてそういう事を早く言わないのよ!!」


「ひっ、ひいぃっ!!大変申し訳ございません!!!」



 ブラディックが少し声を荒げると、バームルムは肩をビクつかせながら必死に頭を下げ謝罪した。



「このブラディックと同じ、赤く光る少女……ふふ、そう……そういうことしちゃうかぁ……ハハッ!面白い!やはり惹かれ合う定め、全く運命ってのは本当に奇妙な物ね!」



 と、突然、意味深な事を口にしながら立ち上がり、高笑いを上げるブラディックに、バームルムだけでなく部屋に居た全員がどよめき出した。



「そうとわかれば……ムっ子!兵を集めて準備を始めなさい!」


「じゅ、準備とは一体……!?」


「爆破如きで奴らは死にやしない。必ずこっちに向かって来てるはず……なら、手厚く歓迎してあげなきゃ。そう、このブラディック自らね……!」


「……まさか!?早速あの場所を……い、いえ、わかりました……」



 曖昧ながらブラディックの命令を察し、バームルムは余計な事は言わずに早速兵を集めて行動に移した。



「ふふ、もはやお姫ちんも紋章も二の次……あっしにとっても初めての同族……ふふ、これはもう、血が騒がずにはいられない……!!」



 体の内から力を滲み出させながら、拳を握り締め、ブラディックは不敵に笑みを浮かべた。


 淀んだ空にいかずちが鳴り響き、暗黒の城はより一層不気味さを増した。




<<



 暗い夜の森。満面の星空の下、サラサラと川の流れる音が聞こえてくる。


 そんな自然の中、石や丸太に腰掛けて、姉御とナナは焚き火をおこし、濡れた衣服を温めながら体を休めていた。



「……よし、暗い夜道を進むのは危険だ。ナナ、今晩はここで体を休めて、明日また花の都を目指すとしよう」


「…………」


「な、何だ?もしかして、あの飛び降りからまだ機嫌が治ってなのか?」



 少し困惑気味に話しかけてくる姉御を、ナナは不機嫌そうに頬を膨らませながら、じっとジト目で睨みつけた。



「……だって、戦ってる時は”もうあんたを泣かせるようなことだけはさせない”とかかっこつけて言ってた癖に、まさか幼気な少女を湖へ放り込むだなんて……もう早速号泣ですよ!死ぬかと思いました!おまけにここが何処かもわかりませんし……」


「いや、そう言われてもよ……あそこで湖に飛び降りてなきゃ確実に死んでたぞ、あんた」


「そ、そりゃそうですけど……でも怖いものは怖いんです!」



 うーっと唸るナナに睨みつけられ、姉御は困り果てた表情で後頭部を掻いた。


 静かな森の中、干した衣服からピチャピチャと水滴が落ちる小さな音が響き渡った。



「……まあ、それはもう良いとして……姉御さん!!何で何も着てないんですかっ!!?」



 と、ナナは涙目になった目を擦ると、今度は素っ裸で石に腰掛ける姉御を怒鳴りつけた。



「へっ?いやだって服干してるし……濡れたまんまだと気持ち悪いだろ?てか、ナナも服干してるじゃん……」


「そういう事じゃなくてですね!!私はちゃんと下着も履いてるし、隠すべきモノはちゃんと布を羽織って隠してます!!」



 布をグルグルと体に巻きつけ火に体を近づけるナナとは対照的に、姉御はもはや清々しい程に堂々と全裸でどっしり構えていた。


 この時折見せる姉御の逞しさ、ワイルドさに、誰もが付いていけなくなる。



「おいおい、別に女同士なんだし気にすることなくないか?」


「そういう問題ですか!?女同士とか以前に、森の中で全裸だなんて変態さんのすることですよ!!せめてこの布だけでも羽織ってください!!」


「わ、わぁった、わかったよ……」



 怒鳴るナナに言われるがまま、姉御は手渡された布を渋々バスタオルのように体に巻きつけた。



「全く……大体、姉御さんは全体的に無防備すぎます!いくら超乙女社会とはいえ、女性が多いというだけで、男性がいないというわけではないんですよ!」


「そらそうだけどさぁ〜、別に男に絡まれたところでブッ飛ばせばいいだけだし……んっ?……おっ!」


「ま、まあ確かに姉御さんを襲おうものなら、そりゃもう恐ろしい結末が待っていそうですが……そもそも、もっと常識的に考えて……って、姉御さん!?私の話、ちゃんと聞いてるんですか!!?」



