第5話 幽霊だって、怖いものは怖いのよ!

 外には縄で繋がれた子供達。

 目の前には悪魔のように見える無邪気な少女。

 店主は追い詰められていた。


「あら、こことっても良さそうね」


 少女がとある物件を指さす。


「ここは…少しばかり曰くつきの物件でして…」


 少女が指差した物件、そこは…かつて悪逆のかぎりを尽くし、平民を数百人使い潰したと言われている、悪魔の屋敷であった。


「ここは実は人間に扮した魔族が住んでいまして…中は広大ですが、どんな呪いが掛かっているか…」

「でもこの浴場、広くて良さそうですわね。10人以上入れるのじゃありません?」

「そこは…浴場ではなく血洗い場と言われていまして…」


 少女は顔の下半分を隠していた扇を下げ、


「あら、ちょうどいいじゃないですか。子供達の血を洗うのに」


 そう言って嗤った。

 店主の背筋に冷たい汗が流れる。

 いったいこの少女は外に居る子供達をどうしようというのか。

 いや、考えてはならない。

 貴族の行動にこんな小さな不動産が口を挟むべきではない。


「あなた…」

「分かっている、分かってはいるんだ…」


 なんとか断れないか必死で考える店主。


「す、住まわれるのはお1人でしょうか?」

「ええ、その予定ですわ」


 外の子供たちはどうするんだよ!思わず叫びそうになる店主。


「ひ、1人にしては随分広すぎるのではないでしょうか」

「問題ないですわ、いろいろ実験もしてみたいですし」


 実験!まさか外にいる子供達を使って…


「それに料金もお安いですしね」


 くっ、誰も買うはずないと、普通の値段をつけていたのが裏目に出たか!?

 万が一ここで外の子供達を処分するとしたら…私たちも共犯と同じ事ですよ。と、隣の妻が店主に囁く。

 そんなこたぁ分かっているんだよ!といった目で答える店主。


「店主、さっそく今日からここに住もうと思うのですが」


 少女にそう言われても店主はなんとか引き伸ばそうと必死だ。

 館の悪い噂を次々と暴露し、なんとか考えなおさせようとしている。

 相手はいくら悪魔に見えようが年端もいかない少女、さんざん脅せばきっと諦めてくれるはず。

 その思いは少女の一部には大層効果はあったようだが…


(ね、ねえ、止めようよ、そんなお化け屋敷なんて買って万が一出たらどうしますの?)

「ハハッ、お化けがお化けを怖がってどうするよ?」

(幽霊だって、怖いものは怖いのよ!)


 そんな怖い話をしても楽しそうに上を見上げる少女に怖気が走る店主。

 こっ、この子は壊れている…も、もう駄目だ。


「ふう、埒が明きませんわね…」


 そう言うとグルッと店内を見渡す少女。


「この店って場所がいいですわね。どれくらいで買えそうですか?」

「ハイッ、悪魔の館ですね!売りますっ、すぐに売ります、これが契約書です!」


◆◇◆◇


◇◆◇◆◇◆◇◆


「ここが悪魔の館…ねえ」

(ちょっ、ちょっとほんとに買っちゃったの?今からでもクーリングオフしません!?)


 街の西の隅、扇状になっている町の丁度隅っこに位置する場所にそれはあった。

 広大な庭には人の背丈並みの雑草が生い茂り、遠くに見える館は黒くぼやけているようにも見える。

 門をくぐり館に近づくにつれ、その異様さが際立ってくる。


 壁にはびっしりと蔦が這い、一面にシミのような後がある。

 入り口に垂れ下がる蔦はまるで人が吊り下げられてるようにも見える。


「おい、くっ付くなよ、なんかお前に触れられているとひやっこいんだよ」

(ひやっこくで悪かったわね!どうせ私は冷血女よっ!)


 いや、冷血女どころか、お前、血が流れて無いだろ?

 などと突っ込もうかどうか迷いながら館をゆっくりと見て歩く少女。


「これは、ここで肝試しでもすれば大層流行りそうだな」

(帰りましょ。こんなとこ来るべきではないですわ。キャッ!なんか部屋に人影が!)

「ハッ、だから、幽霊が幽霊を怖がってどうするんだよ?」

(キーッ!幽霊言うなっ!)


 少女はそんなフェイリースを無視して玄関に入る。

 あちこち見てまわるが、人の出入りしている跡形はない。

 外の奴らは誰一人として入って来ようとしない。冒険者のくせに度胸のないやつらだ。


「おい、本当に一人で入って行ったぞ」

「あれは多分、気狂いって奴じゃねえか」

「そう言えばここの前の持ち主も…」


 外で人の悪口を言っている。


(ああ…私の印象がどんどん悪くなっている…)

「今更だろ?」

(ムッキー!)


 そんなにスカスカしても痛くも痒くもないぞ。

 少女はひたすらポコポコ殴って来ているフェイリースを引き連れて屋敷のあちこちを見て回る。

 人が手入れをしていないにしてはまだまだ使えそうな感じだ。

 あまり修繕をしなくても大丈夫か。後で冒険者たちに家具を買って来てもらわないとな。


「だからくっつくなって言ってるだろ。ほんと肌寒いだよ」

(あんた最低ですわ!乙女の心をどんだけえぐれば気が済みますの!?)


 ブツブツ文句を言いながらも離れようとしないフェイリース。

 これが生身の女の子だったら良かったのだが、霊魂では温もりどころか冷気を感じる。

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