第2話 どうせ死ぬならその体、オレにくれないか?
強い風が辺りを支配している。
城の様な豪華な作りをした建物の屋根の上。
そこには今にも吹き飛ばされようかという一人の少女が、屋上から伸びた旗立の支柱にしがみついている。
(この手を離せば……全てが終わるのね……)
あの女が憎かった。
私と王子の間に入ってきて全てを奪って行くあの女が憎かった。
憎くて、憎くて、思わず手を出してしまった。
王子が間に入らなければ、私はあの女の首を落としていただろう。
私は悪くない!全部あの女が悪いのっ!平民の一人や二人、殺したところでどうって事ないのに!
「これは反逆罪だぞフェイリース!この僕に向かって魔法を仕掛けてきたのだからな!」
「違います!私はその女に向かって…平民が偉そうな口を叩いた報いよ!」
「いいや、君は僕に向かって魔法を撃った、そうだろう皆?」
王子が周りを見渡す。
ゴクリと喉を鳴らした貴族達が恐る恐る首を縦に振る。
そんなっ!?
私は背後の取り巻き達を振り返る。
しかし、誰一人として顔を上げようとしない。
「君との約束は今日を持って解消する。そしてこの行為は父上に報告する、追って沙汰があるまで、フェイリース、君は自室で謹慎だ!」
周りからクスクスと笑い声が聞こえる。
これでフェイリース様も終りね。
ああ、これからあの高笑いを聞かずに済むんだ、精々したよ。
そんな風な心無い言葉が辺りを支配する。
ふと見るとさっきまで私の取り巻きをしていた子が平民の女を助け起こしている。
貴方達…!?
「私達はイヤイヤ従っていたのよ」
「そうよ、今までの行いは全てフェイリースの命令だったの」
自分達は悪くない、全部私の所為だと、そう言っている。
思わず頭に来たフェイリースは手を掲げ魔法を唱える。
「キャッ!?」
「フェ、フェイリース様…!?」
「そうよ、皆死ねばいいのよっ!」
錯乱したかフェイリース!こんな所でそんな強力な魔法を唱えるなどと!
まずいぞ!ここら一帯吹き飛ぶぞっ!
そう叫びながら逃げ惑う人々。
だが、フェイリースの魔法が発動する事はなかった。
王子の護衛によって取り押さえられるフェイリース。
「これはもう良い訳は出来ないぞ!良くて追放、悪くて死罪だ!」
そう叫ぶ王子の顔はもう見えない。
涙によって視界が塞がれていく。
(殺されるぐらいなら、自分で死を選びますわ!)
そう思い屋上に出たフェイリース。
どうせなら一番高い所から落ちてやる、と屋根を這い昇る。
「ハアッ、ハァッ……何も見えないわね…どうせなら昼間に堕ちてやればよかったわ」
今は夜中、日は落ち、辺りは闇に包まれている。
目を凝らしても美しい風景はどこにも見当たらない。
私にふさわしい最後かも知れない。何も見られない、どこへ行けばいいか分からない、そんな行き止まりの世界。
少女は捕まっていた支柱から手を離し大きく広げる。
「さあ風よ!私を攫って行きなさい!」
少女の身体がフワリと浮き上がる。
そしてそれは重力に従って地面へと向かって行く。
「自分から死ぬとは勿体無い奴だ。まあ人の事は言えないがな」
その途中、ふと少女の耳に男性の声が聞こえる。
ギュッと瞑っていた目を恐る恐る空ける少女。
地面はすぐ目の前にあった。
すぐ目の前にはあるのに、なぜかそのすぐがなかなかやってこない。
「なあ、どうせ死ぬならその体、俺にくれないか?」
「えっ?」
横を見ると、そこには小さな今にも消えそうな光の珠が浮かんでいる。
声は――――どうやらそこから聞こえているようだった。
光の塊は言う。この世界の人々を幸せに導かなければならないと。
その為に、体を欲している。
もし自分に体を差し出すなら、少女の周りを幸せで溢れさせてやろうと。
「こんな状況で他人の幸せなんてどうでもいいわ」
「しかしこのまま激突するとひどい見た目になるぞ、せっかくの可愛い顔が台無しだ。美少女は世界の宝だというのに」
「なに、ナンパ?アハハ、死ぬ間際にナンパされるなんて思いませんでしたわ」
いいわ、自由にすれば。
欲しいのならくれて上げる。
どうせもう私には価値の無いものだから。
「私の世界の最後に、私を必要としてくれるモノが現れるなんて…皮肉なものね」
「必要とされたかったのか…?」
「誰かに、愛する人に、私は必要とされたかった、私じゃないと駄目だって、そう思われたかったの…」
じゃあお前はオレがこの世界で最初に幸福にした奴になるな。
膨張する光に包まれながら少女はそう聞いた、気がするのだった。
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