11話 初めての狩り

「狩り、ですか?」

 

「はい、狩りです」

  

 マルタンさんはにっこり笑いながら俺の肩を掴む。この人見かけによらず結構、力強いぞ? つかちょっと痛い。イタイイタイ。


 「さぁ行きましょう」


 マルタン氏、めっちゃニコニコ。やべぇちょっと暇つぶしにと思ったのが藪蛇っぽいぞこれ。肩はがっちり掴まれていて脱出が出来ない。ダイダラさ~ん、たすけてー。ああ、そんなにグイグイ押さないでくれ~


 「まずは弓を取りに行きましょう。この村にも私の拠点がありますからね」


 ちょ、話が俺の知らない間に進みすぎてんよっ! どなどなされるぅ~っ!!!



 はい、無事? どなどなされてマルタン氏の拠点と称されているさまざまなものがとても猟奇的な解体現場に来ております。


 「なかなか立派な拠点でしょう? ここいらで流通している上質な肉はだいたい私が仕留めた獲物ですからね。お陰様で作業場の拡張に歯止めが利きません。はっはっは」


 壁には大小様々な刃物や鈍器が、床には磨きはしているみたいだが消えることが無さそうな血痕の痕。天井からつり下がっている肉は両手の指の数では数えきれない。どーみても拷問部屋にしか見えません。本当にありがとうございますっ!

 

 「さて、拠点自慢はこの辺にして、私の弓コレクションを見てもらいましょうか。そして狩りで使いたい弓を選んで下さい」


 行きましょう行きましょう。この猟奇的解体現場から離れられるならば何処でもいいですっ! 是非弓を見に行きましょうっ!!


 さすがのマルタンさんも解体作業部屋で休むような人ではなかったらしい。少し離れてた部屋に案内された。


 そこには数々の弓が保管されていた。綺麗な彫刻が施された弓は勿論。何かの骨のようなもので作られた弓。さらには滑車が搭載されている弓などファンタジーの弓から転生前のゲームとかで使われていたような滑車弓、コンパウンドボウっていうんだっけ? のようなモノまで飾られていた。石弩なんか目じゃねぇ。


 「あーその滑車式機械弓が気になりますか?」


 「あ、はい」


 「やはりダイダラさんの息子さんですね。新技術に目がないとは。しかしその弓は使えませんよ」

 

 俺とダイダラさんって全然似てないと思うんだが


 「えっとどうゆう意味ですか?」


 「その滑車式機械弓は滑車の力を応用したら軽い力で強い弓が引けるんじゃないかという趣旨で制作されたのですが、どうもハンドル部分が滑車の力に負けてしまうようでして何回か引いたらハンドル部分が折れてしまうのです」


 「はーそうなのですか」


 確かコンパウンドボウもかなり最近発明された弓だったはず。概念はかなり昔からあったんだろうけど素材がなかったから作れなかったんだな。あの有名なレールガンみたいに。多分だけど……


 「技術的に興味があるのでしたらやはりこれでしょう。今の私のお気に入りでもあります」


 そう言って持ってきてくれたのはやはりというかクロスボウだった。


 「私が生まれた時からあったのですが巻き上げ機という部品で弦を引いて固定していた弩から進歩してこの先端部分の輪っかに足を入れて両手で弦を固定するフーランクボウという新しい弓です。ダイダラさんに矢の依頼を出していたのもこの弓を使う為でして―――」


 よっぽど好きなのか聞いてもいない説明まで始めていた。


 「―――となります。弓とは訓練しなければ前に飛ばすことも難しい武器ですのでやはり最初はこのフーランクボウがいいと思いますがファイス君がどう思いますか?」


 「あ、はいじゃあそのクロスボウでお願いします」


 「? なんでクロスボウと?」

 

 あ、やべやっちまった


 「ああ、その弓は弓の部分と発射台部分で十字に見えたんでとっさにクロスボウって言っちゃいました」


 「……おおっ! 確かにっ! 流石ダイダラさんの息子さんっ! ネーミングセンスも抜群ですねっ! 私もこれからはクロスボウと言いましょう」


 なんとか誤魔化せた……か?


