第3話 フリーセッション

ケネディスピードウェイからデポール大学行きのバスがターンパイクを下りてフラートン・アベニューを進むと、そこにはアメリカの典型的なキャンパスが待っていました。その当時流行のレンガ造りのビルが立ち並ぶキャンパスでした。歴史の長いヨーロッパへの憧れが見え隠れする建築物が並んでいます。ケビンが向かっているアスレティック・センターはフラートン・アベニューのシェフィールドにあり、すぐに見つけることが出来ました。ケビンが着くと、大男の一団がすでにそれぞれ好きなウォームアップをしています。柔軟体操をしているのもいれば、レイアップシュートやスリーポイントシュートをしているのもいます。どう見ても、全員プロのバスケットボール選手です。ケビンは半分の名前を言えました。その中でも一段と背が高いマイカンさんはドリブルからダンクシュートを何度となく練習しています。(ダンクとはもともとパンやドーナッツをコーヒーやミルクにドボンとつけて食べることを意味しています。容器の上からドーンとほりこむ行為のプレーです。)リング(バスケットとかバッケットとも言います。)は下から10フィート(305cm)の高さからですのでボールの大きさ(日本では正式球の7号)のをたしてその上に手の平がくることになりますから、その高さは想像していただけると思います。マイカンさんはそのダンクシュートを軽々とやってのけます。


突然、後ろから「君はだれかね?」、と腕をつかまれました。今日、これで3回目です。 「はぁ、はい、ケビン・マクドナルドといいます。マイカンさんに招待されました」。 すると上から下までなめるように見ながら、「君のようなミドルスクールの子が招待されたって?」、といぶかしげに見るんです。「ジョージ」、と、大きな声を出して、「この子が君に招待された、と言っているんだが…」 「その子はいいんだ。僕が招待したんだから。ケビン、ロッカーで着替えてきな。ロッカーはそこの奥だ、わかるな?」 「はい、通ってきましたから」、といってケビンはダッシュで跳んでいきました。すると、ロッカールームに入ると「ジョージ・マイカン」、と書かれた金色のプレートの隣に「ケビン・マクドナルド」、と書かれた紙が張ってありました。ケビンは感激しました。たとえ紙でもマイカンさんのロッカーの隣に名札付の自分のロッカーがあるだけで幸せです。後で、そっともらって帰ろう…。


アリーナに入るとすぐにウォームアップを始めました。もちろん目はプロ選手の動きを追っています。ほとんどが2mを越す選手で、もちろんケビンが一番小さいはずです。ケビンにはいつも決まって行う練習があります。ラックからボールを2つ取り出して右手と左手の両方でドリブルする練習です。しかも、ボールは互い違いに突きますので丁度、ピストンの動きになります。自分ではピストンドリブルとよんでいましたが、ケビンのチームでは誰も真似が出来ません。そして、今度はピストンドリブルをしながら走り、リングの右からは右のボールを片手でレイアップします。それを見ていた選手たちは、「おい、ジョージ、この子は誰なんだ。すごいドリブラーだなぁ!」と、いって驚いています。もっとも、この練習は自分で考えたものですから、見たことがないでしょうし、それに身長が大きな選手は平均してドリブルが苦手な選手が多いのです。あまりドリブルをするポジションの選手ではないのです。大きな選手はまずリングの付近まで走っていき、パスを受けてシュートしたり、パスをしたり、相手選手をブロックしたり、リバウンドを取るのが仕事なんです。


「ケビン、準備はいいか?オネスティー・マッチを始めるぞ!」 「マイカンさん、オネスティー・マッチってなんですか?」。みんながクスクス笑っている。 「オネスティー・マッチとは正直に自分で申告するレフェリーなしの試合で、試合が止まらないからどんどん選手交代をしながらやるゲームさ。プロではよくやるんだ」 「はい、判りました。では、僕はベンチで見ています」 「いやいや、来ている選手を見ていると、ポイントガードがたりない。僕のチームのポイントガードをやってくれ」。ガーン。どうしよう、とうろたえました。相手はプロのバスケットボール選手でこちらはミドルスクールの一選手。身長、体重、スピード、テクニック…と何から何までレベルが違います。これは断ろう、と思った時、マイカンさんの鋭い「目」がケビンをにらんでいます。「さぁ、みんな。はじめよう」ベンチに向かう選手の一人にポイッとビブスを投げられました。「ぼーや、グッドラック!」。


