第4話 ポイントガード誕生

次の日 マイカン氏との出来事を、ミドルスクールのバスケットボールチームである「サンダー」のヘッドコーチにケビンは細かく伝えました。そして、チームの編成上、可能であれば自分をポイントガードかシューティングガードにしてほしい旨伝えました。ヘッドコーチのアラン・ハミルトンもケビンのパワーフォワードの限界を少し感じていたことや、プロの、しかもあのマイカン氏の推薦となれば反対する理由ありません。これで決まりです。さらに、ハミルトン・ヘッドコーチは練習時間の半分をハイスクールでの練習に当てるように手配すると言ってくれました。もちろん、正式な試合や大会には出られませんが、レベルが上のチームでプレーすることを提案してくれたのです。ケビンは当然のこととしてこれを受け、感謝しました。それに、イリノイ州(シカゴのある州)のセレクション(選抜)では、ある程度の年齢制限があるものの、大学レベルまでのセレクションにケビンを含めるようにシカゴ州アマチュア・バスケットボール協会に推薦してくれることになりました。


ミドルスクールではもちろん、すぐにポイントガードとしてのポジションを簡単に獲得しました。ハイスクールでも、一人、上手な選手がいましたが、ケビンはすぐに実力的に抜き去りました。ケビンはプロを含めて、ポイントガードやシューティングガードの選手の情報収集を怠りませんでした。テレビ、ラジオ、雑誌、新聞、さらに小遣いが許す限り実際の試合を見学し、それぞれのポジションでの動き方、ドリブル、パスのやり方、チームのリードの仕方、等など。ケビンは優れた運動神経の持ち主でしたが、卓越した判断力も駆使し、ゲームや他の選手をコントロールし、ミドルスクール最後の全米大会で2位まで「サンダー」をリードしました。惜しくも決勝戦で、2ポイント差で負けたものの、メディアはケビンを大々的に取り上げ、次のハイスクールでの花形選手として報道しました。メディアは惜敗の悔しさから涙しているケビンの写真を使ったため、人気が一気に上がり、シカゴの地元では老若男女が愛するプレーヤーになりました。


その後、ハイスクールでは当然、花形選手としてもてはやされましたが、ケビンは決してチームメートに迷惑をかけたり、自分だけ目立つことをしたりする事は一切やりませんでした。アメリカではプロのスポーツと二分する勢いでアマチュアのカレッジ、ハイスクールの試合は人気があります。もちろん、アメリカはもともと、「地元」を大切にする風土に成り立っているためで、しかも、自分の身内、近所に住んでいるプレーヤー、など身近に選手がいるわけですから当然です。通りわけ、ケビンが出場するサンダーの試合はホームでもアウェーでも入場チケットが手に入らないと言う異常事態にまでなりました。イリノイ州アマチュア・バスケットボール協会では、大きな大学のアリーナを使うことまで検討しましたが、一人のスーパースターのために特例を作ってほしくないとケビンが反対したため実現しませんでした。もちろんこれはケビンがハイスクールの一プレーヤーでサンダーには多くのプレーメイトがいるわけで、彼らのことを気遣った結果でした。


ケビンは通りわけ、シュートの練習を熱心にしました。シュートと言っても大きく分けて2種類あり試合中に自由に放つフィールドゴールと敵チームの反則により放つフリースローです。フィールドゴールは一投のシュートに2点と3点があり、ショットクロックと言うルール(NBAでは24秒以内)がありますが、いつどこから打っても構わない代わりに敵の邪魔が入ります。逆にフリースローは、1シュート一点で敵の邪魔がない代わりに決まったところ(フリースローラインから)制限時間内に打たなければなりません。フリースローは誰にも邪魔されませんので自分の得意なフォームで打てるため個人、個人で多少投げ方が異なります。フィールドゴールには、走って放たれることが多いのでランニングシュートとも言われるレイアップシュート。その中でも手の動き方や走り方で分けられたオーバーハンドレイアップ、 アンダーハンドレイアップ、 プロレイアップ 、リバース・レイアップに分かれます。 その場か一歩前か後ろにジャンプしながら胸をリングの方向に向けて放つジャンプシュートにはフェイダウェイシュート、ターンアラウンドシュート、キキ・ムーブがあります。 さらに、体を敵の選手の間に入れ、外側の手で打つフックシュートがあります。主に、背の高い選手がリングの付近で打つことが多いシュートです。スカイフックやベビーフックなどの種類があります。 そして、圧倒的な人気でチームの意気が一気に上がるのはダンクシュートです。これはリングの真上からリングの中にボールを掴んだまま投げ落とすシュートでバックダンク、リバースダンク、トマホーク、ウィンドミル、アリュープ などの種類があります。その他にもリングやバックボードに跳ね返ったシュートを叩いて入れるティップシュート、ボールに急激な回転を与えてバックボードに当てて入れるフィンガーロール やバンクショット、スクープショットなどがあります。


