第3話 女を捨てて女子力を高めるとはこれ如何に

 蒸気機関車サングロース号の屋根の上、全身から強い女子力を放ち互いに向かい合いながら、2人の少女が睨み合う。



「ル、ルーザ……私達も助太刀するわ……!」



 と、背後から聞こえてきた声に、ルーザは振り返った。


 後方には連結部分のハシゴを登り、汽車の屋根にひょっこりと顔を出すバームルムの姿があった。まだ傷が癒え切っておらず、苦しそうな声で助太刀を申し出た。



「……”ムっ子”は下がってて、足手まといになるだけ……あと、邪魔だから空飛び回ってる機関銃隊にも発砲させないように、よろしく」


「むっ……何よ、人が親切に言ってあげたのに……てか、ムっ子って呼ぶなッ!!この猿!!」



 自分の嫌いなあだ名を呼ばれ、バームルムは三度みたび頬をむっと膨らませた。さらに、怒りのあまり、思わずルーザに対して”猿”と暴言を吐いた。


 瞬間、バームルムの頭スレスレを、強烈な熱を放つレーザービームが掠めた。



「……ッ!!?」


「おっと、手が滑った……で、私が何だって……?」


「ひっ……す、すいません……」



 無表情で怒りを露わにするルーザに、バームルムはガタガタと震えながら頭を引っ込めた。



「何だ?あんた猿って言われるとキレるのか?」



 すると、”猿”という姉御の言葉に反応し、ルーザは不機嫌な表情で振り返り、眉をピクリと動かした。



「まあ悪口なんてそう気にすんなよ、アタシも人のこと言えねえ脳筋戦闘ザルみたいなもんだしな。……しかし、あんたそこそこ美人なのに何で悪口が猿なんだ?猿が苦手……いや寧ろ逆に好き……あ、わかったバナナが好きなんだ……」


「猿猿猿猿猿猿猿猿猿……何も知らない癖にうるさいわね……お前は殺す!!絶対に殺す!!サンストッパーッ!!!!」



 仲間内で争うのを宥めようとした姉御だったが、その言葉は逆にルーザの逆鱗に触れ、今度は先程よりも強力なレーザービームが姉御目掛けて撃ち込まれた。



「おっと、場を暖めるつもりが……とにかく、どうやらこいつは本気で行くしかねーみたいだな……女子力、解放ッ!!」



 そう小さく囁くと、姉御は自らレーザービームの方へと飛び出して行った。


 刹那、姉御の体が赤く光り出し、強力なレーザービームを素手で捻じ曲げルーザとの間合いを一気に詰めた。



「何ッ!?お前、その姿は……!!?」


「そんな……アレって……」



 髪は解け、真っ赤に発光するその姿を前に、ルーザと遠くで見守るバームルムは思わず息を飲んだ。



「これがアタシの本気……全力だッ!!」



 姉御の握りしめた拳が、ルーザの腹部に突き刺さる。


 辛うじて耐えるものの、その威力は半端ではなく、ルーザは体を大きく後ろの方へもっていかれた。


 何とか対抗しようとローブの中から腕を出し、得意のレーザービームをお見舞いしようとするも、間髪入れずに飛び出す姉御の攻撃に、ルーザは殴り合いの戦いを強いられる。姉御優勢のまま、激しい攻防戦が続いた。



 と、ここで、姉御は突き出した拳をルーザの顔の前で寸止めさせると、戦いの中で感じたある違和感をルーザに問いかけた。



「なあ、あんた……何で全力で戦わねーんだ……?」



 戦いの最中、姉御は感じ取っていた。ルーザは内に秘めたその力を、溢れ出さんとする女子力を、わざと押さえ込むようにして戦っているということを。



「…………」


「……別に、あんたは敵だ。たとえ最後まで本気を出さなかったところで、アタシは一切手を抜かない」



 次の瞬間、その言葉の通り、姉御は強烈な蹴りをルーザに食らわせた。


 体を大きく後ろとへ吹っ飛ばされるも、ルーザはフラフラになった足を踏ん張り、屋根からの落下を何とか防いだ。



「……ちょっとルーザ、何やってんのよ!あんたむっちゃ圧されてるわよ!力を出し切らないまま負けるなんてBREADの恥!!躊躇ためらうことない、さっさとアレ使っちゃいなさいよ!!」



 と、ここで、防戦一方のルーザを見兼ねたバームルムからのガヤが入った。その後押しもあり、ルーザはスッと体勢を楽にさせ、力を解放する構えをとった。




「……言われなくてもわかっている!……お前、私に本気を出せと言ったな……ああ、出してやるさ。我が力よ……女子力、全開だあああああッ!!!!」



 力の限り、ルーザは大声で叫んだ。


 すると、ルーザの体はみるみると巨大化していき、その皮膚からは毛がモワモワと生え出した。黒いローブを自ら外し、それ以外の衣服は全て引き千切れ、顔から骨格まで、ルーザの何もかもが大きく変化していった。



