第3話「夜泣き」

 真夜中に目覚めると、マンションの隣の部屋で赤児あかごが泣いていた。

 おんぎゃあ、おんぎゃあ――と、張り裂けんばかりの声で泣き叫んでいる。

 耳をおおいたくなるような不快な大絶叫だが、重度の対人恐怖症で広場恐怖症の私は、隣室へ苦情を言いに行けない。

 けれどいくら赤児が激しく泣けども、奇妙な事に隣人の親が何かの対処をしようとする様子はなかった。

 しかりもせず、あやす事もしない。

 赤児の泣く声が聞こえるだけで、隣からは、それ以外の何の声も物音も聞こえて来ないのだ。

 それに何故か他の住人が来る気配もなかった。

 あれだけの騒音を皆は迷惑に思わないのだろうか?

 結局、赤児は一晩中泣き続け、私も一晩中、え続けた。やがて眠れぬ夜は明け、一睡も出来なかった私は、疲れた目をこすって、ベッドから立ち上がる。

 カーテンを開けて窓越しに外を見ると、まだ暗かったが、それでも地平の方からうっすらと明かるくなり始めていた。

 その時、私は不意に泣き声が小さくなっているのに気がついた。そのまま赤児の声は、日の出と共にゆるやかに小さくなり続け、やがて周囲の日常雑音にまぎれて、跡形もなくしぼんで消えた。

 私は一人、陽光に手を合わせる。


(おしまい)

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