第5話 狂った女体


毎日の移り変わる天気のように、俺の気持ちは流されていく


じゅくじゅくと湿った心を乾かす天気はいつ訪れるのだろうか?


それを心待ちにしながら、俺は空をジッと見上げることにする




EASY5  『狂った女体』




朝起きると気分が悪い。


カーテン越しにさす明るい日差しも。

青く覆い尽くす晴れ渡る空も。

体を優しく撫でるような爽やかな風も。


その全てが気だるく鬱陶しかった。

まるで、世の全ての自然現象が、俺に対して意地悪をしているようだった。

いつからだろうか、この奥歯と喉と胃と肝臓と肛門に、何かが挟まったような、スッキリしない感覚は。

それは俺にはわかっている。

あえて知らないフリをして自分を誤魔化してみても、この原因を自分が一番わかっている。

それはコイツ。俺の隣で眠っている女、『ケーコ』であった。


この悪魔のような形相で寝ている女は、本当に人間であろうか?

セイラム魔女裁判のように、本当に悪魔が実在していたのではないかと思ってしまう。

コイツは人間じゃない、悪魔だ。みんなが人間だと言っても、俺にとっては悪魔なのだ。


ああ、またしても一日が始まってしまった。

ああ、またしてもこの悪魔のような女と一日付き合わないといけないのか。

ああ、俺はどうしたらいいのだろうか?一刻も早くこの環境から逃れたい。


例えようのないジレンマが、俺の体をヘビのように締め上げる。

苦しくて苦しくて、何度もそれを引きちぎって解こうとしたのだが、それも無駄な努力だった。


俺は何度もコイツと別れ話をした。

しかし、俺の意思とヤツの意思はまったく交わることはなかった。

別れたいが別れられない。

この整然とした矛盾が理解できるだろうか?

モテない男が好きな女と付き合いたい気持ち。その全く逆などという簡単な理屈ではない。

正しいことを受け入れ、認めてくれないということの矛盾を。

例えば道で拾った100円玉を、交番に持って行ったら窃盗で逮捕されたような。

横断歩道でお年寄りの手を引いてやったらチカンと間違えられて捕まってしまったような。

思わず、「えぇッ?!」っと声を上げたくなるような漠然としない感情。

そんなありえない矛盾が、いとも簡単にまかりとおってしまうのだった。


けして交わることのないメビウスの輪のようなやりとりは、出口を探すだけ無駄なのだ。

そんなことで、俺の一日のカロリーと気力と生命力は、ほとんど吸い尽くされゼロにされてしまうのだ。

何か新しい事を始めようという思考は微塵もない。

脱力から諦めへ。いまや考えるだけで面倒くさい。

またイヤな朝がきた。

訪れてしまった朝は、止むを得ず迎え入れるしかないのだろうか?


「う~ん・・・おはよう」

ケーコの朝の挨拶を無言でかわし、俺はいそいそと台所に急いだ。

台所で食パンを半焼きのまま、牛乳でゴクゴクと流し込んだ。

そしてケーコと一切視線を合わせないまま、トイレへ閉じこもった。

ここ数日、体調が悪いせいか便通がよろしくない。

何かを恐れ、出したくても出せないようなジレンマ。そんな便だった。

俺は渾身の力を込め、なんとか強引に捻り出すと、それをトイレットペーパーで拭った。

しかし中途半端に捻り出されたそれは、なかなかキレイに切れずに肛門の周りで留まっていたので、拭いても拭いても黄色の斑点は無くなることはなかった。

なんとかパンツにつかないようなレベルまで引き上げ、俺は便座から立とうとしたその時!


ケーコがトイレに入ってきたのだった。

「あれ?もうしちゃったの。アキラがウンチしてるとこ見ようと思ったのに」

俺は体温が一度上がるのを実感した。

「バカ言ってんなよ、見たってしょうがねぇだろ!」

「でも見たいのは見たいから、しょうがないんだよ?」

俺の理屈を屁理屈で返すケーコ。

「見たってしょうがねぇなら見るんじゃねぇよ!」

「しょうがなくないから見たいんだよ?」

俺の屁理屈をそのまた屁理屈で返すケーコ。

俺の体温は二度上がった。

「もう出るから、いつまでもクソくだらねぇこと言ってんなよ!」

「クソだけに、クソくだらないってこと?あは」

俺は完全に無視した。

便器から立ち上がると、入れ違いにトイレに入ったケーコが、ポンポンと服を脱ぎ出した。

ここの安アパートはトイレとバスが一緒になっているので、ケーコは朝のシャワーを浴びる為、裸になった。ドアを開けっぱなしでシャワーを浴びるケーコ。そんな様を無表情で眺める俺。

