「視点」と読者の距離感
今現在執筆中の別サイト発表用の作品で、珍しく三行目から詰まってしまいました。なんだか違和感があって、おかしいと感じるのです。
『
タロはまだこの屋の主婦が事故で死んだことを知らなかった。代わりに近づいてくるこの屋の主人はタロにとってはボスだったから、不思議に思って首を傾げた。
(ここのジョイントがおかしいように感じる)
この屋の主人は失った妻の代わりに、彼女の日課だった飼い犬の世話をこのところは続けていた。餌をやり、散歩へ出かけ、その時ばかりは妻の思い出にしばし浸っていられたが、これも長くは続けられない事情が出来て、今日も彼は悩んでいた。 』
おかしい。なんか唐突だと思うわけです。
原因は視点の変更でしょう。タロから主人へと視点が移っているんです、三人称多視点という形式のつもりですから、それ自体は問題ないはずなんですけど。
何が引っかかる、唐突と感じるのかと考えてみるに、恐らく視点の移動と共に心情描写も二者の間で急激に移ろうからではないかと。そこがヘンなんですね。
内面の描写をしてしまうと、視点が頻繁に変わるのは混乱の元になるわけです。
三人称の、外から見た視点が徹底されているなら、そのシーンの誰にカメラが移ろうが問題はありませんが、一旦、内面が書き出されてしまうと、三人称とは言えなくなるわけです、厳密には。
ご存知のように、一人称でのカメラワークの変更、すなわち視点変更はタブーと言っていいほどですので、内面が書かれる=一人称に近付く、となって、この違和感は生じたものだと思います。
読者と作品との距離があるのが三人称で、距離があるからこそ、視点を変えても違和感はさほど生まれないという事です。逆に、読者との距離がない一人称はシンクロ率が高まれば容易に感情移入を起こすことが出来る反面で、このシンクロ率の下がることのすべてがタブー、読者に違和感を生み出すことになるという事でしょう。
そもそも三人称は、この作品を例にするならタロと主人を見ている別の何者かの視点なのですから、その誰か以外の心情は入れられないはずです。エスパーか、となりますんで。
その何者かは実際には無機物のカメラであるわけなので、映画形式でもある三人称における地の文というのは人格を持たないとなり、三人称では心理描写を入れられないとなったわけですから。
ハードボイルド形式に代表されるように、三人称は起きている事象だけを淡々と感情を交えずに書く方式だったわけです。
時々、三人称作品なのに心理描写がふんだんに出てくる昨今の書き方に対して、どうにも違和感を覚えると仰る読者が居ます。
三人称の地の文に、『』や()を交えずに心理描写を描くという手法は私もよく使いますが、これは『自由間接話法』と言いまして、れっきとした小説の技巧なわけで別段おかしな書き方ではないんですね。
ただ、これも技巧というくらいですんで、ある種のコツはありまして、ただ適当に書いただけでは違和感を生み出してしまうんですね。自信がないなら()使いましょう、という話です。
だから、敏感な読者さんが下手なのを読んで違和感を感じ取ってしまう事もあるわけです。
本来、内面の描写をすると違和感を生じます。なので、一人称ではその本人となる事で違和感を和らげたわけです。そうすると、視点変更で人物が変わると、読者は強制的に同調を解かれ、また別の人物に同調する事を求められてしまう事になり、それがストレスとなるわけです。
だから、一人称とは内面描写をする為に同調を強化する代わりに視点は変更しないという約束事になっています。ストレスを避けることが本来なのに、都合でここを捻じ曲げたのでは本末転倒ですから。
内面描写の為に視点変更を犠牲にする手法が一人称ですが、逆の需要だってあるはずです。視点を変えたい、そのために内面の描写は犠牲にしようという手法です。
それが三人称であり、かつてはハードボイルド系作家の間で論争にもなるほどだった心情描写の問題だったりします。
そもそも心情描写は内なる声を文章に直接的に書くばかりが能ではありませんので、かつての作家たちはそこを論点に喧々諤々やらかした、というところです。
悲しみを表現する方法は、何も心の声で『なんて悲しいんだー!』と書き出すばかりじゃないですよね。表情、動作、風景の見え方でだって、悲しんでいるという事を書き表すことは出来ますんで、三人称ではそっちを使うこととなっているのです。
三人称の視点は、映画におけるカメラです。カメラに感情はありません。なので本来の三人称は徹底して地の文から感情を排斥した書き方が良いとされていました。
ハードボイルドの名著『マルタの鷹』が代表格ですんで、どんな書き方だと思われた方はご一読を。
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