第11話 メランコリックロンド
密なる時を経た男女が幸せになるとは限らない
思いを重ね過ぎればそれも苦痛へと変わる
知り過ぎた過去は破滅への近道
いっそ体の関係だけなら こんなに悩むことはないのに
EASY11 『メランコリックロンド』
怒涛の夜もいつしか明けていた。
酸性雨を浴びたような気だるさが体中を蝕む。これは殴られた痛み。
心臓に針を埋め込まれたような激痛が走る。これは心を貫かれた痛み。
体の痛みは我慢できる。
だが心の痛みは、それを押さえ込む精神力が必要だ。
痛みひとつとっても、いろいろと種類があるものだ・・・
体の傷を治すには、自然に完治する治癒能力というものが人間に備わっている。
だがはたして、人は心の痛みに対しても、治癒能力を持ち合わせているのだろうか?
それを疑問に思いながらも、俺の体と心の痛みは現在も進行中だ。
全く。
それにしても何でこんなに次から次へとトラブルが浮上するのだろうか?
ケーコは、俺に執拗に結婚を迫り、遂にストーカーのような行動に出てしまった。
すでにあいつの精神はおかしくなってしまっているのだろう。
正常な行動は、なにひとつ行えなかった。だから俺は、ケーコの姉さんに相談し、あいつを一旦実家に戻らせようとした。ケーコは散々泣き喚き散らしたが、姉さんの言うことをなんとか聞き入れてくれたのだった。
全てがすっきり完結した訳ではないが、とりあえずは一歩解決に向かったようだ。
しかし、人というのは、女というのは怖い生き物だ。
ケーコは、おかしくなるまで追い詰められていたことを、自分自身で認識しているようだった。
それが分かっていても、自分の意思に反して、コントロール出来なくなるのだという。
それはまさに女の一念・・・いや、執念というものだろうか?
男と女は同じ人間という生き物なのに体のつくりが違う。
オッパイがあったり、性器の形が違ったりと様々だ。だけど、そんな違いなどたいした事ではない。
心こそが、男女の性別を決定づけるに違いないのだ。
それにしても。
この俺の一年間という同棲生活は何だったのだろうか?
何故、愛し合った男と女は、ひとつ屋根の下で過ごさねばならないのだろうか。
何故、愛が冷めた男と女も、ひとつ屋根の下で過ごさねばならなかったのだろうか。
その答えは今でもわからない。
終わってみれば全てが疑問であり、何ひとつ成長した実感などない。
だが、それが悔しいから、強引に成長したのだと自分に言い聞かせる。
今までに費やした、莫大な時間とエネルギーが、全くの無駄だと認めたくないのだから。
残されたのは虚しさのみ。これ以上、形容しようがない。
しかしまぁ・・・
とりあえずは、これで晴れて自由の身になった訳で、俺は自由に恋愛をする権利を獲得した訳だ。
でもしかし。俺がそれをするには、もうひとつの問題を解決しなければならない。
サユだ。
実際サユとはキスを数回した以外、進展はなかった。それにちゃんとしたデートもしたことがなかった。
まぁ、ケーコの厳しい監視下に置かれていたせいもあるが、お互いがハッキリと好きだと告白し、付き合おうと言った訳でもない。流れ的にはなんとなくであるが、男と女がキスをすれば、そこに恋愛が生まれるのが当然ではないだろうか?それも女の方からキスをしてきたとなれば尚更だ。
俺はその一点で、サユの俺に対する気持ちを確信したのだ。
これは間違いないだろう?
サユが俺の事を好きだから、俺にキスをしたのだろう?
それからもキスを何回かしたのも、サユと俺が愛し合った結果だろう?
それなのに。
それなのに、何故サユは、客とホテルに行ったのか。俺はそれが理解出来なかった。
ひょっとしたら、あの客とはただの友達で、冗談半分でホテルに入ってみただけかもしれない。
だってあの客は、カサンドラの常連で大切にしないといけない客だからだ。
それともあの客が、どこかの女とホテルに入って、それでサイフを盗まれてしまったから、困ってサユにホテル代を立て替えてもらったのかもしれない。男と女がホテルに入ったからと言って、必ず体の関係があったとは限らない。
だってサユは、俺の事が好きなんだろ?それだから俺にキスをしたんだろ?