 「ではファイス君もこのクロスボウを持って裏の山に入りましょうか」


 やっぱり狩りのことは忘れてくれないのね……


 山に立ち入ってからマルタンさんの様子が一変した。まず目が開いた。そしてまっすぐ背を伸ばして歩いていたのが猫背で全く足音が立たなくなった。これが狩人としてのマルタンさんか…… なんかサバゲーしてた時に時々いた自衛官の人らみたいな動きだった。できる限り真似してみよう。俺自身は背が低いから背中を丸めて歩いたりはしなかったが、移動時には落ち葉や小枝など踏まないようにつま先で地面を探ししっかりと踵で土を踏みしめた。慣れない動きだったので多少の音は出てしまったが転んでしまうような失態は犯さなかった。


 マルタンさんは時々オドを使い、自分らの周りのにおいを散らしたり、遠くのにおいを運んでくると言ったよく分からない行動をしていた。


 「その魔力顕現ってどんな意味があるんですか?」


 「そうですね。私たちのにおいを散らして凶暴な獣に位置を悟られないようにするっと言った意味もありますが、基本的には獲物に察知されないようにと、どの辺に位置に獲物がいるかの把握です。もうすぐ獲物がいるポイントに着きますよ」


 俺に講釈垂れる時には糸目で背筋をピンと伸ばすマルタンさん。やはり狩人としてのオンオフスイッチってのがあるんだろうな。


 「ここで伏せ」


 「へ? ヘブゥ!」


 マルタンさんに思いっきり頭、掴まれて地面とキスを強制されました。ダイダラさんのお胸が恋しいです。


 「このポイントから二匹の鹿が狙えます。稜線から頭が出すぎないように覗いてみてください」


 頭の上にマルタンさんのマントを被せられ、そろそろと稜線から頭を出す。

 眼下に見えたのは前に鋭く尖った角を持つ鹿だった。うん。鹿なんだけど、なんか俺の知ってる鹿じゃねぇっ! 鹿の角、なんか銛みたいになってるんだがっ! 鹿って臆病な生き物なんでしょう? あいつどう見ても殺す気満々の武装していらっしゃるんですがっ!

 

 「あ、あの鹿って魔物って言われるやつなんですか?」


 「魔物? あれはふつーの鹿ですよ? サイズも小さめですし」


 マジか。あれ小さいのか。つかふつーですか。そうですか。流石異世界、予想外。


 【風よ、我に力を】


 マルタンさんはクロスボウの銃口? を鹿に向けたまま弦を片手で引き、ボルトをセットした。俺も真似して右手に焔を纏って燃えないように注意しながら弦を引く。

 

 「ほぅ、身体強化ももう出来るんですか。ならば初矢は任せましょう」


 簡単に言ってくれる。クロスボウって銃と違い、リアサイト照門フロントサイト照星が無いから狙い方とかわかんねーよ。


 「えっと直接照準で当たります?」


 「? と言うと?」


 「あ~この距離からまっすぐ鹿に当たりますか? それとも少し弧を描いて鹿に当たりますか?」


 「ならば真っすぐ鹿に当たる距離ですよ」


 ならば矢先を鹿の前足付け根部分を狙って……トリガーを引き絞った。


 結果から言うとボルトは鹿の腹部分に突き刺さった。後ろ足を跳ね上げ、駈け出そうとした瞬間にマルタンさんが立ち上がり、一息でボルトを発射、鹿の頭を撃ち砕いた。もう一匹いた鹿は慌てて駈け出して森へと消えていった。


 



 「初めてで鹿に当てれるのは凄いことですよファイス君。貴方は射撃の才能があるのですね」


 マルタンさんと俺は仕留めた鹿の首を切り、後ろ足をロープで結んで近くにあった木に吊り下げた。血がドバドバと流れ出て行くのをボンヤリと眺めていた俺にマルタンさんがそう言ってくれた。


 「でもお腹に当てちゃって、この鹿、痛かっただろうなって」


 「そうですね。腹に当ててしまったのは不味かったですね。内臓を傷つけてしまうと肉も不味くなってしまいます。なので狩人は一発で仕留めます。鹿も痛みを感じずに死ねて、私たち狩人は肉や皮などの恵みを高く売ることができますからね」

 

 別に命を頂くことに強い嫌悪感がある訳じゃないけれど、やっぱ自分の手で生き物を殺すってのは抵抗あるな。


 「ファイス君のボルト、運よく内臓を外してましたね。これならばレバー食べられますよ」


 マルタンさんが魔道具を使い、落ち葉で焚き火を起こして小さなフライパンで小さくスライスしたレバーを焼き始める。


 俺、明弘だった時もレバーって駄目だったんだよな。血の匂いで


 「さあ、狩人だけの御馳走ですよ」


 差し出されたレバーは食べない訳にはいかない。食べたくないけど……

 半ナマレバーちょーうまい。えっ? なにこれ? ツルンとしてなんだかとても濃厚。臭みもほとんど感じないし、これって異世界だから? それともちゃんとしたレバー食ったことなかったのか? やっべぇこれマジハマるわー。なんかすっげぇ馬鹿っぽいけどちょーうまいわー。これは馬のレバーも食べなければっ!

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