 長い説教の途中、姉御は突如何かを発見し、その場でしゃがみ込んでいた。

 その姿に少し呆れた表情を浮かべながら、ナナは座り込む彼女の背中の前に立った。


 そして、ふと姉御の視線の先を覗き込むと、そこには草むらの中で一際目立つ、美しい花が目に映った。


 白く、そして華麗に咲き誇るその一輪の花に、姉御は柄にもなく目をキラキラと輝かせていた。



「綺麗だ……」


「これは……”ダリア”の花ですね。こんなところに咲いてるなんて珍しいです」


「あんた、花の種類がわかるのか?」


「お忘れですか?私は花の都のプリンセスですよ?花にはついてはそれなりに詳しいつもりです。えっへん!」



 姉御の問いかけに、ナナは腰に手を当て自慢気に答えた。



「へぇ、ダリア……か」


「……花、好きなんですか?」



 姉御の肩から顔を覗き込こませ、聞こえてくるナナの質問に、姉御はふっと笑みを見せた。



「ああ、我ながら似合わねぇよな。戦うことが大好きな野蛮女なのに、花が好きだなんて……けど、アタシだって、花を見ると癒されるんだよ。こいつを見てると、何だか頭に上った血がすっと晴れて自然と落ち着けるんだ……」



 姉御の見せる意外な素顔に少し驚きながらも、ナナはにっこりと笑顔を返した。



「……汽車の中で聞いた話の続き……聞いてもいいですか?」


「……はぁ。何でかわかんねーが、あんたにはどうも敵わないな……」



 溜息を吐きながらも小さく笑みを浮かべ、姉御は側の石に座り込み、重い口を開けた。



「アタシさ……過去の記憶がないんだ。何年も前、気が付いた時には、見た事もない荒地にアタシはいた。何処で生まれて、誰に育てられたのか……そして、自分の名前すら思い出せなかった」



 姉御の打ち明ける過去に、ナナは隣で腰掛け、静かに、真剣な表情で聞き入った。



「唯一覚えていたのは……自分の中に宿る戦闘本能、体に染み付いた戦いの極意だけだった。アタシはただがむしゃらに戦い続けた。それ以外に自分の生きる価値を見出せなかったから……戦う事でのみしか語れない、生きるのに必死だった頃は、この力で手を汚した事だってある……今思えば、あの時のアタシは……人じゃない、ただの化け物だ」


「姉御さん……」


「……ずっと思ってた。”変わらなきゃ”って、”変わりたい”って……過去を消す事が出来ないのはわかってる。けど、せめて、今の自分だけは人間でありたいと思うようになったんだ。……だからかもな、あんたを助けたのは……人を助けて善人面を気取る……全く、馬鹿の考えそうなこった。結局は自己満足、アタシはこの力を自分のため使ってる……昔と何も変わっちゃいねーよ、こんなの……」


「…………ッ!」



 姉御は自らの過去を振り返る最中、指を組み小さく震えていた。陽気な性格の内に秘めた感情を一気に吐き出す。


 そんな姉御の暗く沈んだ表情を見て、ナナは咄嗟に立ち上がり、彼女の手を両手で掬い上げ、ぎゅっと握り締めた。



「ナナ……何を……」


「私にとって、姉御さんは……ヒーローです」


「…………っ!」



 突然の言葉に、姉御はただ唖然とナナを見詰めた。



「姉御さんは見知らぬ私を助けてくれた。危険を顧みず、故郷を救うと約束してくれた。私を泣かせない……ってのは無理でしたけどね。かっこつけで、鈍感で、戦いになるとすぐ周りが見えなくなるほど熱くなる。あと、胸が大きいのも個人的にはいただけないですね……けど、そんなところも全部ひっくるめて、姉御さんは姉御さんです!」