すっぽんぽんでシャワーを浴びるその女体は、今や性欲の対象にならなかった。

むしろ荒んで汚れたような、汚い肉の塊にしか見えなかった。

そんな俺は、知らず知らずのうちに、男としての威厳と自身を失っていったのだった。


朝起きてアパートを出るまでの15分間。

俺はこの日の体力の半分以上をここで使ってしまう。

その日は暑い日ざしが続く、けだるい一日だった。


そして。

なんとかバイトを終え、重い足を引きずり、アパートに帰宅する俺の不安をよそに、予感は見事的中した。

ドアをガチャリと開け、キッチンと六畳間のガラス戸をガラガラと開くと、そこには・・・・

ふとんの上で、全裸になってオナニーをしているケーコがいた。

こっち向きに又をガッパリと開き、ピンクローターを出し入れ出し入れしていた。

テレビではアダルトビデオを再生し、それを見ながら興奮度を上げていたのが伺える。

ケーコは俺が帰ってきたのに気づくと、少しも恥ずかしい素振りを見せずにこう言った。

「あ、おかえりー!早かったね!」と。

俺の意識が、一瞬遠ざかっていくのを感じた。

「ねーねー、もっと気持ちよくなりたいから手伝って~」

ケーコは、ビニールのシートをオシリに下に敷き、バイブレーターを押入れから出してふとんの横に置いた。

ケーコは潮噴き派だ。

オナニーの絶頂を迎えると、ピューピューとおもらしをするのだった。

俺も最初のうちは面白がって遊んでいたが、そのうち汚くて面倒臭くなってやめた。

しかし、女の絶頂は、男の20倍と言うほどの快感らしく、クセになったケーコは俺に何度も潮吹きの手伝いを求めるのだった。


「あたしがクリちゃんをピンクちゃんで擦るから、アキラは後ろからバイブを突き刺してよ」

俺は服を着替えながら無視を続けた。

「ね、お願い。バスバス突いてよ!」

ケーコは恨めしい表情で、俺に懇願してきた。

「アキラったら、ケーコと全然SEXしてくれないんだもん、だからたまっちゃってるんだよ」

ケーコとは半年以上、体の関係を持っていない。

なのに、何故この女が俺の部屋に住み着いているのだろうか?俺には不思議で仕方なかった。

確かに女と言えども性欲はある。それもヤりたいざかりの19歳なら尚更だ。

しかしSEXとは、ある程度気持ちが通った男女間で行われる行為なのだ。

俺とケーコのように、体どころか心が遠く離れた者同士がすることではない。

俺だって男だ。性欲だって当然の如くある。

しかし、この女に対してだけは、一切性欲が沸き起こってこないのであった。


「ねーっ!聞いてるのアキラ?早く気持ち良くさせてよ!」

俺の感情は崩壊していた。

フトンに横たわり、又を広げ、バイブを俺に差し出している女・・・この物体を見て、俺は殺意を覚えた。

ドゲシッ!

突然放たれた蹴りを喰らって、後ろに吹き飛び、畳に頭をぶつけたケーコ。

「いたぁい!」

そこからの俺はもう野獣のようであった。

頭を打ち、後頭部を押さえているケーコを強引に引っ張り上げて起こすと、玄関の方に向かって勢いよく放り投げた。

ガシャァンッ!

キッチンと六畳間の間のガラス戸に叩きつけられ、ガラスが散乱する。

俺はケーコの服とパンティーとブラジャーを無造作に掴むと、それを投げつけた。

「出てけ!この野郎ッ!」

投げつけられた衣類を、両手でガードしたケーコに、俺は腹部めがけてアッパーを放った。

ドズン!

「うぎ・・!」

苦しそうな顔をして、その場にうずくまるケーコ。

俺は、ガラス戸を勢いよく開け、うずくまっているケーコに再度蹴りを浴びせた。

カシャアァン!

