第2話 懇願する人

ある日の朝、僕の名前を呼ぶ声が聞こえたんだ。

ものすごく大きな声で、ものすごく荒々しい声で僕の名前を呼んでくる。

はっきり言って、うるさいという気持ちしかなかったけれども二階で寝ている僕には関係ないと無視をしていた。

だけれども、僕の名前を呼ぶ声に母親が加わった。母親は「早く降りてきて! 兵士さんがあなたを呼んでるわよ! 何を悪いことをしたの?」と、荒々しい声よりも大きな声で言ってくる。

母親の機嫌を損ねると、かなり面倒になるのは僕は幼いころから知っている。僕が徴兵に行く時だって、迎えに来た兵士に対して「なぜ、そんなに顔色が悪いのか」から始まりさんざんとその兵士に対して説教をして、そのあと兵士から「なんだよあれ」と小言を言われたことは、今でもいい思い出だ。


だから僕は母親だけに対して「今いくよ」と言った。なぜ兵士が来ているのか分からないし、僕は悪いことをした覚えもない。むしろ悪いことをした時にやってくるのは警兵なのだから、兵士がやってくるなんてそもそもおかしはずだ。徴兵逃れをしたからやって来たというならともかく、徴兵の役をしっかりと終えた善良な国民に対しては、おかしなことだ。ふざけやがって。


とりあえず、下に降りて母親と会った。母親は、まさしく僕がいい思い出だと思っていたことをやってくれている。


「あぁ、もういいですいいです」

「何がいいですか! 兵士たるものしっかりとしたものを食べなければいけません!」


母親は、自分が作った料理を兵士たちにふるまう。悲しいことに、僕の母親が作る料理は、およそ料理といっていい代物では無い。あえて言うんであれば毒物といっていいだろう。

兵士が拒絶するわけも分かる。


「本当にいいですから……あっ、君がエルマレルの末裔か?」


あぁ、どうしよう。この兵士もかなりの変わり者のようだ。伝説の類を信じるかなりの変わり者だ。


信じるものは、救われるとか言うけれども、これほど救われない信仰もあるんだな。


「確かにそう言われていますけれども、それは伝説ですよ?」

「いや、伝説では無い!」


伝説を否定するとは、中々の人だ。ここまで自分を信じる力が強いと、今まで生きてきた中で辛いことなんてなかっただろうな。


「私たちは、王の命を受け伝説の勇者を探している」

「はい」


「はい」以外の言葉は僕には考えられなかった。

僕が信じて戦っていた一番上の人間が、ここまで狂っていたと知ってしまい、僕はかなりつらくなってしまった。


僕が、「はい」と言った後、兵士は僕の顔をまじまじと見て、最後には泣き顔でこう言ってきた。


「例え……君が、伝説の勇者の末裔じゃなかったとしても、私には家族がいるんだ……」

「え?」

「勇者の末裔ということで、王の元へ一緒に行ってくれはしないか?」


はぁ……。僕は、こんなに泣いて懇願する人間を見るのは初めてだよ。それも僕に対してなんだから……すごいよ。

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