第6話 金苦は禁句


働きバチはいくら頑張っても女王バチにはなれない


生まれた瞬間から決まった人生をなぞるように生きる


俺の仕事はミツを集めてこねてダンゴにするだけだから


だからそれ以上は望まないし望めないし望むべきではない





EASY6  『金苦は禁句』





「あーくそッ!もうこんなところ辞めてやるよッ!」


俺は気が狂いそうだった。

手に持った部品を床に叩きつけ、工場の班長に怒鳴りつけるようにして言い放った。

ア然とする班長に背を向け、勤務時間中だというのに、そのまま職場を去った。

ロッカールームで作業服から私服に着替えると、ロッカーを思いっきりへこむまで蹴ってやった。


俺はもう耐えられない。

毎日決まった時間に会社に出社し、朝から眠そうでやる気のない死んだ目の人間どもと顔を合わせ、昼休みになればブタのエサを食う為にぞろぞろと込み入った食堂でメシを食い、将来に希望のない派遣社員どもがギャンブルや風俗の下品で低俗な話で盛り上がり、正社員は勤務中でも学生気分でバイトの女をくどいているし、てめぇらノロマな社員のせいで残業をやらされたり・・・


毎日毎日、クソくだらねぇ流れ作業を俺にさせやがって!

毎日毎日、エラそうに命令してきやがって!

毎日毎日、安い給料で俺をコキ使いやがって!


クソくだらねぇ!毎日毎日がクソくだらねぇんだよッ!

どいつもこいつも死ね!死んでしまえ!

もうどいつもこいつも俺の前から消えろ!

見てるだけで目障りで気分が悪いんだよ!

殺す!殺す!この俺がブッ殺してやるッ!


そして駐車場のスクーター置き場へと向かう途中、後ろから顔面蒼白の派遣社員のリーダーがやってきて、俺の肩を掴んで振り向かせると説教をしはじめた。

「このバカ野郎!なんてことしてくれたんだ!さっさと職場に戻れ!」

俺はこの、ムカデのへばりついたような顔をしたリーダーが大キライだった。

会社に対してはヘコヘコしているくせに、俺ら下っ端にだけはデカい顔をして威張っているからだ。

いつもは仕方なく言うことを聞いてやっていたが、俺は手の平を返して言い放ってやった。

「くだらねぇから辞めるんスよ!なんか文句あるんスか!?」

今にも殴りかかりそうな俺の殺意を感じてか、そのリーダーはそれ以上何も言えなかったようだ。

「まったく!どいつもこいつも!派遣社員なんかやってられっか!俺はロボットじゃねぇんだよ!」

腹の中は、凶悪なストレスで煮えくり返っていた。


俺はスクーターを走らせ、腹癒せにゲームソフトでも買おうとしてゲームショップへと向かった。

しかし、新作の欲しいソフトはまだ高かったので、とりあえず我慢して安くなるまで待つことにした。

次に銀行で金をおろそうとしたが、残高が不足していたので、仕方なくサラ金でキャッシングして2万ほど借りた。このキャッシング機は以前に一度だけ使ったことがあった。その時は、えらく利息をつけられて返すのに苦労したので、二度と使うまいと思っていたが、この時は利息がついてもなんとかなるさと安直に思ってしまった。それよりも今のムシャクシャを超えたムジャグジャな感情をなんとかする方が先決だった。


俺はその金を握り締めたまま居酒屋へと向かった。

時間はまだ4時と、日が落ちるには早かったが、赤提灯の焼き鳥屋がやっていたのでそこに入った。

ここには、友人と何度か来たことがあったので、店のおばちゃんと馴染みであった。

店内を見回すと、まだ早い時間なのに、2人ほどコップ酒をすすっているオヤジどもがいた。

クズどもの集まる場末の底辺。

そんな様を見て、ブルーな気分になったが、とにかく俺は浴びるように酒を飲み始めた。

夕暮れ時・・・かどうかはわからないが、店内は仕事帰りのサラリーマンどもでにぎわってきた。

俺はビール3本と、焼酎2ハイと、コップ酒1パイを飲んでベロベロになっていた。

そしていつのまにか、隣のハゲたオヤジと人生について語り合っていた。

そのオヤジは年齢は50歳で、とある工場を退職し、古本屋を経営していた。

だが、その店はすぐ潰れ、現在無職で嫁に逃げられて鬱病で通院中というなかなかハードな経歴の持ち主だった。俺もこのオヤジに仕事と女のグチを聞いてもらった。するとこのオヤジは悟ったような顔で一言こう言った。