俺だって、そんなサユが好きだから、ケーコと同棲をやめてサユと付き合うことを決めたのだぞ。
こうなってしまった俺の気持ちは、どうやって整理したら良いのかわからない。
怒ればいいのか、悲しめばいいのか。どっちも意味があるような意味がないような。
何でこんなにわかりづらい恋愛をしなければいけないのか。
もっと・・・こう、簡単というか単純明快に、好きだから付き合う、嫌いだから別れるとならないのだろうか?
シンプルという訳じゃないけど、男と女ってそうあるべきじゃないのか?
複雑なもつれがあれば、それが大人の恋だと勘違いしているヤツが多いだけじゃないのか?
俺は違うと思うよ。そんなの恋でもなければ愛でもないよ。そんなカッコつけの恋愛なんてしたくもないし、俺はもっと自由に好きと嫌いを分けたいんだよ。俺は問題だらけの苦しい恋なんかしたくないんだよ。
だからもうやめてくれ。俺を悩ませるのはやめてくれ。
もっともっと楽しくて華やかで、明るい笑顔だけで構成された明るい太陽の下で、キラキラ輝く恋愛を与えてくれ!もうこれ以上、深く考えさせるのはやめてくれ!頭がおかしくなってしまいそうだ!もうすでに、脳みその半分は、意味不明な感覚に汚染されてしまっている。振り払っても振り払っても消えないモヤのようだ。このままでは、恋愛を嫌ってしまうことになりそうだ。そればかりか、全ての女を憎んでしまいそうだ。
だからもうやめてくれ。これ以上、頭のおかしい連中と一緒にするのはやめてくれッ!
ただ普通に恋愛し、普通に女を愛したかっただけなんだ!
それなのに、何でこんな苦しい目に合わなければいけないんだ!
もっとラクに恋愛させてくれよぉ。もっとラクに生きさせてくれよぉ!
俺が何か悪い事でもしたってのか?え?どうなのよ?
それとも、今の世の中ってのは、こんなに恋愛するのが辛い世の中だってのか?え?どうなのよ?
苦しい、苦しい、苦しい。
もう考えるだけで、苦しくて胸がハクハクと切なくて、虚しくていっぱいになるんだ。
こんな気持ちは、これ以上、一秒も感じていたくないんだよ。俺はもっとスッキリしたいんだ。
だったらどうする?
昨晩ホテルから出てきたサユを、俺が目撃したことをサユは知らない。
それを電話で聞いてみるか?いや、今夜のバイトの時間になれば、いやでも顔を合わすだろう。その時まで待つべきかもしれない。焦って早く真相を聞こうとしても良いことはないさ。
その少しだけの時間の差で、何かが解決していくかもしれない。俺は、そんな確信のない考えに少しだけ期待していた。いや、すがっていたと言った方が正しいかもしれない。
そうだ。とりあえず、サユをデートに誘ってみよう。そして、その時にさりげなく聞けばいいのさ。
考えてみれば、サユとデートしたことはないから、まずは初心に戻ってそこから始めるべきなのだ。
いきなりキスから始まってしまったから、なにかおかしな関係になってしまったのだ。
だったら今から電話してみるか・・?いや、それは今夜直接会ってデートに誘えば良いだろう。
俺は焦る気持ちを抑え、今すぐサユに電話をかけるのはやめ、夜のバイトまで待つことにした。
トゥルルル・・・
携帯電話が鳴った。もしかしてサユかな?
「も、もしもーし!」
「アキラか、俺だ」
「・・・なんだ、ムウさんか」
「わるかったなオレで。ところでアキラ、ちょっとすまないが、今夜は早く出て来て欲しいんだ。じつはサユのヤツがぬけちまってな」
俺は耳を疑った。
「えっ!?サユが店をぬけた・・・ってどういうことですか?!休みってことじゃないんですか!」
俺は驚きのあまり、うわずった声を出してしまった。
「どうしたんだ、そんなに驚いて。サユは店を辞めたよ、まぁ夜の商売じゃよくあることさ。サユから直接理由を聞いたわけじゃないが、たぶん男でも出来たんだろうな、あの感じは」
「そ・・・そんな、バカな・・・」
俺はムウさんの言葉が信じられなかった。信じられる訳がない!だってサユは・・サユは俺と!
