第7話 実験開始

「おい、なかなか出てこないな…」

「不味いんじゃねえか。護衛の俺達が護衛対象をほったらかしってのは」

「おい、お前見て来いよ」

「お前が行けよ」


 入り口では冒険者連中が未だ揉めている。意気地のない奴らだ。


「そろそろ皆さんもお入り下さらないと。掃除もして頂きませんとね」


 玄関から出て声を掛けると冒険者どもは驚きの表情で少女を凝視する。


「ご、ご無事でなによりです」

「中には何も出なかったのですか?」


 冒険者が幽霊を恐れてどうするよ?


「ええ、出ましたわよ。ついでなのでその幽霊に執事をしてもらう事にしましたわ」


 そう言って口元を扇で隠して目だけで笑う少女。

 その少女の背後から執事服をビシッと着こなした老人が現れる。

 冒険者と子供達は声にならない悲鳴を上げて後ずさる。


「ここの奴らはみんな信心深いのか?ちょっとした冗談じゃないか」

(はぁ、今のあんたを見て冗談だと思える奴がいたらこっちが驚くわ。あと冗談じゃないからね)

「お前、だんだん口が悪くなってきているぞ」

(誰のせいですか!)


 少女は冒険者達に屋敷内の掃除を命じ、子供達を血洗い場と呼ばれている大浴場へ連れて行く。


「お兄ちゃん…」

「大丈夫だよ、きっとこの人は僕達を天国に連れて行ってくれるんだ」


(ねえ、なんかいたたまれないんだけど)


 フェイリースはひたすら子供達の合間を飛び回り心配そうな顔をする。

 こないだまで、平民?それって奴隷だよね?って言ってた奴とは思えない変貌ぶりだ。


「さて、ここから先は子供達だけで、あなた達はここで待っていて下さい」


 冒険者達にそう指示する。

 と、意を決したように一人の冒険者が前に出てくる。


「ここで一体何をするつもりですか?」


 少女はゆっくりと口元を隠していた扇を下ろす。

 そしてにっこりと嗤って、


「魔法の実験を致しますの」


 そう答えるのだった。


(ねえ、何でこの子達は抵抗しないの?)


 浴場の中には服を脱いだ子供達がへたり込んで泣き続けている。

 ガチガチと震えながら手を合わせている子もいる。


「抵抗する気概がある奴はあんなとこにはいねえよ」


 少女が聞いたゴミ捨て場の惨状。

 毎日朝起きれば誰かが死んでいる。

 そして避妊の技術の少ないこの街では同じ数だけ捨てられていく。

 ただ絶望しかない、街のはずれのゴミ捨て場。そこにあるゴミを漁って生きている子供達。

 そんな中で何を抵抗しようという気が起きるのか。

 明日死んでいるのは自分かもしれない。ただいつか訪れるその瞬間をずるずると待ち続けて、心はとっくに麻痺している。


 年長者の中にはこうして終わりが来る事をホッとした表情で迎えている子もいる。

 ただ気まぐれでほんの少しの命を永らえさせてくれる存在よりも、終わりを決めてくれる、そんな存在を待っていたのかも知れない。


(あなたはいったいこんな子達を集めて何をしようと…)

「魔法の練習でもしようかなと」


 少女はフェイリースの記憶を頼りに魔法の呪文を唱える。

 すると目の前に大きな水の塊が出来る。


「おお、出来た、出来た」


(ウォーターボールは意外に危険ですのよ。魔法で作られた水の固まりはへたするとそこらの大石より硬いのですから)


 心配そうな顔でそう説明してくる。

 俺はそれをゆっくりと天井付近に近づける。

 まずはぶっつけ本番だし、温度は低めで…


『ファイアーボール』


 炎の塊をぶつける。バンッ!という音と共に天井の水の塊は四散する。

 子供達の悲鳴が浴場に鳴り響く。


「湯加減はどうかしら?」


 恐る恐る目を見開く子供達。

 身体をペタペタと触って無事を確かめている。

 全身は先ほどの四散した温水をかぶって濡れている。


「どうかしらと聞いてるのですけど」

「あ…え…湯加減?」


 驚く子供達は目を丸くしてこっちを見てくる。


「ええ、熱かった?」

「いえ、そんな事無いです」

「そう、ならいいわ。レイズ、道具はどこに?」


 隣に居る執事に問いかける。レイスだけにレイズという名をつけた。

 執事はどこからともなくブラシを持ち出してくる。


「あなた達の初仕事よ、この浴場を磨きなさい」


 そして子供達へ手渡す。


「おしごと…?」

「そうよ、今日から私はあなた達の雇用主。言うことを聞いているかぎり悪いようにはしませんわ」


 子供達はのろのろと手を動かせ始める。

 少女はさらに魔法を唱えた。浴場一面に霧のような水滴を浮かせる。

 そしてあちこちへ照明魔法のライトを飛ばす。

 ライトを受けた水滴は一面に虹を作り出す。


(うわぁ…綺麗…)


 フェイリースと子供達は口をぽかんとあけてそれを見やる。隣のゴースト執事まで。

 少女はゆっくりと扇を口元から下げ、柔らかな笑顔を子供達へ向ける。


「さあ、虹が消えるまでに終わらしますよ」


 そう言ってブラシを持って子供達の方へ向かって行くのであった。

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