地獄行きを回避する為に、異世界人に取り憑く事になった
ぬこぬっくぬこ
第1話 死後の世界
「被告人を死刑に処する」
裁判所に裁判長の声が上がる。
次の瞬間傍聴席から歓声のような声が響く。
おいおい、まだ理由の説明が残っているだろ?終わっても無いのに騒ぐなよ。
と、被告である男が苦笑する。
「なぜ、何も弁解しないのですか…」
最後まで必死に被告を弁護していた弁護士が問いかけてくる。
あんたも災難だな、こんな結末が決まっている裁判の弁護士をする事になるなんてな。
そんな事を思いながら男は比較的大きめな声で答えた。
「その必要が無いからだよ」
「え?」
「オレはもう十分に生きた。好きなことをやって、好きな風に生きて、そして最後は痛みも苦しみもなく逝ける。最高だな日本!」
特に傍聴席の人間によく聞こえるように。
これが最後の復讐だ。だからこそこの場を設けた。関係者が一斉に集るこの時をな!
「いやあ、楽しかったぜ、最後にあんたらの顔も拝めたことだし。あっ、残りの金は全部燃やしたから探しても無駄だぜ」
そう言って男は時計を見やる。
「おっと時間だ。何のかって顔をしているな?ハハハ、時限爆弾をセットさせて貰っていた」
そう、時が来ればオレが集めた全ての情報がネットに流れるように。
次の瞬間、傍聴席の人々のスマホが鳴り響く。
ハハハ、こりゃ楽しい見世物だな!ホラホラ、こんなとこで居る場合じゃないだろ?
「さてと楽しい時間は終了した、死刑囚の堀の中までは手は出せねえだろうてなぁ!」
柵を乗り越えて男に殴りかかろうとして来る傍聴人達。
だが、辿り着く前に警備員に押さえ付けられる。
男は奴らを見下ろして言う。
「ハッ、この状況、どっちが犯罪者か分からねえな。まあせいぜい頑張って生きろや。いやぁ、言うこと言ったらすっきりしたな。オレは死刑囚だ、これから先もう会うこともないだろう」
クックックと笑いその場を後にする。背後からの怒号を気持ちよく聞き流しながら。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやあ、やってくれたねえ」
どこからともなく声が聞こえる。
何も無い真っ白な空間、そこに横たわっていた男がその声に気づき目を開けゆっくりと身体を起こす。
(ん、ここは…?オレは確か絞首台で…もしかして死にきれなかったのか?)
「いいや、君はちゃーんと死んだよ。ここは死後の世界、地獄の一丁目さ」
後方から声が聞こえる。
振り返った男が見た物は…
「オレ…?」
そこには男と同じ姿をした人物が立って居たのだった。
その人物は男を見て口をニィッと歪ませ嗤う。
「地獄はどうやって出来るか知っているかい?」
そんなの知っている訳がない。
「天国も地獄も作ったのは人の心。多くの人が望み、そうであると信じた妄想」
歌うように喋る。
「だから人にしか地獄は存在しない。ここは人の心が作り出した妄想空間」
手を広げて舞うように狂い踊る。
「君を、地獄へ、苦しみの世界へと願った者達が作り出した果て無き亜空間」
そしてピタリと動きを止める。
「無間地獄、君の行く先だよ」
空間にひびが入る。
そこから深く暗い闇が覗く。
「君はこれから多くの生を体験する。だがその生では決して幸福は訪れない。君と君の回りには常に不幸が取り巻いている」
男はその時体験した。
生れ落ち、その場で殺される瞬間を。
周囲に避けずまれ、孤独に耐え切れず自殺する瞬間を。
本人だけはなく、家族全員が悪魔に捕食された瞬間を。
それは実際に起きたことではない、だが分かる、これからそれが起こりえるのだと。
男は脂汗を流しながら地面に膝をつく。
「後悔しているかい?犯した罪を反省しているかい?君に懺悔の心があるのなら…多少は融通を利かせてもいいのだよ」
醜く嗤った顔で『オレ』が問いかけてくる。
そんな『オレ』に対し、男も嗤う。壊れた笑い声で。
「後悔しいてる。反省もしいてる。だから融通を利かせてくれ」
そう言って嗤う。
後悔なんて山ほどした、反省なんて数え切れない。だからオレはそういう人生を歩んだのだ。
そいつは一瞬真顔に戻る。次の瞬間、顔を男の目の前に近づけて来た。
「いいねえ、いいよ。融通を利かせてあげようじゃないか」
パッと離れて手を叩く。
すると男の周りにいくつもの光の珠が現れる。
「その光、ひとつひとつが世界となっている。好きな世界を選びたまえ、そこで君は…君が不幸にした以上の人を幸福に導かなければならない」
珠の中を覗く。
一つは現代社会。せわしなく交差点を歩く人々。
一つは古代世界。電気も銃もなく剣と魔法の世界。
一つは未来世界。機械に支配された管理社会。
そこには様々な世界が色とりどりの珠に入っていた。
「この世界の住人に生まれ変わるのか?」
「違うよ、君は魂だけが世界へ送り出される。背後霊よろしく導いていけばいい。肉体が欲しいのなら…死人にでも憑依すればいいんじゃないかな」
「ハッ、悪霊かよ」
「君が幸福にした人の数に応じて罪を免除してあげよう」
具体的な数は出さない、まるで詐欺師だ。
いいじゃないか、その詐欺、ひっかかってやろう。どうせオレに選択肢はない。
男は一つの珠を手にとる。できるだけ混沌で、できるだけ不幸が溢れている世界を。
その瞬間、他の珠は消え失せ男が手にとった珠だけがそこに残り、それが大きく膨らみだす。
ふと前を見ると『オレ』が笑っている。それは……先ほどまでと違うなぜか穏やかな笑みであった。
「良い旅を。地獄は君を憎んだ者が生み出した世界。そして『オレ』は…あなたに救われた人達が願った想いで生み出された。君を助けたい、君を取り戻したい、と。この蜘蛛の糸を、大切にするといい」
まるで急速に風化するかのようにボロボロと姿が崩れてく『オレ』がそこにあった。
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