俺の頭の中がグルグルと螺旋状に回転し、奈落の底へと引っ張られるような脱力が俺を包む。
「おい、聞いているのかアキラ。とにかくいつもよりは2時間早く出てきて欲しいんだ、頼むぞ」
たぶんムウさんはそんな事を言っていたと思う。だが、俺の頭の中はサユの事でいっぱいだった。
バイトどころじゃない。今俺がこの状況から抜け出すにはバイトじゃない。
サユに会って本当の事を聞き出す事が最重要だった。
でもどうやって?どうやってサユを捜して会うのだ。俺はサユの住んでいる場所を知らない。そればかりか、サユがどんな生い立ちをしてきたのかも知らない。知らない知らない・・知らないことばかりだ。
結局俺は、サユとどこまで分かり合っていたのだろうか?
ただ唇と唇を合わせただけの関係なのに、どこまでサユを知った気になっていたのだろうか。
キスというのは唇だけの交わり。
ペッティングは上半身の交わり。
そして、SEXとは全身での交わり。
入れるか入れないかでは何もかも違う。
入れなければそれはSEXではない。
いくら愛し合っていても、俺の性器を相手が受け入れなければ意味がない。
入れて、動かして、突いて、そして放出する。そうしなければ男と女が愛し合ったことにはならない。
俺はそれをサユとしていない。そればかりかサユは、こともあろうに店の客とその関係を持った。
入れたという事実と入れてない事実。この差は明白なほど広がっている。
言い換えれば、俺は入れることが出来なかったのに、客は入れることが出来た。
何故、客は入れることが出来たのに、俺は入れることが出来なかったのか?
俺と客との違いは何だ。顔か?性格か?それとも金か?どこに魅力の違いを感じたのだ?
俺の劣っている部分とはどこだ?顔か?性格か?それとも金か?客の方が魅力的だったのか?
激しい嫉妬が、俺の全身を沸騰させた。マグマのような熱い液体がドロドロと。
次に襲ってきたのは自己嫌悪だった。自分の魅力の足りなさを痛感した。
自分が人間のオスであることを否定されたような気分だった。世の中には何千万人といるオスの中で、選ばれたオスと選ばれないオスの立場は当然のように存在する。
俺はサユと男と女の関係の範囲内に入ってはいたが、一番にはなれなかったのだ。
己の無力さをここまで痛感したことはない。今までは、ケーコにはどんな酷い対応をしても、あいつの方から俺を懇願し求めてきたのに。だから俺はオスとしての魅力を充分に実感していられたのだ。
だが、ケーコという俺を最上級に求めてきた女がいなくなった瞬間、俺の価値はゼロになってしまったのだ。サユが俺に好意を持ち、俺と恋人関係になりたいのだと、当然のように思ってしまっていたのだ。
それが勘違いであることがわかった。事実、俺よりも深い関係になったオスは別に存在していたのだから。
よし。こうなったら俺は、友達関係としてサユのことを捜すことにしよう。だって今までバイト仲間だったのに、突然さよならも言わずに俺たちの目の前から去っていくなんて寂しすぎるじゃないか。
そう心の中で気持ちを落ち着かせ、俺の行動理由は明確に決まった。
このわだかまりを解消するにはどうしたらよいのか?
とりあえずサユを捜す。それしかない。
そして何故、突然店を辞め、俺の前から姿を消したのかを聞き出す。
そうすればサユは、きっと俺に対して素直に理由を言ってくれるだろう。
そして、私を捜してくれて有難うと言ってくれるだろう。
別れの挨拶もなしだったから、サユも俺にひと言何か言いたいこともあるだろう。だけど、それが出来ない理由がきっとあるのだ。だから素直じゃないサユの心を、俺が少しだけ溶かしてやろう。
そうすればきっとサユだって喜ぶさ。
それにひょっとしたら、サユがバイトを辞めるのにはワケがあるかもしれない。単純にお金が足りないのだったら、俺が少しでも貸してあげてもいい。イヤな客が多かったのなら、俺がもっと注意してやってもいい。そうすればサユは、元通りカサンドラで働き続けることが出来るかもしれない。
男がいるだなんてムウさんの勘違いかもしれない。まだ俺のことを好きなのかもしれない。
そうだ。それが一番サユにとって良い結果になるハズだ。とにかく今は、一刻も早くサユを見つけよう。
サユのことだから、恥ずかしくて意地を張っているから、俺と会いづらいに決まっている。あいつは素直じゃないんだよな、俺と似ているんだよな。だからきっと、俺がオマエを捜してやるからな。まってろよサユ!