不本意ながらもう後には引けません。ケビンとマイカンさんを含めて10名が試合前の挨拶(握手)をはじめています。片手でボールを鷲掴みしながら、「では青組みのスローインから始めよう。赤組はマンツーマンでいこう。20分2本でいくぞ」、と敵側にボールを渡しました。さぁ、困りました。ケビンは誰について守ればよいのか判りません。一番背の低い選手はスローインする選手に付こうと思ったのですが、二人ともすでにマークされています。ケビンは助けを求めてマイカンさんを見ましたが、彼は指で「目」。を指したのです。「目?」。どういう意味だろう。でも、すぐに判りました。通常、ポイントガードにはポイントガードが付きます。つまり、スローインのボールを受ける選手がケビンの相手なのです。マイカンさんはそれを選手の動きを見てつかめ、といっているのです。ケビンは周りをよく見ました。すぐにわかりました。相手の10番の選手です。彼は味方のブロックの影から抜け出して、まさにボールを貰おうとしています。ケビンはダッシュ一番、10番の選手めがけて矢のように走りました。上手な選手はスポーツに関係なく球技であれば、ボールを受け取る前にまず周りの敵と見方の位置を確認します。ルックアップと呼んでいますが、10番の選手はこのルックアップをしない、という決定的なミスを犯しました。しかも、1m90cm位の大きなポイントガードですので少し動きが鈍かったのです。ケビンはバウンドパスを払い、そのまま、リングまでスピード乗っていきました。「Way to go, Kevin!」、と、マイカンさんが怒鳴っています。


あのシュートは、ケビンが一生忘れられないシュートのひとつになりました。いつもより、少し遠くから飛び上がったのですが、跳躍力が伸びたのか、火事場の馬鹿力なのか、アドレナリンがどっと出たのかは判りませんが、フリースローラインからレイアップシュートを決めました。(後年、マイケル・ジョーダンがそのフリースローラインからダンクシュートを決めています)これを見ていた選手や警備員全員が天を仰いで首を横にふっています。驚愕の表情です。ただ、マイカンさんだけはじっとケビンを見つめて頷いています。


もう一人、このプレーを驚嘆の「目」。で見ていた人がいました。彼は、即座にノートを出して何か、書き込んでいました。


試合時間の半分くらいのプレーをしたケビンはもう走れないくらいへばっていました。合計で4スティール、8ポイントの得点をしました。しかもマイカンさんへのアリュープパスを含めて10アシストでした。プロ選手はシーズンオフで体が鈍っているとはいえ、ケビンの活躍は現役のプロの選手を相手に信じられない成績です。マイカンさんはケビンに近づき「ケビン、今日は楽しかったかい?」、と、肩を抱きながら言ってくれました。もちろんですと答えると、これからみんなで一杯呑みに行くから一緒に行こうと誘われました。時間もまだ午後3時ですからついていくことにしました。シャワーを浴びているときにみんながケビンのプレーを褒めてくれました。着替えてからロッカーの名札を剥ぎ取りバッグに入れました。その後、マイカンさんが母のクリスティーナに事務所から電話して、必ず車で送るので心配しないように、と気を使ってくれました。


29歳のマイカンさんはNBAになってからはミネアポリス・レイカーズの主力選手として活躍していました。ミネアポリスはもちろん、地元のシカゴでも絶大の人気です。しかも、今日は何人もテレビで見慣れているNBAのいろいろなチームの選手が一緒です。それになんといっても2mを越している選手ばかりですから目立ってしようがありません。別に一般の人の前に出ることをいやがっているのではなく、危険なのです。興奮した一般人は時には競って暴徒化することがあるのです。簡単に「一杯呑みに行く」、といっても、一般の人とは異なって気軽にどこでもいいと言う訳にはいかないのです。まず、マイカンさんたちが場所を話し合って決めたレストランやバーを専属の警備員に伝えます。警備員はそのレストランやバーに連絡して個室の予約をいれ、そこまでの車の手配と入り口の確保をします。それに、レストランやバーでの接客係は当然、口止めをしなくてはなりません。特に、アルコールが入った人が多いときには重要です。


全員はようやくミシガン湖のほ通りにあるノース・レイク・シュア・ドライブ沿いにある「The Drake」、と呼ばれるドレイクホテルの「ドレイクブラザース」、というステーキハウスに到着しました。もちろん裏口から警備員に誘導されながら、従業員の廊下を通ってたどり着きました。スポーツ選手ですからみんなステーキをこよなく愛しています。ディナーの前に、みんなはビールなどのアルコールを頼みましたが、ケビンはもちろん未成年ですからコークです。主に、みんなは終わったシーズンのことを話していました。どことどことのあのプレーはどうだったか…など、とめどもない会話が続きました。こんな話はケビンでも日常茶飯事的に友達としますが、大きく違うのはそのプレーをした張本人が話しているということです。マイカンさんお勧めの特上のシャリアピンステーキを平らげたケビンは世の中に、こんなおいしいステーキがあったなんて信じられませんでした。