ケビンはレイアップシュートやジャンプショットが得意で、敵がいない状態では平均93%という驚異的な数字を残しました。3ポイントシュートが入りだすと相手の選手がブロックのために前に出てくるためフェイントでかわして走りこむレイアップシュートも多くなります。もちろん、ケビンのマークが強くなると自然にフォワードへのアシストパスが成功しやすくなるため、何をしてもうまく行くことになるわけです。スポーツではこの「存在感」が結構大事なのです。たとえば、ベースボールにおいて満塁でリーグ一のスラッガーがバッターボックスに入ると、やはりピッチャーはビビッテいるわけではないのですが、筋肉が知らずに硬直したり、いつものするどい直球や変化球を投げられなかったりします。そして、甘いボールをホームランされることになるわけです。投球のボールが知らずに「置きにいった」ボールになる訳です。このような心理的影響がどのようなスポーツでも重要な要素であることはよく知られています。ケビンは相手の選手に知らず知らずに心理的な影響を与え、逆に自分の有利な方向に導くことが上手になりました。「常套手段の裏をかく」、という表現で言われるプレーで、この変則的な状況は観客受けするものなのです。これが総じて人気につながっているわけです。


ケビンはハイスクールで練習するようになってから、それをよく思わない一部の選手からバッシングされることもありました。彼らは、大学、さらにプロを目指していて、ケビンにやられるようだと自分が目立たないことになり、スカウトが度々訪れるワークアウト(練習)などでは逆にケビンを負かすためにラフプレーをする選手が増えてきました。肘鉄を食らわしたり、審判の見えないところで足を踏んだりユニフォームを引っ張ったりするようになりました。コーチや審判はこれを厳しく禁止しました。当たり前ですが「Hard play with strong heart of respect (尊敬の心を持った強いプレー)」を主旨としたアマチュア精神に反するプレーはアメリカでは「汚いプレー」、となり嫌われるのです。しかし彼らも必死です。ケビンが優れているのはそれらの年上の選手にも、良いプレーには「グッドプレー」。を叫び、時には握手を求めることもしました。この「広い心」。がケビンを認めさせることにつながるのです。


ミドルスクールではケビンは、逆に人気者です。特に、Satoru Hanamura(さとと呼ばれてました)と言う名の選手と非常に仲がよかったのです。サトは名の通り日系人でケビンと同じガードのポジションでした。二人はサンダーのスターターでどちらがポイントガードかシューティングガードか相手の選手には判りませんでした。ケビンとサトはポジションをよくスイッチし相手に混乱をさせたのです。サンダーがチームとして得意なのは「ローリング」、と呼ばれるフォーメーションで選手5人か4人でペイントエリアの周りをグルグル回りながらショートパスでまわし、相手を翻弄する作戦です。あまりに相手が走り回るので、相手のマークがずれ、フリーな選手が生まれるのです。そのときにキラーパスをするのがケビンとサトでした。ローリングを行うと合計で10人近い選手が入り乱れて動き回る為、殆どの場合、相手はゾーンディフェンスに切り替えます。そのため、必ずフリーな選手が生まれます。また、カットインプレイも生きやすく、サンダーはかなりの得点をこの方法で稼いでいました。

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