俺はすばやく外出用の服に着替えると、とりあえずムウさんのいるカサンドラへと原チャリで向かった。
「ムウさぁん!ちょっと教えて欲しいんです!」
「お、アキラ早かったな。こんなに早く来るとは思わなかったぞ」
「サユの住んでるところを教えてください!あいつを連れ戻しに行ってきます!」
「・・・・!」
ムウさんの表情が途端に険しくなった。
「・・・それで・・・サユを捜して連れ戻してどうするんだ?」
「え?どうって・・・これまでどおり、ここで一緒に働くんです。それがサユにとっても一番良いと思うから、早くサユの居場所を教えてくださいっ!」
バキッ!
突然の衝撃に、俺の体は中を舞い、壁に叩きつけられた。
ドカッ!
「む、ムウさん・・何で・・・」
俺の頬を殴ったのはムウさんだった。ムウさんに殴られるようなことはしていないのに、何故ムウさんは俺を殴ったのか理解できなかった。
「おまえがサユを見つけて・・・それでどうしようというんだ・・」
床に横たわった状態で見上げると、ムウさんの顔はとても怖かった。始めて見る怒った顔だった。
だけども俺は引き下がらなかった。ムウさんの目をキッと直視してこう言った。
「サユを取り戻すんです!サユは・・・サユはこの店にいたかったハズなんです!でも、それが・・・何かの弾みで別の方向に流されちゃったんじゃないかと・・・俺はそう思ってます!だから!」
「・・・・・」
ムウさんは、しばし無言で俺の目をずっと見ていた。そしてひとつため息をつくと、メモを差し出した。
「これにサユの住所が書いてある。だが、そこに行ってもサユを連れ戻せるとは限らないぞ、いいか!」
「は、ハイッ!ありがとうございます」
俺はメモを受け取ると、その場所へと一目散に原チャリを走らせた。
途中何度か信号無視をしてしまったが、とにかく俺は急いだ。サユに会って、本当の事を聞き出すのだ!
ギャギャギャ・・・ドカッ!
原チャリが横滑りして壁に激突した。俺はそれをかまわず放っておいて、サユの住んでいるアパートの一室へ駆け上がった。
ゴンゴンゴン!チャイムもないようなアパートは、とても女の子がひとりで暮らしているとは思えないような質素な佇まいだった。これなら俺の住んでいるアパートの方がまだマシだ。
ここに・・こんなところにサユは住んでいた・・いや住んでいるのだ。
だが、ドアが開いてそこから出てきた人物に、俺は驚いて声も出せなかった。
「誰だ・・?」
出てきたのは男だった。それも初老の男性。見るからにだらしなさそうな男が、ノースリーブシャツとトランクス一枚で出てきた。まさかこいつがサユと同棲しているとでも言うのか?しかし、サユの部屋から出てきたからには、サユと何らかの関係があるのかもしれないし、ひょっとしたら両親かもしれない。
「あの、あんたは・・?」
「あ~、何言ってんだこの小僧は?勧誘なら帰れよ」
バタン!男はドアを閉めてしまった。そうじゃない!俺はサユの行方を見つけないといけないんだ!
