第2話 姉御さん、エロすぎますよ……ブツブツ……

 わらわらと群がる人の波に揉まれ酔いながら、姉御は顔を青ざめ、息を切らせた。



「姉御さんっ!こっちこっち!」



 人の波をかき分けながら、姉御はナナの声のする方へと必死に歩みを進めた。



「ハァ、ハァ……な、何だこの人の数……都会ってのはいつもこんなに人が多いのか……?」


「都会というか、ここ”サングロース・ステーション”は様々な都市に繋がる線路が引かれていますから、どうしても人が集まっちゃうんですよね……」




 2人が訪れたのは、荒野から少し遠く離れた巨大な蒸気機関車ターミナル、”サングロース・ステーション”であった。


 周辺の立地はお世辞にも良いとは言えないが、建設からの歴史は長く、その年月の深さを感じさせる味のある外装が特徴である。様々な都市から路線が引かれ、10以上のプラットホームを持つ、この地区では数少ない大規模な駅であった。



「……で、あんたの言う通りここまで着いて来たわけだが……ここから先、アタシ達は一体どうすればいいわけだ?」



 人混みの放つ熱気に、姉御は暑そうに首元をパタパタと手で仰ぎながらナナに質問した。すると、その質問を待ってましたと言わんばかりに、ナナはニヤニヤと笑みを浮かべて答えた。



「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。ターミナルに来たんだから、この後は当然汽車に乗って花の都を目指すわけですが……ななな、なんと!私達が乗車するのはこの駅の名前にもなっている、あの有名な”サングロース号”なのです!」


「……それってなんか凄いのか?」



 一人盛り上がるナナとは裏腹に、キョトンとした表情を浮かべる姉御との温度差に、ナナは思わずズコッと肩を落とした。



「し、知らないんですか!?サングロース号といえば、この辺りでは最も有名な蒸気機関車!私、生まれた時からずっと都に箱入り状態でしたから、前々から一度でいいから乗ってみたいと思ってたんですよ!」



 そう語りだすと、ナナはまるで犬が尻尾を振った時のように目を輝かせた。



「おいおい、出会った時は号泣したり、そんで今は興奮したりと忙しい奴だな、あんた」


「べ、別に感受性が豊かなのは良いことじゃないですか!……そりゃ私だって、どうせ乗るならこんな時じゃなくて、もっと楽しい時に乗りたかったですよ……でも、このサングロース号に乗れば、直通ではないとは言え、花の都まで一気に近づけれるんですよ……」



 と、今度は暗い顔でしょんぼりと落ち込むナナの様子を見て、やっちまったとばかりに姉御は手で頭を押さえた。

 つい余計なことを言ってしまう不気味な自分にモヤモヤと腹を立てながら、姉御は溜息を吐き、再び口を開けた。



「……よし、じゃあ早速行くとしますか!張り切って乗るぞー!えっと、その、サン……なんとか号に!さあ、全速前進だ!」


「えっ、あっ……はい!」



 半ば無理矢理な盛り上げではあったが、ナナは暗い表情を見せた自分を励まそうとする姉御なりの気遣いを察し、その行為に笑みを浮かべて乗りかかることにした。



「……それに、なんかここにいると体がムズ痒いんだ……敵意とは違う、周りから妙な視線を感じるっつーか……」



 姉御の言葉に、ナナはハッと辺りを見渡した。


 人混みの暑さにより、汗に濡れたセクシーなうなじ。露出だらけのパッツパツの衣装に、ムッチリとしたお尻から太ももにかけての美しいライン。さらに、嫌でも目に付くその豊満なバストが、すれ違う女性からは嫉妬の目が、男性からは下心に満ちた視線が、姉御に一斉放火されていた。


 いくら超乙女社会とはいえ、この破壊力。このまま姉御を、いつまでも多くの人の目に付くところには置いてはおけない。



「い、今すぐ出発しましょう!出来るだけ急いで行きましょう!!」


「お、おいっ、突然そんなに慌ててどうした?それにナナ、あんたなんか顔赤いぞ?」


「姉御さん、エロすぎますよ……ブツブツ……ハッ!な、何でもありません!いいから早く!」


「わわっ!そんなに引っ張んなって!」



 何とも言えない気持ちに顔を赤くさせながら、ナナは姉御の腕を引き、人混みの奥へと消えていった。




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 眩しいほどに輝く湖の上、涼しい風が吹き抜く長い長い巨大な鉄道橋を、サングロース号は白い蒸気を焚きながら進んで行く。


