第7話 別れ

劇的な勝利でした。バスケットボールのゲームで一番、劇的なのがこのブザービーターと呼ばれるもので、ブザー(試合終了などの合図)と同時にビート(シュート)、つまり一撃を加えることで観客は興奮の坩堝に落とされます。シューターが時間内にシュートの動作を起こし、ボールが空中にある場合、時間を過ぎていてもインプレイとみなされ、シュートが入れば得点とみなされるものです。NBAでも数々のブザービーターが行われていますが、次の日の新聞のスポーツ欄は必ず写真付きで報道されるくらい劇的なのです。サンダースの勝利の瞬間、選手全員とコーチ陣全員がベンチから飛び出して抱き合って涙を流しています。ケビンもみんなも泣いています。テレビ放映はボストン地区だけですが、ラジオが全国にこの模様を伝えています。アナウンサーも興奮気味にマイクに向かって怒鳴り続けています。ベアーズのコーチ、選手が祝福にやってきています。握手を交わしながらすばらしいゲームであったことを認め合っています。落ち着くと、ケビンは静かに手を合わせ、サトの無事の祈りと勝利の感謝を祈りました。優勝チームのセレモニーが行われ、キャプテンのケビンにガラス製の優勝トロフィーが捧げられました。この日の為につらい練習をしてきたことが報われたのです。ただ、サトが不在だったことが残念です。


ロッカールームに戻ったみんなは次に予定されているパーティーのため慌しくシャワーと着替えを済ませなくてはいけないのですが、みんな、いすに座ったままうつむいています。もちろん疲れのためや、歓喜の涙を隠すためではありません。誰かがサトのユニフォームと一緒に優勝トロフィーを飾っています。係員が飛んで来て早く準備を促すのですが誰も動けません。ハミルトンコーチがこれを見て言いました。「みんな、聞いてくれ。いま、学校から電話があって勝利のお祝いと、サトの状況を教えてくれた。彼はまだ集中治療室で危険な状態だ。しかし、ラジオで最初から最後まで試合を聞いていてくれた、と家族の人が教えてくれたそうだ。この勝利を彼に捧げようじゃないか」。全員がひざまずき祈りを捧げました。誰も音頭を取ったわけではないのですが黙祷しています。徐々に顔を上げる選手を見てハミルトンコーチは「よし、みんな急いで着替えてくれ。この勝利を捧げる人がいっぱいいるはずだ。君たちの練習を支えてくれた両親、兄弟、学校の関係者、それにベアーズの連中…この人たちのためにも、さぁ、パーティーに出よう」。みんなはこの言葉でようやく動き始めました。


次の日に、来たコースの逆をシカゴまで帰って着ました。オヘア空港の国内便到着ロビーはすし詰め状態でした。テレビ、ラジオのレポーター、家族、学校の関係者でごった返していました。選手は家族と抱き合い、コーチはインタビューを受けています。ケビンは人を避けるようにエイドリアンじいさんとクリスティーナのところにたどり着きました。捻挫のため足首を固定していたので歩きづらいのですがなんとか母親の胸に飛び込む事が出来ました。「よく頑張ったな。クリスティーナと野球意外であんなに興奮したゲームを聞いたのは初めてだ。みんなもよく頑張った。自分の誇りにしていい」 「ありがとう」、とケビンは母のクリスティーナに抱きつきました。「おめでとう。よくやったね。お母さんはお父さんもそうだけれど、お前を誇りに思うわ。本当によくやったね」 「ありがとう、お母さん」。


そこにハミルトンコーチが来て両親に挨拶をすると、ケビンに言いました。「ケビン、病院にいくのだろ。これを持っていきなさい」。渡されたのは優勝トロフィーでした。エイドリアンじいさんもそのつもりでしたから、すぐにサトの病院に向かいました。病院に着くとサトの病室に直行しました。サトの家族が泊り込みで心配しているようで、みんな真っ赤な目でケビンを迎えました。空港では歓喜で叫んでいる人がいる位、騒然としていましたが、病院内では医療関係の機器の音だけが響いているだけです。サトの両親が抱擁してくれました。ミミもいます。彼女も抱きついて優勝の祝いを言ってくれました。「ミミ、サトはどうなんだ?」。ミミは、首を横に振りながら、「よくないの。危険な状態よ」、といいました。「面会はむりかなぁ?」 「先生に聞いてくる」、と言ってミミは出て行きました。戻ってくると「いま、起きていて目を開けているので5分くらいなら大丈夫だって」。ケビンはトロフィーをもって病室に入っていきました。サトが寝ています。薄め目を開けてケビンを追っていますが、言葉はいえません。ケビンはできるだけ明るく振舞うために笑顔いっぱいに語り掛けました。「サト、いつまでここにいるつもりだ。優勝したんだ、みんなとパーティーをやろうぜ!」。この言葉にサトは「Way to go, men! (やったね)」、と小声で言いました。「おい、いい物見してやる」、と、言ってトロフィーを差し出しました。サトにはトロフィーを持つ力は残っていません。そっと胸の上において手を添えてやります。サトは何も言わずに小さくうなずいています。サトの目から涙が一筋流れました。ケビンももう堪え切れません。グーと手を握って泣いていました。ドアが開いて看護婦が入って、もう時間ですよ、と合図を送っています。ケビンは肯くとサトに言いました。「I love you, men!(愛してるよ)」するとサトが気力を振り絞って言いました。「Me, too」これが二人の最後の会話となりました。

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