「ナナ……ア、アタシは……」


「姉御さんが何と言おうと、私から見た姉御さんは、正真正銘、人間です!それも温かい……ダメなお姉ちゃんって感じの!そんな存在なんです……だから、私は”今の姉御さん”が大好きなんです!」



 そう大胆に言い切ると、ナナは座ったままの姉御の肩を抱き寄せた。


 真正面から受ける温もりに、姉御は思わず涙腺を緩めた。



「姉御さんは私にとってヒーロー……けど、今だけは泣いてもいいんですよ……?」


「……ナナ」


「はい……」



 ”ペチンッ!!!”



「い、痛いッ!?ちょっと!いきなり何するんですか!!?」



 いつまでも抱き付いて離れないナナに、姉御は軽くデコピンをお見舞いした。



「なーにが、”今日だけは泣いてもいいですよ……?”だ。普通こんなん状況、恥ずかしくてナナぐらいしか泣けねえよ」


「な、ななな……何ですかっ!!一体誰のことを思ってこんな恥ずかしいセリフを言ったと思ってるんですか!!?」


「それに、ヒーローからお姉ちゃんって例えもなんか違和感あるよな〜」


「ぐ、ぐぬぬ……!!」



 そう言いながら、姉御はナナに背を向け後ろを向いた。


 突然の姉御の冷めた対応に、ナナはぶすっと頬を膨らませ、先ほどまで愛おしく抱き寄せていた姉御を、今度は憎らしい目で睨みつけた。



「……けど、まあ、その……ありがと、な」


「…………っ!」



 後ろを向いたままの感謝の言葉。


 しかし、そんな無愛想な”ありがとう”が、ナナの心にはグッと響いていた。


 姉御が感謝を口にする瞬間、少しだけナナの方へ顔を振り向かせたその時、月明かりに照らされ、彼女の目から頬を、小さな光が伝っていた。


 不器用な、本当に不器用すぎる彼女に、ナナは優しく微笑んだ。



「……どういたしまして」



 辺りを吹き抜ける涼しい風が、草木を揺らし、同時に2人の髪を靡かせる。


 広大な夜空の星々が、キラキラと美しく輝いた。




 と、その時、突如風とは違う、何か別のものによって近くの草むらが揺れ動いた。それを察知した姉御は、咄嗟にナナを庇うように構えをとる。


 刹那、草陰から見慣れぬ人影が顔を覗かせた。



「……姫様?ナナ姫なのですか!?」


「貴方……ペテロ?ペテロなの!?どうしてこんなところに……」


「それはこちらの台詞です!何故わざわざ戻って来られたのですか……」



 草むらから突如現れたのは、若い青年だった。その彼とナナは既に顔見知りだったようで、しばらく淡々と話を続けていた。



「……ナナ、この男は?」


「あ、姉御さん!この人はペテロ。私のお城で働く、唯一の男性使用人です。……でも、ペテロがいるという事は、ここはもしかして花の都のすぐ近くなんじゃ……?」



 ナナの質問に、ペテロは少し赤くなりながら答えるのを渋った。そして、モジモジと気まずそうに口を開ける。



「あの、その……その前に何か衣服を身に纏って貰えたら非常に有難いんですが……先程から目のやり場に困っていまして……」


「あっ……」



 と、ペテロのその言葉で、姉御とのやり取りの間にすっかりとはだけてしまっていた自分の姿に気が付き、ナナは顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうに体をすぼめた。



「キャーーーーーーッ!!!!」



 ナナの上げた悲鳴が、森に響き渡る。


 その声に驚き、草木から鳥が飛び出した。バサバサと豪快に音を立て、暗い夜空へと消えていった。


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