第1章 BREAD

第1話 アタシのことは姉御と呼びな

 広大な青い空が、辺り一面に広がる大地。


 一向に変わることのない景色の中、斜め後ろに無造作に括り付けた茶色い髪を靡かせながら、1人の少女が宛てもなくその地を歩いていた。



 自称姉御を名乗るその少女は、袖の無い体のラインがくっきりと浮き出る黒の衣装を身に纏い、下はホットパンツ、腕には第一関節が隠れるほど長いロンググローブを身につけていた。


 ヘソ、太もも、脇を露出させた何ともエロ……大胆な衣装を纏い、右肩にバックパックを背負いながら、眩しい太陽の中をひたすら歩き続けた。



「……実際宛てのない旅路なんだが、こうも同じような景色のところをグルグル歩き回ってるってことは……迷子なのか、アタシ」



 眉をピクピクとさせながら、姉御は困惑した表情で足を止めた。周りをキョロキョロと見渡すも状況は変わらず、困り果てた姉御はため息をつき、バックパックを地面に投げ捨てその場に座り込んだ。



 と、しばらくボーッと空を見上げていると、風に流れて何やら人の声のような音が耳に入ってきた。


 その音に反応し、咄嗟に姉御は立ち上がると、興味本位から声のする方へと駆け足で近づいて行った。




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「キャアアアッ!!!」



 荒れ果てた岩場の陰で、薄汚いフードを被った少女が3人の男達に囲まれ悲鳴を上げていた。どうやら足を挫いて転倒し、少女はそのまま動けなくなってしまったようだ。



「やっと追い詰めた……たく、難儀なお姫様だぜ、こいつはよぉ。逃げ出さずにさっさと”紋章”を渡せば、もう少しマシな扱いをだったかもしれねーもんを」


「まあいいじゃねーか。紋章さえ手に入れば、この姫様はどうなったって構わねぇんだ。あの鬼畜なボスがわざわざ貴重な俺たち男兵を追跡に向かわせたってことは、つまりそういうことなんだろ?丁度この辺りには俺たち以外誰もいないことだし、精々楽しませて貰おうじゃねーか」


「へへ、悪くねぇな。まだ発達仕切れてなくてちょっとガキっぽいのが少し気になるが、まあその辺は目を瞑るとしよう……オラァ!さっさと脱げよ、糞アマがッ!!」



 すると、1人の男が姫と呼ばれる少女のフードを強引に引っ張り、その体を乱暴に揺らし始めた。



「キャアッ!触らないでッ!いや……誰か……誰か助けて……」



 声を震わせながら、少女は祈るようにして言葉を発した。

 そんな涙目になりながら健気に抵抗する少女の姿に、男達はニタニタと不快に笑った。



「へへ、助けてだってよ。哀れなもんだなぁ、おい。こんなところに人がいるわけねーだろ。仮にいたとしてもこの状況、助けになんて来るわけがな……」



 ”助けなど来ない”……男達の誰もがそう確信した次の瞬間、突如、背後から異様な気配を感じ、少女のフードを掴んでいた男が不意に後ろを振り向いた。


 刹那、男の顔に強烈な蹴りが突き刺さり、男は豪快に吹き飛び岩に激突、そのまま意識を失った。



「えっ……」



 突然の出来事に、襲われていた少女も思わず息を飲んだ。


 目の前には見知らぬ茶髪の少女が1人、こちらを庇うようにして背を向けていた。



「なっ、なんだぁ……?」


「テメェ……一体何もんだッ!?」



 突然現れた姉御の姿に、男は声を荒げながら2人ががりで彼女に襲いかかった。


 しかし、刃物をチラつかせながら襲いかかってくる男達にも全く動揺せず、姉御は涼しい顔で彼らの手に握られた武器を跳ね除け、男の額に肘を一発、喉に裏拳を一撃それぞれお見舞いし、1人を地べたに沈めた。


 2人がやられ残り1人となってしまったその男は、目の前の少女の強さに思わず動揺を見せた。瞬間、その僅かな隙に付け込まれ、姉御の倒立して繰り出される足技にハマり、回転による遠心力の力でで首から骨が折れる大きな音を鳴らして気を失った。



