第8話 ミミ・ハナムラ

その日の夜、家族に見守られながらサトは天国に旅だって行きました。あんなにいい奴は絶対に天国です。手にはトロフィーをしっかり抱いていたそうです。ミミによるとサトは試合のラジオを聞いて、優勝を知ったとたんにミミに穏やかにこう言ったそうです。「I’m ready.(もう、死ぬ準備ができた)」、と。ミミは「きっと、ケビンがやってくるからもっと頑張って」。そしてサトはうなずいたそうです。サトはケビンを待っていたのでした。葬儀は二日後にバプティスト教会で行われました。チームの連中やクラスの連中が大勢、見送りに来ていました。ケビンはハミルトンコーチに頼んで優勝トロフィーを一緒に埋葬する許可をもらっていましたので棺のサトはトロフィーを抱いた状態でした。校長は難色を示しましたが、ハミルトンコーチがアマチュア・バスケットボール協会に事情を話してレプリカを造りそれを学校に飾ることで決着しました。棺を埋葬場まで運んだのはバスケットボールチームでした。牧師の祈りの後で静かに棺は地中に下りていきました。「さようなら、サト See you around!(そのうち又会おう)」、とケビンは言いました。


それから、一週間ほどしてミミから電話がかかってきました。渡したいものがあるので会ってほしいと言うのです。今は、足の治療もあったしシーズンも終わったので会いに自転車で行きました。葬儀以来、初めて家族に会いました。意外にみんな元気な様子でサトのことを話しました。家族はトロフィーのことや友人として付き合ってくれたことなどの感謝を伝えましたが、「それはこちらのセリフです」、と言わなければならない事ばかりでした。ミミとサトの部屋で話をしました。サトの部屋はマイカンさんのファンであったためポスターや雑誌で溢れていました。ミミはケビンの手の平にネックレスつきのペンダントヘッドを渡しました。ペンダントヘッドはサトが9歳の頃に彼の父親が商用でミネアポリスに行ったとき、ちょうどレーカーズが優勝した直後だったため、町にはお土産が溢れていてその中からバスケットボールをかたどったペンダントヘッドを買ってきました。1949年の事です。裏には「Good Luck」。の文字が刻印されていて、以来、サトは肌身離さず付けていたそうです。ケビンもロッカールームでサトが付けているのを見たことがあります。マイカンさんのチームですしバスケットボールのプレーヤーに「Good Luck」、と刻印されているわけですから、サトが大切にしていたのはよく判ります。サトが死ぬ間際にミミに「もうこのペンダントは十分、勇気を与えてくれた。次の持ち主はケビンだ。あいつに上げてくれ」、と、ミミに言ったそうです。ケビンはじっとペンダントヘッドを見ていました。「ありがとう。大切にするよ。サトと一緒にこれからバスケットボールをできる」。そういってグーっと握り締めました。ケビンはこのペンダントヘッドを一生はずす事はありませんでした。(バスケットボールをしている時、装身具は禁止ですので外さなければなりませんでしたが、最初はリストバンドで隠していました。ルール違反は承知です。しかし、それがばれてから外さなければなりませんでしたが、それ以外は、常に付けていました。)


この日をさかいにミミとケビンは定期的に会うようになりました。ミミはケビンの試合のある日は必ず観客の一人でとして見に行きました。周りの人々は「あの子がケビン・マクドナルドの恋人」、と云う噂を流され羨望の目で見られました。嫉妬する女の子の意地悪も多少ありましたが、普通はみんな友好的に話しかけてくれました。特に兄のサトのことを知っている人は温かくミミのことを迎えてくれました。アリーナの実力者はミミを特等席を用意しようとしてくれましたが、ミミはいつも後ろのほうで味方、相手チームや選手の特徴をノートにとって、ケビンに渡してくれました。最初は、ケビンにいろいろ教わりながらでないと書いていることの意味が自分でもわかりませんでしたが、最近ではチームのスコアラーより詳しくなっていました。もちろんサトのせいもあるでしょうがミミはバスケットボールの醍醐味に引き込まれて行きました。ケビンのミミも学業の成績も優秀で常に学年の5本の指に入っていましたし、科目によっては学年で常に一番でした。二人はミドルスクールとハイスクールで校舎は別でしたが、自転車でいける距離でしたのでミミが作ってくれるランチをよく二人で校舎内の公園で食べました。両方の親もサトの一件以来、非常に仲良くなり、いわゆる家族ぐるみの交際でした。エイドリアンじいさんは夏になると楽しみの一つとして、エイドリアンじいさんとクリスティーナの両方の家族やハナムラ家全員やハミルトンコーチを招待し、よくバーベキューをやりました。チームメートと親達も呼ばれました。エイドリアンじいさんは一応、裕福でしたのでいいビーフを料理してくれました。アーリントン・パークにはいろんなスポンサーがいて、その中の大手のひとつにジョンソン・ブッチャー社があり、社長さんがアーリントン・パークに遊びに来ると、エイドリアンじいさんにお土産で10ポンド(4.5Kg)の肉をプレゼントしてくれました。両方の家族は、いつも楽しく過ごし、ケビンとミミもそんな家族付き合いが好きでした。


逆に ハナムラ家に招待されると日本食を振舞ってくれました。エイドリアンじいさんは日本酒で酔っ払うこともありましたが、とても日本の「味」。が気に入っていました。ケビンも醤油がこの上もなく気に入り増した。その当時、生の魚を食べる習慣なんて野蛮なことはアメリカにはありませんでしたが、ミシガン湖で採れるフレッシュな魚を生でレモンと醤油で食べてからもう虜になりました。

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