 その窓からは、見る者全ての心を動かす、美しい自然の絶景が広がっていた。



「わー!凄いですよ!ほら、姉御さんも見てくださいよ!この澄み渡る青空、美しい湖……あ、鳥さん発見です!可愛い〜!」


「多少はしゃぎすぎな気もするけど、確かにこりゃ絶景だな。風が気持ちいぃ……あ、そう言えば!」



 窓を開け、吹き込む風に当たっていると、ふと姉御はある事を思い出した。



「おいナナ!あんたこの汽車に乗る前、乗車券とか買ってる素振りが一切なかったんだが……大丈夫なのか?」


「ああ、その辺りはご心配なく。多分もうすぐ……」



 ナナがそこまで言うと、連結部分の扉が開かれ、中から車掌らしき女性が現れた。彼女は車内を一通り見渡すと、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。



「乗車券をお願いします」


「えっと、これで……」



 乗車券の提示を要求されると、ナナはフードの中から銀色に輝くペンダントのような物を取り出した。



「これは……!?し、失礼しました、まさか王家の方とは……ごゆっくり」



 そのペンダントのような物を前に、車掌は驚いた表情でナナにお辞儀をすると、早々にその場を立ち去っていった。



「すげぇや、あんなにあっさり……何なんだそりゃ?」


「これは私が都の王家である事を示す”紋章”です。私の家系は何分なにぶん歴史が深く、この辺りの地区では王家育ちの権限はなかなか便利に使えるんですよ」


「はーん、あんた本当に偉いとこの子なんだな。んで、これがその事を証明する銀の紋章ってわけか……んっ、ちょっと待てよ?確かあの男達もその紋章を欲しがってたみたいだったが、既に支配した場所の、ましてや姫様が持っているような紋章を、わざわざ追っかけてまで欲しいもんなのか?」



 姉御からの質問に、ナナは暗い表情で紋章を握りしめ、落ち着いた声で語り始めた。



「BREADのリーダー、”ブラディック”は強欲な女です。聞けば私の故郷だけでなく、他にもその力でたくさんの制圧地を手にしているそうで……その強欲さはまさに魔女……いえ、魔王と言って違いありません。彼女は奪えるものは何から何まで全て奪い尽くす性格です。きっと、紋章が欲しいというよりは、私にこれを持って逃げられたということ自体が、相当気に入らないんだと思います……」


「想像以上に無茶苦茶な奴だな……さっきの話を聞いて思ったんだが……都の一大事なんだ、さっきみたいに紋章を見せれば、私以外にもっと大勢の助けを借りることが出来たんじゃないのか?」


「もちろん、姉御さんと出会う前にも、いろんな所に助けを求めました。でも、BREADの名を出すたび、みんな非協力的になってしまうんです……姫である私の権限だけでは、限界がありました……ごめんなさい、そんな危険なことに姉御さんを巻き込んでしまって……」


「いやいや、どうせ宛てもない旅の途中だったし気にすんな。それにそのブラディックとかいう奴、そんな極悪連中のかしらだ、きっとスゲェ強いんだろうな……叩き甲斐があるってもんよっ!」



 頭を下げるナナに対して、姉御は強気に拳を手のひらに叩きつけて見せた。



「……そう言えば、姉御さんはどうして旅をしてるんですか?」



 すると、ナナから出た質問に対し、姉御は少し暗い表情を浮かべると、窓の外を見た。


 窓の縁に膝をつき、冷たい風に髪を靡かせる。しばらくして、姉御は重い口をゆっくりと開けた。



「理由は……さあな、あったかもしれねえけど、昔のことですっかり忘れちまった。宛てもない旅って言えば聞こえはいいけどさ……ないんだよ、アタシには。行く宛も、帰る場所も……」


