prolog2:女子力

 ゴツゴツと岩場の間を、涼しい風が吹き抜ける広々とした荒野。


 眩しい太陽の光が、湖にキラキラと反射し輝きを放つ。


 視界一面を緑色に覆うコケの大地の中、ただポツリと2人の少女が互いの目を合わせ、威嚇的な表情で睨み合っていた。


 互いに構えを取り、既に息を荒くしている。

 肌を伝う汗、身体中に浮かび上がる傷跡を見る限り、既に両者の間では激しい戦いが繰り広げられていたことがわかる。



 すると突然、片方の茶色い髪を無造作に斜め後ろで括った少女が、ゆっくりと構えを解き、スッと両腕を大きく広げ、呼吸を整え始めた。


 まるで隙だらけ。しかし、異様。


 その少女の大胆な行動に驚きつつ、もう片方の青髪の少女は一歩距離を置き、警戒を強めその様子を伺った。



 深く深呼吸を終えると、茶髪の少女は拳を握りしめ、ゆっくりと口を開いた。




「”女子力”……解放ッ!!!!」




 そう呟いた瞬間、少女の体は光に包まれた。


 その光は雷のように天を裂き、大地を抉り、少女の身体中から輝きが溢れ出した。それはまるで、体の内から封じ込めていた強大な何かを解き放つかのように。



「な、何だこの力は……貴様、まだそんな力を隠し持っていたというのか……」



 狼狽える青髪の少女の目の前に現れたのは、光を全身に纏い、括られた髪を解き燃えるような赤色の髪を靡かせた異端の存在だった。



「ごめんよ、ぶっちゃけあんたのこと、戦う前は少しナメてたわ……けど違った、その力は間違いなく本物だ。だからアタシも本気を出す。そのために”女子力”を解放した。あんたのその力が、アタシをまた強くする……さあ、ここからが本番だッ!!」


「何なんだ……女子力って一体……!?」




 ーーーーーーーー



 ”女子力”


 それは漢女おとめを極めし者のみに与えられる、天からの加護


 生まれながらの圧倒的才能・極限まで己を引き出そうとする努力・戦いに継ぐ戦いの最中に得る数々の経験……ただ真っ直ぐと前を向き、ただ永遠と続く高みを目指し続けた先に見える真理の世界