「あわわわわ……あ、姉御さん!ひ、人が……変形しましたよ!!?」


「あ、ああ……これって……猿……?」



 姉御とナナが度肝を抜いた変形後ルーザの姿は、ガタイ良く筋肉隆々の巨大な猿そのものだった。



「……悪口とか何か色々納得したが、なんつーか……世界は広いって言うが、まさか女子力を高めると獣化する人間がいるとは流石に驚いたな……女を捨てて女子力を高めるとはこれ如何に……」


「だからなりたくなかった、こんな醜い姿……バッチリ黒で揃えた衣装も、恵まれた容姿も、全てを殺すこの自らの力……私にとって、女子力は呪いよ。……ともかく、この姿を見られてしまった以上、お前達を生かして返すわけにはいかなくなった……ここで死ね」



 そう言った瞬間、巨大な猿となったルーザは姉御の元へと勢い良く飛び出してきた。

 図体とは裏腹な素早い動きに翻弄されながらも、姉御は襲い来る巨大な猿の拳を見切り、その拳に自らの拳を重ねぶつけ合った。


 が、しかし、姉御の力を持ってしても、単純な力比べは猿化したルーザの方が上手うわてだった。力押しされまともに受けたルーザのその一撃は重く、姉御は吐血しながら大きく体のバランスを崩した。


 刹那、その隙を突き、ルーザは四つん這いになりながら、今度は手のひらからではなく口からレーザービームを放った。



「やべっ!?罵恋打陰血汚零糖バレンタインチョコレートッ!!」



 至近距離からの必殺技に、これには流石の姉御も堪らず、咄嗟に必殺技を繰り出し応戦した。ぶつかり合う双方の技と技は互いに消滅し爆風を上げた。



「ゲホッ、ゲホッ……姉御さん、ピンチです!!あの人、さっきまでとは比べ物にならないほど、格段に強くなってますよ!!」


「ああ、確かにな……へへ、やっぱりアタシの最初の勘は正しかった……あいつは強い。こいつは全く、ワクワクして堪んねーなぁ……」


「ワクワクって……そんなボロボロになってまで、何言ってるんですか!?」



 煙の中で、ナナは姉御の安否を心配した。猿化したルーザの重い攻撃に、姉御の身体は既にボロボロになっていたのだ。



「何言ってる……か。確かに、自分でも何言ってんだかわかんねーくらいアタシは大馬鹿だ……けどな、ナナ。アタシは馬鹿だけど、あんたとの旅を始めると決めた時、もうあんたを泣かせるようなことだけはさせないって自分に約束したんだ……だから、ここで倒れたりは絶対に有り得ない!」



 我ながらキザな台詞を語りながら、地にしっかりと足を叩きつけ、姉御は鋭い眼光で真っ直ぐ前を向いた。そんな傷だらけになった彼女の後ろ姿に、ナナは思わず涙目になった。



「姉御さん……私は……うぅ……」


「……あの、ナナさん、今ここで泣かれるとさっきのアタシのかっこいい台詞が丸潰れになっちまうんだが……」


「えっ……あっ!ご、ごめんなさい!」



 呆れ混じりの姉御の言葉に、ナナは眉間を指でつまみ急いで涙を堪えた。



「……それで、何か勝算はあるんですか?」


「まあ見てな。あんたを助けるって、あの時かっこつけて言ったんだ……一度かっこつけた事は何が何でも押し通す!それが漢女ってもんよ!」



 姉御はそう言い切ると技の構えを取り、ゆっくりと深呼吸して呼吸を整えた。



「……さあ、行くぞ!罵恋打陰血汚零糖バレンタインチョコレートッ!!」



 姉御は煙の中、再び必殺技を繰り出す。姉御の技は蒸気と爆風の合わさった濃い煙を切り裂き、曇った周囲を一気に晴らした。


 そのまま高く伸びる罵恋打陰血汚零糖バレンタインチョコレートは、ルーザの頭部を通り越し、上へと流れていった。



「ふん、どこを狙っている?敵はこっちよ、こっち」


「いや、これでいい……ビンゴだ!」


「なに……?」



 姉御の不敵な笑みに、ルーザは咄嗟に後ろを振り向いた。


 その時、上へと流れていった罵恋打陰血汚零糖バレンタインチョコレートが、サングロース号の渡る橋のアーチへと命中。上から雨のように降り注ぐ瓦礫に、ルーザはやむを得ず防御姿勢をとった。



「くっ……小癪な……」



 その隙を見計らい、姉御は一気にルーザの懐へと潜り込む。


 出来るだけ機敏に攻撃を与え、振り下ろされるルーザの拳にも素早く反応し、華麗に受け流していく。まともな力比べでは負かされてしまうということを想定した戦術であった。



「ちょこまかと鬱陶しい……そんな柔な攻撃じゃ、獣化した私には一切ダメージなど……」




「本当に柔かどうか……試してみるか?」



 その言葉と共に、姉御の打ち込む拳は、徐々に速さと重さを増していった。当然、ルーザもまた反撃を試みるも、その打撃スピードは異常。先程までほぼ一撃で致命傷を与えることの出来たはずのルーザの攻撃も、連続で繰り出される姉御の拳にねじ伏せられていった。