ガラス戸が更に勢いよく飛び散った。ケーコの表情は明らかに恐怖していた。

ガラスが飛び散るのもおかまいなしに、俺は立て続けに蹴りをメチャクチャに放った。

ケーコからすれば、オナニーの快楽の絶頂から、恐怖のドン底に落とされた気分だろう。

俺のキレっぷりは相当なものだった。

「この野郎!おれの部屋でオナニーなんてしてんじゃねぇよッ!」

俺は蹴りでケーコを追いかけまわす。

ケーコは必死で防御をしようと、玄関近くの冷蔵庫のドアを開けた。ドアを開けることにより、自分のシールド代わりにしたようだった。それに、冷蔵庫のドアに詰め込まれた、卵やめんつゆなどと一緒なら蹴られることはないと思ったのだろうか。

甘い。

今の俺は、そんなことなどおかまいなしに暴れる野獣と化していたのだった。

ドッバァン!

小型の冷蔵庫がガタゴトと揺れる。そしてドアの卵が、べしゃべしゃと割れた。まさか冷蔵庫のドアを蹴ってくると思わなかったケーコは驚いてたじろき、玄関のドアにもたれかかって泣いていた。

すっぽんっぽんの体中には、割れた卵の白身と黄身がまとわりついていた。

俺は冷蔵庫の卵を手に取ると、それをケーコの顔面付近に投げつけた。次々に割れ、飛び散る卵。

ケーコの顔面には、ドロドロとした卵の白身と黄身でベトベトになっていた。ケーコは恐怖と抵抗の疲れで、両手で頭を抱えて震えていてた。今のコイツにはもはや反抗する気力などないのだ。

俺はそれを見て、たまらなく嬉しくなった。

ゾクゾクと尻の筋肉が緩んでゆくのを実感した。それはとても気持ちのよい感覚であった。

「早く出ていきやがれーッ!」

俺の叫ぶ声は、もはや怒りではなかった。怯えている弱者をいたぶって喜ぶという新感覚。

それは、ネコが捕まえたネズミをいたぶりながら楽しんでいるそれと同じだった。

悦の快楽に身を任せ、俺は更なる恐怖をケーコに与えてやりたくなった。うずくまって震えているケーコを強引に引っ張って、ドアの外に放り出したのだった。

「や、やめてーッ!」

そう虚しく叫ぶも、女の力が男に勝るハズもなかった。ケーコは全裸のままドアの外に放り出され、俺はガチャリとカギを閉めた。

ドンドンドン!「あ、開けてーっ!!」

ドアの反対側からケーコの醜態が目に浮かぶ。俺はたまらなく嬉しくなった。

今まで俺をコケにしやがって!そのまま裸のまま外を彷徨うがいいさ!ざまぁみろ!けけっ!

俺は体がゾクゾクするほどの高揚感を得て、顔の筋肉が思いっきりニンマリとつり上がるのを実感した。

ドンドン!「お願い!許して!お願いだから・・・・」


ケーコの声が震え、絶望感に変わっていくのがわかる。それはそうだ。まだ19歳の女の子が、全裸で外に放り出されてしまっているのだから。このアパートの住民には、国籍不明の外国人も住んでいる。日本だからとまるっきり安心して暮らせる保障などどこにもないのだ。確か隣の部屋には50歳くらいの不精そうなオヤジがひとりで住んでいた。このオヤジが帰ってきて、この場面に遭遇したならどうなるだろうか?

いきなり目前に現れた、見た目の若い全裸の女性。間違いなく、善意で助けることはなく、自分の欲望の都合の良いように事を運ぼうとするだろう。そうに決まっている。

もしかしたら、千載一遇のそのチャンスで気が動転し、ケーコのみぞおちにイッパツ入れ、そのまま連れ去ってしまうかもしれない。だって、そうすれば、若い女体を美味しくむさぼり放題なのだから。安くてマズイ食べ放題の食べ物屋とは相場が違う。そう、俺にとっては触ることも拒むほど鬱陶しい肉塊なのだが、隣のオヤジにとっては極上のジューシー肉に値するのだろう。そして隣のオヤジは、その極上肉に躊躇することなくむしゃぶりつくことだろう・・・それが犯罪行為だとわかっていても。

人間の性欲なんて、その場になったら止めることなどできやしないだろうさ。

だって、さっきの俺だって、自分の感情を抑えることなどできやしなかったのだから。

それが普通。それが当然。それでいいんだよ、人間なんだから。そんなもんなんだよ。


俺は最高にスガスガしい気分で、テレビのスイッチを入れた。

年中出しっぱなしのこたつの横にドカリと座り、タバコに火をつけた。

フゥ~~~・・・・

タバコの煙を深々と吐き出す俺。う~ん、最高の気分だ!

やった、遂にやった!俺はあの忌々しい女を、やっとこの部屋から排除することができたのだ!

俺の勝ち!俺の勝利だ!


万歳―ッ!

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