「ちょっとあがらせて下さい!」
俺はそのドアをもう一度開けると、土足のまま部屋の中へと上がり込んだ。
「て、てめぇ!何やってんだ!」
男が俺の腕を掴む。
「だから、サユを連れ戻しにきたんだよ!サユ!いるのか?!」
「このキチガイ野郎が!警察呼ぶぞ!」
俺はこの男の腕を、強引に振りほどいた。
「サユ!サユ!どこだ!」
いない・・・六畳一間の小汚い部屋に、サユの姿はなかった。もちろんトイレにもフロにも。
「おい!サユをどこにやった!隠すと承知しないぞッ!」
俺は男の胸倉を掴み壁に叩きつけた。そして脅迫でもするように怒鳴りつけた。
「く、苦しい・・・やめろ・・わ、わかった、言うから・・・」
「本当だな?サユをどうした?オマエとサユはどんな関係なんだ!」
「きゃ、客だよ、客!」
「客だと?おまえがカサンドラにいたのを見たことないぞ!デタラメ言うな!」
「うぐっ!ちゃんと言うから離してくれ!」
俺は男の胸倉を掴むのを、少しゆるめてやった。
「さぁ!それでいつ、おまえはカサンドラに来たんだ!」
「ごほっ・・ごほっ・・おっ、俺はカサンドラなんて店は知らねぇよ・・・」
「?・・さっき客だと言っただろ。じゃあどこの店なんだよ?」
サユがほかの店でバイトしているなんて初耳だった。だが、女が暮らしていくには、バイトの掛け持ちは当然なのかもしれない。
「メビウスだよ・・・」
「メビウス?どこにあるんだ、それは」
俺は、そんな店の名前は聞いたことがなかった。
「知らねぇのか、ヘルスだよ・・・メビスウは風俗店だよ。サユはそこで働いていたんだよ」
「!!」
全身を脈打つ鼓動が時を止めた。
なんと、あのサユが風俗のバイトをしていたのか?あのサユが?
俺にそっとやさしく明るい笑顔を投げかけてくれたサユが。
俺にそっとやさしく包み込むようにキスをしてくれたサユが。
そのサユが風俗嬢だった・・・・・
俺の全身から力が抜け落ちた。
「俺はそこのヘルスでサユと知り合ったんだよ。それで2万くれるっていうから、ここの住所を貸したんだよ。たぶん、他のバイトをする時に必要だったんじゃないか」
「じゃ・・じゃあ・・サユの本当の住所はいったいどこなんだよ!」
「俺が知るか!そんなの本人に聞けよ!俺の知っている事はそれだけだ。さぁ、とっとと出てってくれ」
「そんな・・そんな・・・」
俺はフラフラとその部屋を出た。
「・・・おい、兄ちゃん。どんな理由か知らんが、プロに本気にはならんほうがいいぞ。あいつらは金のためだったらどんな事でも平気でするからな、男を騙すことぐらいワケないさ」
「・・・・・・・・」
俺は何も言い返す言葉がなかった。そして原チャリを起こすとエンジンをプスプスとかけた。
壁にぶつかった衝撃で、エンジンのかかりが悪くなっていた。これはまるで俺の今の心と同じだ。
不完全にしか燃えることが出来ない、爆発することが出来ない、惨めな俺の姿なのだ。
プスプス・・・プスプス・・・プスプス・・・・・・
俺はとっても不完全だった。
アパートの2階から、その様子を伺うさきほどの初老の男。
「もしもし・・・あ、サユちゃん?・・・・ああ、今来たよ、その男が」
「すいませんオジサン、変なことお願いしちゃって・・・」
「なぁに構わんよ。身寄りのないサユちゃんの頼みだったら何でも聞いてやるさ。それが旧友であったお母さんからの頼みだからね」
「・・・・・・はい、ありがとうございます」
「それにしても、あんなウソつかなくても良かったんじゃないか?彼氏も可哀相に、ガックリとうなだれていたよ。よっぽどショックだったんだろうねぇ」
「いえ、あれくらいで丁度良いんです。あの男に対しては・・・それではオジサン、失礼します」
「ああ、また何か困ったことがあったら電話してきなよ。いつでも力になるから」
サユは携帯の電源を切った。サユの唇にキュッと力が入った。
しかし、その口元がニンマリと吊り上った。
「彼氏ィ?あはは!おっかし!あんな奴はもっと不幸になればいいのよ!彼女がいるのに、他の女と関係を持とうとする男なんて最低よ!そんな男、みんな不幸にしてやるんだから!」
サユの目は蒼い炎に燃えていた。
「それが私の復讐!お母さんを不幸にしたあの男のように、私は世界中のいい加減な男に復讐してやるのよ!あはは!あははははッ!」
何の因果なのだろうか?
アキラはケーコとの恋愛に疲れ、サユに癒しを求めていた。
ところがそれは、癒しどころではなく、更なる地獄への直下降であったのだ。
男と女の執念に絡まれたアキラは、この先、その呪縛によって波乱なる人生を歩む事になるのだった。
そしてその時、ケーコはある行動を起こしていた。
EASYな日々 しょもぺ @yamadagairu
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