 その力は強大、まさに神の力



 ーーーーーーーー




 強大な力を前に、青髪の少女は一瞬足を竦ませた。刹那、その僅かな隙を見逃すことなく、赤い気を放つ少女は地面を蹴り上げその場を飛び出した。


 瞬間、目の前から姿を消した。いや、正確には見えないのだ。


 速すぎる動き、地を駆け空を切る音だけが耳の中で響いた。


 青髪の少女が不意に背後に顔を向けたその時、突然視界に拳が飛び込んできた。



「……ッ!!!」



 脳がその状況を理解する暇すら与えられず、顔中に信じがたい程の激痛が走った。


 歪む視界、霞む意識。


 鼻と口から大量の血を吐き出しながら、ゆっくりと体が宙を舞った。



 そのまま大きく吹き飛んだ肉体は、地面をガリガリと削りながら湖目掛けて一直線に転がり回った。


 青髪の少女は必死に目を見開き、その場で足腰に踏ん張りをつけ、何とか湖の縁ギリギリで転がる体を止めた。



 が、しかし、ぐらつく体を足で支えながら、ゆっくりと顔を上げたその目の先には、またしても拳が飛び込んできた。


 今度は素早く反応し、向かってくる拳を上手く薙ぎ払う。が、無情、拳を回避したかと思えば、有無を言わさず速さで肘打ちが青髪少女のみぞおちに突き刺さった。



「ガハ……ッ!!」



 喉の奥から吐き出すような声を上げながら、青髪の少女は湖を、まるで水切り石のように水面に体を叩きつけられながら吹き飛び、その先の岩場へと激突した。


 あまりの勢いに岩場は崩壊、瓦礫の下敷きになりながら、自らの手のひらを見詰め項垂れた。



 圧倒的力の差から生まれる絶望に、心が折れそうになる。


 だがしかし、それ以上に心の奥底からある感情がこみ上げてきた。



 勝ちたい。


 奴を倒したい。



 怒りでも、憎いわけでもない。


 ただ純粋に、己の中に流れる漢女の血が騒ぐ。鼓動が高鳴る。ドクドクと心臓から身体中に血が駆け巡る音が聞こえてくる。



 この間僅か1秒足らず。


 相手の次なる一手を前に、青髪の少女の中で何かが押し寄せてくる。



 目の前には足、赤く光る少女が、無慈悲にトドメの一撃を繰り出してきたのだった。


 と、ここで、青髪少女の目に異変が起こった。血に染まり、ボロボロになり、死んだ魚のような目と化した彼女の目に、突如光が宿った。

 先程までとはまるで別人のような目付きに、赤く光る少女が一瞬怯んだ。



「おお……おおおおおッ!!!!」



 荒げた声を上げ、瓦礫の中から青髪の少女が飛び出した。


 光る少女の素早い攻撃を見切り、躱す。そのまま彼女の懐へと潜り込み、拳を突き出した。



「くらえええええッ!!!!」


「ぐっ……ハハハッ!!」



 僅かにマトを外し、大きなダメージは与えられなかった。だが、青髪の少女は、この戦いの中で確実に成長していることを見せた。


 そのことを攻撃を受けた赤く光る少女がいち早く察知し、腹を殴られながらも嬉しそうに笑い声を上げた。



「スゲェなあんた……予想以上だよ。ここまで熱い戦いは久しぶりだ……高ぶるねぇ……!!この魂が震えるような感覚が、アタシは大好きなんだ……!!」


「バケモノめ……」


「ほほう、言ってくれるじゃないか。……アタシは人間だ。そう、人間さ……」



 会話の最中でも、相手の攻撃を防ぎ、攻める。それをまた相手が防ぎ、攻撃に転じる。この一連の流れが凄まじい速度で繰り返された。


 血を吐き、衝撃波を生み、大地をも揺るがす程の激しい殴り合い。その激しさは、やがて双方殴り合う衝撃で身が浮き上がる程のものだった。


 互いに一歩も譲らぬ攻防戦が続く。



 刹那、僅かな隙を突き、赤く光る少女のかかとが青髪の少女の首元を捉えた。


 青髪の少女は地面に叩きつけられ、苦しそうに頭を抱えた。



「ああ、この高揚感……魂が燃え上がる。最高に楽しい……だからこそ、終わらせるのが惜しいなあ……」



 そう口にすると、赤く光る少女は人差し指を突き出す奇妙な構えを取った。



「あんたは強かった。だからアタシは本気を出すと約束した……たとえ一方的でも約束は守る主義でさ、だから全力を出し切る。最後にこいつを受け取ってくれッ!!」


「き、貴様何をする気だ!?」


「なーに、いわゆる”必殺技”ってやつだよ」


「必殺……ちょっと待て!殺されるのか私はっ!!?」



 焦る青髪の少女を他所に、赤く光る少女は必殺技を発動する。


 突き出した人差し指から滲み出る赤い波動で、空中に大きく”ハート♡マーク”を描く。

 その宙に浮かぶ印の中心に向かって、全エネルギーを凝縮させた拳を思い切り突き付けた。




「刻め、漢女魂おとめごころ!!必殺の奥義ッ!!!”罵恋打陰血汚零糖バレンタインチョコレート”ッ!!!!」




 強大なエネルギーを凝縮した巨大なハートマークが、青髪の少女をその光の中へと誘っていった。


 やがて辺りに光が拡散し、荒野に大爆発を起こした。




 >>



「クソったれめ……私の負けだ!煮るなり焼くなり好きにしろ!」



 両手両足を大きく広げ大の字で地べたに寝そべる青髪の少女を前に、女子力を封印し茶髪に戻った少女は呆れた表情で頭を掻いた。


 だが、しばらくして薄っすら笑みを浮かべると、青髪の少女に”ある物”を投げつけた。


 突然顔の近くへと放り投げられた小さな壺のようなものを、青髪の少女は咄嗟に掴んだ。



「おっととっ!?貴様一体何を……って、これは!!」



 手に握り締めたそれを見て、青髪の少女は驚きの表情を見せた。


 太陽に眩しく照らされたそれは、この荒野より遥か西、ニムバスの町にある甘々屋でしか手に入らない”極上プリン”だった。



「やるよ。こいつが欲しかったんだろ?」


「う、うん……じゃない!!貴様、これを巡って私達はさっきまで激しい戦いを行っていたというのに、何故今になって急に……」


「うーん……何となくだな。確かに、プリン食おうとしたら突然襲ってきた奴に、結局それを譲るのはどうかとアタシも思ったが……まあ、見たところ本当に腹が減ってたようだし、何よりあんたみたいな強い奴と戦えたのが嬉しかったからさ、そのお礼だ」


「……礼は言わんぞ」



 あげたプリンを握り締め、無愛想にムッとした表情を浮かべる青髪の少女に、茶髪の少女は再び呆れ顔でガクッとずっこけた。



「おいおい、旅人にとって貴重なスイーツを貰っておいてその態度かよ……そんな無愛想だとモテねーだろ?」


「ふん、今のこのご時世、モテるモテないの嫌味とは随分珍しいものだな。……貴様が勝手に渡してきたんだ、礼を言う筋合いはない」


「……まあ、いいや。ただ、いくら腹が減ってるからって、今度からは旅人から力尽くで食い物を奪おうとするのはやめときなよ。それ普通に強盗だから。……じゃ、アタシはこの辺で、あばよ〜」


「待て!」



 一通り話も済ませ、いざ茶髪の少女が旅の続きへと背を向けて歩き出した瞬間、背後から聞こえてきた青髪の少女の呼び止める声に、茶髪の少女は足を止めた。



「私はガーネットだ。旅人、貴様の名は何と言う?」



 青髪の少女、ガーネットの問いかけに、茶髪の少女はしばらく沈黙し、そして振り返って言った。



「……名乗る程じゃあねーよ。ただ、どうしても呼びたいってなら、アタシのことは”姉御”と呼びな!」



 そう言い残すと、自称姉御を名乗る少女は、軽く手を上げてガーネットに別れを告げると、果てのない荒野の中を歩いて行った。



「ふん、キザな奴め……礼は言わない、しかし、借りを作りっぱなしというのも、やはり私の性には合わないな……」



 そう姉御の背中を見ながら呟くと、ガーネットは壺の形の容器に入ったプリンを、まるで飲み物のようにゴクゴクと豪快に飲んだ。




 ーーーーーーーー



 世界総男女比率2:8となった超乙女社会



 そこは 花に囲まれたメルヘンな世界でも


 男達にとっての楽園でも断じてなかった



 女性による 戦いへの進出


 人類の超人的能力の開花から

 世の多くの者が力を求めた



 互いに拳を交え

 ただ強く ただがむじゃらに前へと進む



 世はまさに 戦いの時代


 たとえ 戦いが悲しみを生み

 悲しみが戦いを生むのだとしても


 漢女は 高みへと登り続ける



 その先で微笑むは 女神か 悪魔か



 彼女の運命を知る者は まだ 誰も存在しない



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