第4話「友人の家」

 招かれて友人の自宅へ遊びに行くと、彼はとても歓迎してくれた。彼の妻は仲の良い友だちと旅行中だそうで、邸内には彼一人しかいない様子だった。

 人気のない室内は、がらんと静かで、しんみりと妙にさびしい。明かりも玄関や廊下など、必要な部分にしかともされておらず、まるで空き家に侵入したような奇妙な背徳感があった。

 居間へ案内されてソファに座ると、友人は早速「飲むか?」とたずね、棚から一番高そうなウィスキーのびんを取り出した。グラスに注がれた魅惑的な琥珀こはくの液体に見惚みとれていると、彼はソファ脇の丸テーブルを指差す。見ると、テーブルの上にはいくつかの写真立てが飾られていて、彼の三人の娘たちが映っていた。

 彼は言う。

「娘たちが子供の頃は、皆が似たような表情をして、似たようなドレスを着て、似たようなつば広の帽子をかぶって、同じような話題で盛り上がり、そしてみんな同じように私を愛してくれたのだ」

 め息をき、しかし今は――と言って、まただまる。

 やがて自分のグラスを手に取り、切なげな眼差しでウィスキーをガブリとあおった。

 再び口を開くと、

「それがどう言うわけか、大人になった途端、それぞれ全く異なる男を愛して、それぞれ全く別の遠い世界へ行ってしまった。あっと言う間にな。今では滅多に電話も寄越さない」と愚痴ぐちる。

 私は暗い酒席しゅせきになったら、折角せっかくの高い酒に申し訳ないので、精一杯の屁理屈を並べて、友人をなぐさめねばならなかった。

「娘たちが遠ざかってしまったなんて、実はただの錯覚で、案外、まだまだ君のてのひらの上かも知れないぜ。子供はいつまでも子供なんだよ」

 すると彼は酔った目で、しばらくじっと自分の掌を見つめていた。

 そして「そうなんだろうか?」とささやくようにつぶやくと、視線を上げて、何故だか天井を見た。

 その時の彼は、妙に力の抜けた表情だった。

「だとしたら、俺はあやまった事をしたなあ……」

 彼がそう言った時、天井の上の二階の部屋から、ドンと大きな音が鳴った。続いて直ぐガタンと何かが倒れる音がして、それはしばらくゴロゴロと床を転がって止まったようだった。

 友人は物音を気にする風もなく、もう一度、自分の掌を見た。そうしてそのてのひらを私の方へ向けると「俺はさァ、生命線が短いんだよ」と一言つぶやき、クックと笑うのだった。


(おしまい)

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