「馬鹿なっ……グフッ!!そんなはずは……ガハッ!!?」



 やがて、猿化したルーザのその分厚い皮膚で守られた肉体にも徐々にダメージが蓄積されていき、血を噴き始めた。



「オオ……オオオオオオオオオオッ!!!!!」



 残像の残す程の速度で拳を叩きつけ、姉御は力の限り叫んだ。


 自分自身もかなりの痛手を負いながら、しかも、ただデタラメに撃ち込んでいるわけではない。全力で、一発一発が全て、100%以上の力を込めて。




「これがアタシの……女子力だああああああああッ!!!!!」



 振り絞られた全力の叫び声と共に繰り出された一撃が、ルーザのみぞおちに突き刺さる。

 これにはルーザも耐えきれず、全身の毛を逆立たせ、白目を向いて膝から崩れ落ちた。




「……やれやれ、随分と骨のある奴だったぜ……アタシも久々に熱くなりすぎちまって、つい1000発以上も打ち込んじまったよ……悪かったな」


「や……やったーッ!!姉御さんの勝ちだあッ!!」



 拳を握りしめ姉御はしばらく立ち尽くした。


 過ぎ去った脅威からの安心と勝利の喜びに感極まったナナは彼女の元へ駆け出し、勢い良く背後から抱きついた。




「……悪い夢でも見てるんじゃないの、私……チートかよ、マジで……と、とにかくこの事は一刻も早くブラディック様に伝えなくちゃ……」



 規格外の強さを前に、爪をかじりながら恐怖に体震わせていたバームルムは、彼女達2人が喜びに浸っている隙に、こっそりと機関銃隊の小型ヘリへと乗り込み、その場を後にした。




「姉御さん、ごめんなさい……あなたをこんな危険な目に合わせてしまって……」


「おいおい、今更何言ってんだよ。寧ろこんな強い奴と戦えてアタシは大満足だっての。……ただ欲を言えば、敵としてではなく、良きライバルとして出会いたかったってのもあるがな……」



 そう小さく呟くと、姉御は倒れたルーザの方へと目線をやった。その時、ルーザは既に元の姿へと戻っており、黒いローブだけが無造作にかけられた、ほとんど全裸の姿で地べたから動けなくなっていた。



「くそぉ……ちくしょお……こんなの、屈辱的すぎる……」


「……なあ、ルーザ。あんたは強い、その強さは本物だ。……アタシはあんたともっと戦いたい!だから……これからは足を洗って、良きライバル同士として競い合おうぜ!」



 倒れるルーザに手を差し伸べ、姉御は優しい表情を浮かべた。その眩しすぎる姿が、ルーザのまなこに焼きついた。



「……足を洗って……か。……ふふふ……ははは、全く甘い、甘すぎるな」


「なっ……」


「……私はこの力が嫌いだ。これは呪いでしかない。皆が私のことを恐れ、醜い化け物だと蔑んだ……だが、あの方は……ブラディック様だけは、私を受け入れてくれた……私の力は呪い……されど、それもまた力だという事を教えてくれた。醜いと蔑む連中は握り潰してやればいい、私を認めぬ連中は踏み潰してやればいい……そうしたら……私を否定する声は聞こえなくなった。だって、みんな死んじゃったんだもの。……あの方のおかげで、私は幸せになれた……ふふ……」



 淡々と語られるルーザの話に、姉御とナナはぞっと顔を歪め、かける言葉も見当たらずただ呆然と立ち尽くした。



「私は最後まで与えられた役をこなす……BREADへの忠誠をナメないでちょうだい……」



 そう言いながら、ルーザは右手を天へ掲げ、指を鳴らした。




 瞬間、突如大きな音と共に、サングロース号が激しく揺れた。


 何事かと2人が周囲を見渡すと、そこにはサングロース号の車両が次々と大爆発を起こし、木っ端微塵に吹き飛ぶ、信じがたい光景が広がっていた。


 突然の出来事に、ナナはショックのあまり腰を抜かした。



「こいつら、汽車に爆弾まで仕込んでやがったのか!!?」


「どどど、どうしましょう姉御さん!!ピンチです!大大大大大ピンチです!」


「とりあえずあんたは落ち着け!……よし、ナナ、アタシにしっかり捕まってくれ」


「えっ……一体何を……」



 燃え上がる炎と迫り来る爆発に煽られながら、姉御は急いでナナを背負い込んだ。



「準備は整った……よし、飛び込むぞ!!」


「……エエッ!!?飛び込むって、そんな……」


「いくぞおぉーーーーーーッ!!!!」


「ちょっと待っ____」



 覚悟を決め、姉御がサングロース号の屋根から飛び出した瞬間、背後で乗っていた車両が大爆発を起こし、2人はその爆風に吹き飛ばされた。



「______________ッ!!!!!」



 声にもならない悲鳴を上げながら、ナナは目から大量の涙を溢れ出させた。


 まるでアクション映画のワンシーンのように、姉御とナナはド派手に湖の中へとダイブしていった。

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