「人生というのは、虚しいということですよ・・・」


たまらなく切なくなった俺は、そのオヤジにコップ酒を一杯おごってやると店を出た。

その時のオヤジの嬉しそうな顔が、またさらにたまらなく切なくなった。


ガタンゴトン・・ガタンゴトン・・

電車の高架下の電柱の側で、俺はゲロを吐いた。

胸の奥に溜まった消化物と鬱憤を同時に思いっきり吐き出した。

しかし、吐いても吐いても、心の奥底にこびりついた垢は、簡単に剥がれ落ちる事はなかった。


気がつけば、俺は来たこともないバーのカウンターにひとりいた。

店内の照明がグニャングニャンに歪み、足元がおぼつかないほど床が地震で揺れていた。

ベロベロに泥酔し、ロレツのまわらない俺に、店のマスターが水を差し出してくれた。

酒を飲む金もない俺に、水を差し出してくれたマスターはこう言った。

「また来なよ」、と。

その時のマスターの優しい言葉が、俺の心に猛烈に染み渡った。


それから3日後。

その間に、派遣会社からの電話が再三かかってきたが無視していた。

しかし、週払い契約なのに、金が振り込まれていなかったので、俺は文句の電話を入れた。

すると、派遣会社の受付の対応はこうだった。

「途中で業務を放棄し、損害を与えた場合は給料から差し引かせてもらいます」、と。

冗談じゃねぇ!

金が入らなければ俺の生活費はどうなる?そうなったら飢え死にだ!

アパートの家賃と共益費と光熱費とガス代と、食費と飲み代と、毎月のローン。

それに健康保険と市県民税、それに国民年金・・・は払ってなかったけど、とにかくそれらの金はどうする?

俺に死ねれと言うのか?完全に労働基準法違反だぞ!

あったま来た!そっちの都合で給料をカットされてたまるかってんだ!

俺はスクーターを飛ばして、派遣会社の事務所に殴りこみ、事務のねぇちゃんに怒鳴りつけてしぶしぶと内線で連絡させると、奥から面接の時に一度だけ会った事のある社長が出てきた。

俺は社長に食ってかかった。もしここで引いてしまったら、俺はもう今月生活できなくなってしまうから必死だった。その必死の形相というか、鬼気迫る俺の迫力に負けて、社長は仕方なく給料を差し出した。

しかし、それは全額ではなく、3分の1ほどカットされていた。

「これ以上は出せない。おまえがちゃんと働いていないから当然だ」、と社長はのたまった。

それでもなんとか生活できるだけの金額はあったので、俺はそれで納得し、会社の入り口を出ようとした。

すると社長が、俺の顔を腐ったイモ虫でも見るかのような目でこう言った。


「おい、人生なめるなよ!」


俺はスクーターにまたがって走り出した。さっきの社長の言葉が、俺の脳裏に浮かぶ。

なめている?誰が?俺が?何を?一体俺が何か悪いことでもしたというのか?

俺のした行為は、そんなに間違ったことなのか?仕事をイヤイヤ続けることが社会人として立派なのか?

気が狂いそうになるほどの長い時間を、死んだ目で作業することが立派な仕事なのか?

そんなの人間じゃない!人間の行う行為じゃねぇ!

俺は従わない!そんな社会や金儲けだけを考えているような大人には従わないぞ!


ぐるぐるぐると頭の中を社会の体制が飛び回る。俺はそれをかき消すように首を振った。

そして、アパートの玄関を開けた俺の前に、ケーコが泣きながら抱きついてきた。

「わたし警察に捕まっちゃうかもしれないよぉ!」

「・・・・・・」

おいおい、いい加減にしてくれ・・・おまえはトラブルメーカーかはたまた疫病神か。

俺はこのバカな女が、何かしでかした事の重大さを感じ、意識が遠くなるのを感じた。

そして俺は、ケーコに対して心の中でこうつぶやいてみた。


「人生なめるなよ」、と。

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