第8話 公園の子供
真夜中の公園で、子供が独りで遊んでいると通報を受け、小松、中原両巡査は現場へ向かった。同時刻、同場所で奇妙な物音を耳にしたと言う住人の通報もあった。
我々はすぐに現場に到着した。公園の中には明かりは点っておらず、わずかに道路沿いの外灯の光が、数少ない遊具を照らし出していた。本当にこんな寂しい所に、子供が独りで遊んでいるのか。にわかに信じ難いことだ。
早速、小松、中原は懐中電灯を片手に、公園の中へ入って行った。そこはそれほど大きな公園では無かった。が、周囲をぐるりと金網の柵が囲んで、こう暗いと一々敷地の中を照らして歩いて回らなければならない。
公園に入って、我々はすぐに異変に気付いた。中から何か奇妙な音がする。
「どこからだろう? 水をじゃぶじゃぶやる音がする」
中原が不審そうに言った。懐中電灯が照らす視界は非常に狭く、不意に映し出された遊具が、まるで我々の目の前に飛び込んで来たような錯覚さえ起こった。
「砂場だ!」
その砂場には、誰かが先ほどまで、砂遊びをしていたふうに、小さな砂山とトンネルが作ってあった。あるいは、昼間ここへ来て、子供たちが遊んでいたのが、今まで残されていたのだろうか。そのトンネルの側には、忘れ物だろうか、ミニカーが砂に頭を突っ込んで転がっていた。ミニカーはバンパーとフロントガラスの部分が、誰か悪戯したように、赤色のマジックで乱暴に塗りつぶされていた。まるで事故に遭った車両のようだ。
砂場の側には、水飲み場がある。そこで、ようやく音の正体が分かった。懐中電灯の光線に蛇口から流れ落ちる水が、乱反射して映し出された。誰かが使って、閉め忘れていたのだ。じゃぶじゃぶ言っていたのは、この水音だった。誰がこんな事をしたのだろう。さっきまで、誰かが遊んでいたのか。しかし、未だ誰の姿も発見できていなかった。小松は水飲み場の蛇口を閉める終わると、すぐに懐中電灯の明かりを暗がりの中に向けた。
そこは公園と言っても、遊具は砂場に、鉄棒、ブランコ、動物の形をした背中に乗るバネの遊具、それから水飲み場、ベンチ、トイレのコンクリート製の建物が設置されているだけだった。
水飲み場の向こうにトイレの建物が見えた。が、明かりは点いていなかった。
「あれ、電気点かないの? えっ、中は真っ暗なの? 嫌だな!」
小松が暗がりのトイレの建物を懐中電灯で照らし出すと、その表情を強張らせた。中原も苦笑いした。その顔は引きつっている。
「いやー、これは怖い。怖い怖い。はー」
トイレの入り口で、小松の足が止まった。彼の口から溜息が漏れた。
「何も出ませんように……」
やはりトイレの中には誰も居なかった。男女兼用で、二つある個室の扉もどちらも開かれていた。あれだけ怖がっていたのが、少々馬鹿馬鹿しくなった。それでも、真夜中のトイレに、いつまでも居たいとは、誰も思わないだろう。我々は早々そこから退散して、他を探すことにした。
公園の中程まで来て、何も見つからなかった。我々が来たことに気付いて、どこかへ隠れてしまったのだろうか。そう言うことも考えられなくは無いが、その可能性は極めて低い。遊具の後ろ側、物陰になっている所は、丁寧に懐中電灯の光を当ててみた。
そのフランコの辺りも入念に確かめたつもりだった。確かにこの辺りには誰の姿も見えなかった。
「あれ、ブランコが揺れている。中原、これ触った?」
小松が、すぐにそれに気付いて不審そうに言った。
「いいえ、触ってませんよ」
「触ったんじゃないの?」
小松は、執拗に中原に確認した。が、中原は全く触れていないと言う。
「全然、触ってないの?」
「あー、はい」
「最初から、これ揺れていた?」
「いや、分かりません。今見たら、揺れていました」
確かに二つあるブランコの右側だけが揺れている。もし風が動いたのだとすれば、二つ同時に揺れてもおかしくない。が、そうでは無かった。まるで今誰かがそこへ乗って、漕いでいたかのように、ブランコは揺れているのだ。近くに誰か居たのか。我々はその存在を確認できていない。その上、フランコはどこか奇妙な動きをしている。それを誰かが押し続けているふうなのだ。なぜそのブランコは、こうしてずっと揺れているのか。見ているだけで、少し気味が悪くなった。我々は、もうしばらくこの公園を調べる必要がありそうだ。
我々はブランコから、鉄棒の辺りまで照らして来たが、何も発見できなかった。その鉄棒の後ろが金網になって、そこにたくさんのツタが高い所まで絡み付いていた。ここで行き止まりだった。公園の端までたどり着いてしまった。小松は金網の柵の奥まで分かるように、懐中電灯の光を当てた。とその時、その光の中へ一瞬、恐ろしい音と共に、何かが飛び込んで来るの分かった。小松は思わず声を上げ、体を退かしていた。
「今の何? 何か飛び込んで来たでしょう」
「分かりません。何か飛んで来ました」
「え? カブトムシ。カブトムシ……、カブトムシ。カブトムシか」
どうやらこの近辺に生息する昆虫が、我々の照らす明かりに誘われ集まって来たようだ。二人はすぐに気を取り直し、捜索を続けた。
時刻は深夜0時を回っていた。つい先ほどと比べても、明らかに周囲の闇が濃くなったように感じられる。既に子供が起きている時間帯では無かった。公園の奥まで調べて見たが、誰も姿も見つけられなかった。そろそろ引き返して出口へ向かうことにした。と、小松は暗闇の中に、誰かが走る足音を聞いた。
「あれ、誰か走っている?」
小松は、すぐに中原に確認した。中原は手にした懐中電灯の光線を懸命に左右に振って、その漆黒の闇の中をかき回すように照らした。
「あれ? あそこ誰か居ますよ!」
本当に子供が居た。小学生くらいの子供だった。妙なことに、その子は片足が裸足だった。こんな夜遅くに、その子は何をしているのだろう。我々が近づこうとすると、まずいと思ったらしく、その小さな子供の影は素早く逃げだした。
「ちょっと君、待ちなさい!」
小松、中原も慌てて走りだした。闇の中で物凄い勢いで走る足音だけが聞こえてくる。我々はその子がすぐに公園の外へ飛び出すと思っていた。ところが、その足音はまるで公園の中を、ぐるぐる回るように暗い中で響いた。すると、ベンチの向こうに小さな影を見つけた。小松はようやくその子供に追い付いたと思って、声を掛けた。
「おい、君。こんな時間に、ここで何しているのかね……」
「あれ、これ石像ですよ」
中原は驚いて言った。そこには、何かのキャラクターを模した小さな石像が立っていたのだ。
「おかしいな。さっき本当に子供が居たと思ったのに、どこへ行っちゃったのかな?」
我々はもう一度、公園の中を回ってみたが、とうとうその子は発見できなかった。ただその時、小さな子供の靴の片方が見つかった。さっきの子の物なのだろうか。
その後、靴の持ち主が判明した。以前、その公園の近くで轢き逃げ事件が起こった。その事故で亡くなった子供の物だった。靴には持ち主の氏名が記されていた。その子は、その公園でしばしば遊んでいたと言う。いや今もそこで遊んでいるのかも知れなかった。
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