第8話 覗きは犯罪ですよ

「おい、どこに行こうとしている」

「しかし、このままでは!」

「俺達に何ができる?助け出してその後をお前はどうするつもりだ」


 勇気ある一人の若者が美しき令嬢と子供達が消えて行った浴場へ足を踏み込もうとしている。

 こう書くとなにやら如何わしい響きである。

 しかし、若者は決して如何わしい行為をしようとしている訳ではない。


「このままでは次にやらされるのは死体処理だぞ」

「そうかもしれん。だが、あそこで腐っていくよりも一思いにここで終わったほうが幸せかも分からん…」


 それは誰もが思っていたことだった。

 あそこへ置いていかれ、助かる見込みはあるのはよほどの幸運に恵まれたものだけだ。

 場になじめない奴は1週間で屍になる。


 なんの為に生きているのか。それならばいっそのこと終わらせてやった方がいいのではないか。

 ここに居る者達だってそう思ったことは何度もあった。


 腐った体で這いずっていた少女が救いの目を向けてきた時、思わず腰の剣に手を掛けた。

 両手はすでに血で汚れて取り返しのつかないとこまで来ている。

 そんなならず者でも…できなかった。

 結局あの少女は、死が訪れるまで長い間苦しんだに違いない。


「代わりにあのお貴族様がやってくれるんだ。感謝しとけばいいんだよ」


 そう言いながらも子供達が入って行った浴場を睨みつけている。

 かわいそうだと思うのなら最後まで面倒を見てやれ。

 面倒が見られないならエサを与えるな。

 まるで捨てられた犬猫のようだ。この世界では力の無い者は畜生にも劣る。


「だからといって遊びで人殺しをしていい訳じゃない」

「お貴族様はどいつもどっか狂ってるからな。まあ、人殺しで日銭を稼ぐ俺達が言えた義理じゃねえか」


 その瞬間子供達の悲鳴が上がる。

 若者は我知らず駆け出していた。


「駄目だ!ギルドの洗礼を受けたいのか!」

「お前だけじゃねえ!俺達までとばっちりが来るんだぞ!」


 だが、周りの奴に抑え込まれる。


「あっ、バカヤロウ!」


 その若者だっていっぱしの暗殺者だ、そうそう抑え込まれ続けれはしない。

 器用に仲間達をかいくぐり浴場へ駆け込む。そこでは…


「あら、覗きですか?しかもどうどうと」

「え、あ、え、ええ!」


 ぐっしょりと濡れ下着が透けて見える令嬢と、それを取り巻くようにはしゃぎながら掃除をしている子供達だった。


「な、なんだこれは…虹色の空間…?」

「おい、やべえんじゃねえか。貴族の下着姿なんて…」

「まあ、いいですわ。私は服を乾かしてきますのであなた達に後の掃除はお任せしますわ」


 令嬢は体を隠すこと無く堂々とした風体で子供達の衣服を集め始める。

 そしてそのまま浴場を出て行ってしまった。


「どういう事なんだ?」

「見て見て泡がいっぱいなんだよ!」


 入って行った時とは違う、はちきれんばかりに笑顔の子供たちに動揺する冒険者達。

 そこへ執事風の老人がモップを押し付けてくる。


「何を呆けているのですか、貴方達も早く働いてください」

「お、おう…」


 まるで狐に包まれたかのような顔で浴場を掃除しだす冒険者達であった。


◇◆◇◆◇◆◇◆


「随分豪勢な食事だな」

「疲れたぜ、運び込むのにほんと苦労した」

「昨日は死体、今日は料理、俺たちゃ運び屋じゃねえぜまったく」


 ほんとにな。まあ、暗殺するより報酬がいいんだから文句を言ったらバチが当たるか。

 ブツブツ愚痴を言いながら、料理を運び込む冒険者達。


「でもこんな仕事でアレだけくれんなら転職してもいいぜ」


 仲間の一人が肩を竦めながらそう言う。

 まったくお貴族様の考えることはワカラねえ。人一人殺すのにはした金しかよこさねえ奴がいるかと思えば、荷物の運搬だけで大金くれる奴もいる。


「これだけ豪勢な料理、残飯でも欲しいもんだ」

「食うのはたった一人。どうせちょびっとだけ食べたら後は捨てんだろ。残飯の運搬の時にでもくすねさせてもらうか」

「そうだな」


 食べるのはあの令嬢一人だろう。

 平民はその日、一枚のパンで過ごすときがある。

 にも係わらず、貴族の中には到底食べ切れない量の料理を運ばせ、少しずつ口にしただけで後は捨てると言う。

 とにかくテーブルに隙間を作るのが駄目ならしい。

 特に屋敷を買ったばかりだ、見得があるのだろう。


「あら準備ができているようですわね」


 そこへ令嬢と子供達が入ってくる。

 子供達がやけに小奇麗になっているように見える。


「ほらみなさん、この料理を準備してくれたのはこの方達ですよ。お礼を言いなさい」

「え、え、あ、ありが・」

「声は大きくはっきりと!はい、ありがとうございます!」

「「ありがとうございます!」」


 令嬢が俺たちに頭を下げると慌てて子供達もお礼の言葉と同時に頭を下げる。


「はい、良く出来ました。それでは席に着きなさい」

「「は、はい!」」」


 なんだ?今いったい何が起こった!?えっ、俺たち今、令嬢にお礼を言われたのか?

 貴族が平民に頭を下げる!?バカな、俺は夢でも見ているのか?


「なにをボーッと突っ立ってますの?あなた達も席に着きなさい」


 唖然としている俺達にそう言ってくる。

 えっ、これ俺達も食べていいのか?


「お、おい、これなんだよ、お前らなにやらかして頭なんて下げられてんだよ」


 令嬢の付き添い組みの奴らが運搬組みの者達に問いかけてくる。


「し、しらねえよ、俺たちゃこの料理を運んだだけだ」

「それだけでか…これはきっと頭のねじがおかしい奴かもしれねえ」


 そ、そうか、貴族の連中の中には気がふれてるのも多いと聞く。きっとそういった類かもしれない。


「それでは手を合わせて、いただきます」

「「い、いただきます」」


 令嬢はそう言うと料理を口へ運ぶ。するとまるで花が咲いたかのように微笑む。


「意外と異世界の料理っておいしいですね。これは料理チートは無理そうね」


 おいしそうに食べている令嬢を見て俺達は一斉に唾を飲み込んでいた。


「ん?なぜ手をつけないのです?嫌いな物でも入っていました?」


 ふと、そんな俺達を見てそう言ってくる。


「あの、あの、たべていいんです?」


 子供達の一人が問いかける。


「そのための『いただきます』でしょ?ん、こっちじゃ意味が違うのかな?」


 令嬢は俺達を見回り、ちょっと悪戯な笑顔を向ける。


「ご自由にお食べなさい、ほら、早い者勝ちですよ?」


 その瞬間爆発したかのように子供達が料理に群がる。

 あっ、てめえ、俺の目の前の取っていったな。群がって来たのは子供達だけでなく冒険者の仲間達まで。

 皆急いで料理に食いついていくのであった。

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