第16話 海へ

とりあえず、急かされるように「城から出発するのだ!」と王様が言ってくるので、馬車に彼女と一緒に乗り、セルムーンへと向かうことにした。馬車に乗る際に彼女が「クッションが欲しい」と言ってきたので、王様がクッションを取りに走って取りに行っていた。あの光景はちょっと面白かった。

馬は一頭で僕たちと馬車を引っ張ってくれているので、馬には感謝したいと思う。馬の手綱を握っているけれども、強くは絶対に引っ張らないからな。

そして、馬車が城から出て少しずつ城が小さくなっていくにつれて彼女が鼻歌を歌い始めた。


「何か楽しい?」 僕は彼女に聞いてみる。

「だって、初めて城から出たからうれしくて……えへへ」 彼女は笑いながらそう言ってくる。


「初めて城から出る?」

「そう、初めて城から出たの」

ということは、もしかして彼女は城の中にずっといたということになるな。もしかして、本当に月の間の中に居たのか?


「もちろん私の役割は月の武具として勇者を待ち、勇者が現れた時に契約し共に行動するっていうものだけれども、やっぱり私にも自由が欲しいのよ」

「今まで見た限り、君はとても自由そうに見えたけれどもね」


僕は、思っていた通りに彼女のことを彼女に伝える。


「はぁ……これだから勇者のなりたては困るわね」

ため息をつき、彼女は呆れた顔をして僕の方を見る。


「いい? 私はあんたみたいに生まれてからこのかた、のほほーんと暮らしたことがないわけよ。そもそも、あんたはどうせ教育生だとかそういう感じで一回招集されて、いろんなことを学びに、いっかい街の外に出かけたことがあるでしょ?」

「まぁ、教育生になるのはこの国の国民である限り義務だからなぁ……」

「私は、その国の国民じゃないのよ! こんなにも人なのに、こんなにも可愛い人なのに、形式的には武器なのよ! それも、お前みたいな頭の弱そうな勇者!」

「……」

こらえるんだ。こらえるんだ僕。


「本当に、自由が欲しいわよ。一人で旅をしてみたいし、一人じゃなくとも好きな場所へ行ってみたいわ」

「……」 

彼女はかなりむかつく。かなり腹が立つ。だけれども、彼女の思っていることも分かる気がする。僕も似たような経験をしたことがあるからだ。確かに、彼女が自由でないといえば自由じゃない。決められた人生で、決められた役職に就くことにしかできない。これは自由とはいえないだろう。


「……じゃあ、行ってみたいところってある?」

「えっ?」


このまま、彼女に言われづくして終わるような僕じゃない。もし彼女がそこまで自由になりたいのであれば、自由に旅をしてみたいのであれば、僕はその意見に従おうと思う。王様や兵士の人はこの国が魔物に襲われていて危ないとか言っているけれども、僕はそんなに気にしていない。というか、ぶっちゃけていうと興味がないんだ。そんな、僕に勇者とかいきなり役職をつけられても、いきなり世界を救えだとか言われても、正直実感がわかないし、彼女を武器化して戦っても勝てるとは到底思えないんだ。


「うーん……」 彼女は腕を組み、悩む。


そして、僕の顔を見てこう言った。


「海が見たい」


静かな声で、すこし恥ずかしそうに小さな声で僕に言った。本当に同い年なのかわからないほど、彼女の顔は幼く見え、少し可愛く思えてしまった。


「分かりました。じゃあ、セルムーンに向かう前に海に行きましょうか」

「でも、早く向かわないといけないんじゃないのか?」

「いいんですよ。どうせ、僕やる気ないですから」

「そっか……じゃあ、早く迎え! 勇者よ!」


最後は彼女らしい口調に戻った。じゃあ、早速海へと向かうことにしようか。

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