それで、全員がディナーテーブルを離れ、アフタードリンクとデザイートに移るとマイカンさんがいろいろな話をしてくれました。「ケビン、今日はありがとう。君のすばらしいプレーをみんなが褒めているし、君とのプレーを楽しんだ、と言っているよ。私も、楽しんだよ。ありがとう」。ケビンは、「いえ、お礼を言うのは僕のほうです。こんなすばらしいプレーヤー達と一緒にゲームをさせてもらってありがとう御座いました」、と丁寧に言いました。「ケビン、実は君のお父さんのエイドリアン・マクドナルドさんには恩があるんだ」 「恩ですか?」 「そうなんだ。僕は大学まで出さしてもらっているんだが、10歳くらいの頃、君のお父さんがシャムロック・スターで活躍していたことすごく勇気付けられたんだ。あの当時、大恐慌の時で僕の家庭もそうだったように、ほとんどの家庭が暗かった。でもみんながシャムロック・スターとお父さんの活躍に勇気付けられ、次の日もがんばろうと思ったものなんだ。お父さんはジョッキーにしては大柄だし、シャムロック・スターはまわりの馬に比べると数段、小さな体だ。そんな、ハンディーを持ったコンビが頑張っている事に勇気づけられたものさ。だから何か恩返しがしたかったんだ。それで、シカゴのスポーツ関係の名士と呼ばれる人たちの集まりがあって、マルディーニさんに会ったんだ。少ない金額だけれどもスポンサーにもなったんだ。無理にお願いしてシャムロック・スターとお父さんに合わせてもらった、と言うわけなんだ。そこに君が来て、1対1をさせてもらった。そのときは、それでちょっとは恩返しができた、と思ったんだが、君のプレー中の『目』を見て、もっと、君にできることがあると気づいたんだ」 「そうだったんですか。いえ、僕は親父が尊敬に値する最高の父親と思っていますが、いろんな人にそんな勇気を与えていたなんて知りませんでした。ありがとう御座います」。


「ケビン、あの時、君は今のパワーフォワードに向いていないんじゃないか、と悩んでいたよね。それで、きょうのプレーで判ったと思う、正直に言おう、君はミドルスクールのレベルだとパワーフォワードでいいのかもしれないが、ハイスクールやカレッジ、プロと進むのなら、むしろポイントガードやシューティンググガードの方がいい。きょうの連中はほとんどが2mを越している選手だから身長で君はフォワードとして勝てるわけがない。しかし、君には『小さい』と云う能力を神様が与えてくださった」 「『小さい』と言う能力、ですか?」 「そうだ、いいかい、僕を含めて大きい選手はリング下での有利さは確かにある。だから、得点を一杯入れられる。しかし、でかい分だけ、小さいプレーヤーに比べてスローだし、ドリブル、パス、スティールが苦手だ。君は、きょうの動きではっきりしたのはポイントガードやシューティングガードの方が絶対に向いている。あとは、君が、それを望むかどうかだ。いったん決めたら、今からでもシューティングガードになりきるべきだ。最後に、僕が保障するよ、君の能力はいずれNBAで語り継がれる選手になる可能性があるって。君の瞬発力、ドリブルの速さ通りズム、体力、筋力、跳躍力、そして最後に君は『目』を持っている。周りを見る目、ゲームやチームをコントロールする目。そこが一番大切な君の能力だよ」。


「マイカンさん、わかりました。いままで、悩んだことがうそみたいです。僕はポイントガードかシューティングガードを目指します。自分でも、きょうのゲームで確かめることができました」。ケビンは声を落としてこうささやきました。「だって、大きいプレーヤーは足元が弱いんです。バウンドパスさえしておけば結構、楽にパスできますから…」これを聞いたマイカンさんは大きな声で笑いました。一本取られた、と言う感じです。「それはよかった。少しでも君のお父さんに恩返しができてうれしいよ」 「きょうは、フリーセッションに呼んでいただいて本当にありがとう御座いました」。


その夜、マイカンさんとフリーセッションの話をケビンはエイドリアンじいさんとクリスティーナに熱く語りました。マイカンさんが、もともと、シャムロック・スターとエイドリアンじいさんにあこがれて救われることが多かった話では、二人とも感謝していました。いつか、何らかの形で、「お礼をしなくてはならんな」、とうれしそうに、エイドリアンじいさんは言っていました。ケビンは両親に、このまま、ハイスクールまでのポイントガード、またはシューティングガードのポジションにチャレンジして、何とかなるようならプロに行きたいと宣言しました。

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