「え……それってどういう……」




「……ッ!?ナナ!!伏せろ!!」



 ナナが質問を続けようとしたその時、突然姉御に頭を抑えつけられ、向かい合う座席の間にしゃがみ込まされた。


 そして次の瞬間、乗客達の悲鳴と共に、突如車内に大量の銃声が辺りに響き渡った。



「な、何!?何んなんですか!!?」



 あまりに唐突すぎる状況に軽くパニックになりながら、ナナは恐怖に震え、小さく丸まった。



 やがて銃声が止み、血に塗れ蜂の巣となった車内に、ゴーグルを付け機関銃を持った大勢の女性兵達が押し掛け、一瞬のうちに姉御とナナを囲んだ。



「まさか、BREAD……こんな……こんなの、酷すぎます……」


「こいつら……」



 両手で口元を抑え青ざめるナナに対して、車内に飛び散る返り血を見て、姉御は静かに怒りを燃やした。



「おっと、動かないでちょうだい。変な真似をすれば、この状況……あんた死ぬわよ?」



 すると、女性兵達の奥から、緑色の髪を後ろで括り、肩にかけたマントを靡かせゴーグルを頭に付けた少女が2人の前へと現れ、勝ち誇った顔で姉御の額に銃口を突きつけた。



「私はバームルム、BREADが誇る無敵の”機関銃隊”隊長よ。全く、馬鹿3人がやられたって聞いてわざわざ来てみれば……こんな露出狂みたいな淫らな格好した女にやられるなんて、ほんと男って使えないわね!そう、こんな……」



 機関銃を突きつけながら、バームルムと名乗る少女は姉御の体を上下に見回し、その焦点を胸の部分で止めた。しばらくじっと見詰めると、今度は自分の胸を見下ろした。我ながらその見通しの良すぎる景色に、バームルムはむっと頬を膨らませ、不愉快そうな表情を浮かべた。



「むっ……大きい……いやそうじゃなくて!とにかく!大人しくしてれば命だけは助けてやらないこともないってことよ!」


「……言いたいことはそれだけか?」



 と、バームルムの言葉に臆することなく、姉御は機関銃を持った女性兵達を睨みつけながらその場で立ち上がった。



「なっ……!?ちょっと!動くなって言ったのが聞こえなかったの!!ほんとに撃つわよ!!こっちはあんた達が死のうがどうでも……」


「やれるもんならやってみろよ」



 挑発的な姉御の態度に、バームルムは再びむっと不愉快そうに頬を膨らませた。



「むっ……いいわよ、そこまで言うならお望み通り殺してあげる。あんた、随分と強さに自信があるようだけど、悲しいかな人はどれだけ鍛えたところで銃で撃たれりゃお終いなのよッ!」




 そうバームルムが強く言い放った瞬間、機関銃の引き金が引かれ、姉御の顔めがけて銃弾が一発撃ち込まれた。


 銃声と共に鈍い音を立て、銃弾は姉御の額に着弾したかに見えた。撃たれた勢いで顔を上にあげ、煙を上げる姉御の姿に、バームルムは心の中でほくそ笑み、ナナはショックのあまり声を失った。



 しかし、姉御の脳天を銃弾が捉えたと誰もが確信したその時、突如、姉御が見上げた顔をゆっくりと下ろした。その表情は涼しく、銃弾跡どころか傷一つ見当たらなかった。


 その光景に周囲が困惑する中、姉御は口の中から何やら鉄くずのような物を地面に吐き捨てた。



 銃弾。それはまさしく、先ほど機関銃から姉御の額へと撃ち込まれた銃弾であった。姉御は、機関銃の弾を歯で受け止め、それを吐き出したのだった。


 信じられない光景を前に、辺りはしばらく凍りついたようにしんと静まり返った。




「ば、化け物……総員!!奴を殺せええッ!!!!」



 バームルムが大声を上げ後ろへと下がると、周囲の女性兵達は一斉に姉御へ機関銃を向けた。だが、銃弾を発射する暇すら与えぬ姉御の素早い攻撃に、女性兵達は次々と銃を手放し倒れていった。