 男3人をものともせぬ圧倒的強さを誇る姉御を前に、襲われていた少女はキラキラと目を輝かせた。



「す、凄い……凄すぎる……!」


「んっ?ああ……これぐらい大したことないって、こいつらザコだし。全く、これだから超乙女社会に埋もれた雄共はロクな奴がいない……ほら、怪我はない?立てるか?」



 と、岩陰でずっと倒れっぱなしになっていた少女に、姉御は優しく手を差し伸べた。その時、突然ハッとした表情を見せると、その少女はいきなり姉御の服をガッと掴んだ。



「うおっ!?いきなり何だ!!?」


「お願いです!!助けてください!!」


「ちょっ、えっ、助けろって、今さっき助けたじゃ……」


「違うんです。私じゃなくて、みんなを助けてください……このままじゃ私の故郷が……都のみんなが……みんなが……」


「…………」



 そう言って肩を震わせながら、胸にしがみ付き泣きじゃくる彼女を見て、姉御はそっと頭を撫で、その寄りかかる小さな体を抱き寄せた。



「……詳しく話を聞かせてくれ」



 姉御は真っ直ぐな目でそう少女に囁いた。




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「私の住んでいた”花の都”は、辺り一面花が咲き乱れ、風が吹くたび空には花びらが舞う、それは美しいところでした……ですが、その平和は一瞬にして崩れ去りました」



 2人近くの小さな岩に腰掛けながら、少女は自分の知る限りの情報を全て話した。


 平和だったはずの花の都に、突如”BREAD《ブレッド》”と名乗る族が進撃してきたこと。花は一瞬にして真っ赤な血で染まり、美しかった都は支配され、まさに地獄と化したこと。

 そして、自分はそこのプリンセスであり、村長や民達に助けられ、今こうして自分だけが都から逃げ出すことができたのだということを。



「みんなが私を逃がしてくれたんです……でも、本当は1人だけ助かりたくなんてなかった……今ならまだ間に合うかもしれない……みんなを、花の都を救えるかもしれない……だから……貴方の力を貸してください!!お願いです……お願いします……」



 再び目に涙を浮かべながら、姫自ら深く頭を下げる。


 ”自分だけ助かった”と言っていたが、そのボロボロになった姿に先程の男達……ここまで辿り着くのに、相当な辛い経験を強いられてきたのだということは、火を見るより明らかだった。


 そのまま膝を着き、地面に額を当てようとした瞬間、姉御はポンと彼女の肩を叩いた。



「おっと、そんなことしちゃ可愛い顔が汚れちまうぞ。さぁてと……じゃっ、まっ、行きますか」


「えっ……」


「”えっ……”じゃねーよ。助けに行くんだろ、みんなを。アタシは花の都までの道なんざサッパリわかんないからさ、道案内はよろしくー」


「い、いいんですか!?引き受けてくれるんですか!?こんな見ず知らずの奴の危険な依頼を、こんなにもあっさりと!?」


「……あんた、依頼引き受けて欲しいのか欲しくないのかどっちなんだ……まあでも確かに、かっこつけて危険な依頼の割にはあっさり引き受けすぎちまったかな。ふむ……よし、あんた可愛いから、報酬はお姫様とのワンナイトでいいぜ」


「ワンナ……ちょっ、ちょっと待って!!そんないきなり……というか、そっち系なんですか!?やっぱりそっち系なんですかッ!!?」



 意味が伝わるや否や、姫様は顔を真っ赤にして、あたふたと手を大きく振ったり顔を隠したりと、わかりやすいほど照れ始めた。



「冗談だって。つか、”やっぱり”ってなんだよ!?……まあ何にせよ、多少は緊張解れたのならそれでよし。落ち着いたんなら、パパッと案内よろしく頼むぞ〜」



 と、ここで、姫様は気がついた。巧みな姉御の言い回しにより、感覚的に、知らず知らずのうち、2人の心の距離はかなり近くなっていたことに。

 強さだけでなく、そんな器用なようで不器用な彼女の優しさにも、姫様は密かに感心を示した。



「ありがとうございます……そういえば、まだ名前を聞いてなかったですね。私はナナ、ナナ=ノエル=クローハープ。貴方は?」



 再び問われる自分の名前に、姉御はしばらく沈黙すると、また決まり文句のようにあの言葉を口にした。



「名前……か。どうしても呼びたいってなら、アタシのことは”姉御”と呼びな!」



 そう親指を自分に立てて、簡潔すぎる自己紹介を終えると、姉御はズカズカと先へ歩き始めた。



「ま、待って!道も知らないのに先々行かないでくださいよ!あ、姉御〜っ!!」



 何だかとてもふわふわとして可愛らしい姉御を呼ぶ声。しかし、呼ばれている本人は、そのか弱い声に結構ご満悦そうな表情を浮かべ、ルンルンと足取り軽く長い道程を歩いて行った。


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