 狭い車内を俊敏に動き回り、姉御は敵をバッサバッサとなぎ倒していく。



「な、何んなんなのあいつ、マジでヤバイ奴じゃない……こうなったら……」



 椅子の陰に身を潜めていたバームルムは、覚悟を決め戦場に飛び出すと、座席間で小さく身を丸めていたナナを強引に引っ張り、彼女に機関銃を突きつけた。



「キャアッ!!!」


「動くな!このお姫様がどうなっても……」



 バームルムがナナを人質に取った瞬間、姉御は瞬間移動の如く凄まじい速度でバームルムとの間合いを詰めた。



「えっ、ちょっ、おま……」



 まるで獣のようにギラつく姉御の目にバームルムが怯むと、有無を言わせぬ素早い蹴りが、バームルムの下顎に突き刺さる。



「……っ!!?ゲホッ、ゲホッ……オエェ……」



 そのあまりの痛みに、バームルムは喉を手で押さえつけながら機関銃を手放し、地面に這いつくばった。



「……さあ、もう気は済んだだろ。とっとと汽車から降りてくれ」


「ぐっ……これで終わりと思うなよ……」


「……っ!?」




 掠れた声でバームルムがそう言った次の瞬間、今度は車両の横から機関銃が乱射された。


 咄嗟にナナを庇い、辛うじて無事だった姉御は、そっと窓からは外の様子を伺った。



 すると、窓の外には、サングロース号全体を囲うように、数台の小型ヘリに乗った機関銃隊が上空を飛び回っていた。



「チッ……外にもいやがったのか……ここは危ない!ナナ、上へ行くぞ!」


「は、はいっ!……って、ちょ、ちょっと待って!上って……まさか、蒸気機関車の上ってことですか!?」


「それ以外に何処がある!銃声が止んだ今がチャンスだ。さあ、しっかり摑まれよ!」


「ちょっ、ちょっとぉ!!」



 機関銃の雨が止んだタイミングを見計らい、姉御は素早くナナを抱え込み、窓からサングロース号の屋根へと乗り移った。




「ひ、ひえぇ〜……本当に汽車の上に乗っちゃいました……」


「あらら、外はこんなにヘリが飛んでやがったのか。こういう武器の使い方はイマイチわかんねーが……まあ、投げつけちまえばどれも同じか」



 姉御は屋根へ登る前、こっそり拾っておいた機関銃をしばらく眺めると、銃口部分を握りしめ、空飛ぶ小型ヘリに向かって機関銃を思い切り振りかぶって投げつけた。


 すると、勢い良く投げつけられた機関銃が、一台のヘリに突き刺さる。そのままフラフラとバランスを崩し、故障したヘリは上空に銃弾をばら撒いた。そして、その銃弾は狙ったように他のヘリにも着弾し、上空を飛び回っていた機関銃隊は次々と墜落していった。



「凄い……凄すぎますよ、姉御さん!この調子ならいけます!」


「……いや、どうやら奴らの切り札は、空飛ぶ仲間達じゃなかったようだ……」


「えっ……?」



 目を輝かせ喜ぶナナとは対照的に、姉御は真剣な表情で真っ直ぐと前を見詰めていた。



 その視線の先、姉御達の前には、1人の少女が立ちはだかっていた。


 黒く長い髪を風に靡かせ、黒いローブを見に纏い、その隙間からは黒い手袋をチラつかせた全身真っ黒統一の少女は、ゆっくりと手のひらを前に出し、呪文のように言葉を唱えた。その行動を本能的に危険と感じた姉御は、僅かにその身を彼女の直線上からズラした。



「……”サンストッパー”」



 すると、次の瞬間、強力な電磁波を纏った極太のレーザービームが放出され、真っ直ぐ姉御の頬を掠めた。



「姉御さんッ!!」



 心配するナナの呼びかけに、姉御はハッと我に返り、頬から流れる血を拭った。そして、手の甲に付着した自らの血をしばらく見詰めた。



「……次は当てる」


「すげぇ……すげぇ女子力を感じる……あんた、何者だ?」


「……我が名はルーザ、BREADの幹部。ブラディック様の命令だ、お前達はここで死ね」



 ルーザと名乗る強敵を前に、姉御は額に冷たい汗を浮かべながらも、嬉しそうに細く笑った。



「……いいねぇ。最初、あの男達やさっきの機関銃女とやった時は、正直”こんなもんかと”思ってたんだが……いるじゃねーか、強い奴が。全く、馬鹿だよな、アタシって……ナナの故郷が大変なのもわかってる。目の前の奴が悪者だってのもわかってる。けど……血が騒ぐ……ワクワクしてしょうがないぜ……!!」



 そう終始無表情なルーザに語ると、姉御はゆっくりと構えをとった。



 互いに見知らぬ少女が2人、バチバチと火花を散らし向かい合った。そこに言葉など非ず、双方鋭くギラつかせた視線から、戦いはゴングは既に鳴り響いていたのだった。



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