第2話ランチタイムの紛争
真陽奈とリサと僕はそろって玄関を出て、表で待ってた伊緒と合流する。
まあ僕たち四人は一緒に登校するんだよね。
伊緒とリサと僕は同じ校舎だし、真陽奈も同じ学校の初等部だから。
右に巨乳、左にロリ、背後に金髪。
こんな雅やかな登校スタイルだと、僕なんかあらゆる学校の男子学生から嫌われるんだけども。
彼女たちの配置はいつも通りだった。
でも今日は……なんだか近いな! いつにも増して。
右肩はちょっとした動きで伊緒の肩に触れるし、左手は真陽奈の右手に握られている。
いつもはそこまでしないのに。
そして後ろ。
僕の踵はもうさっきから何度も、リサのつま先に踏まれている。
「おうっ?!」
また踏まれた。と同時にリサが、僕の後頭部へスポーツバッグをぶつけてくる。
「まともに歩くこともできないの、グズ」
「リサ、もうちょっと間隔をとってみるのも、理知的な一つの答えだと思うよ?」
「アンタがあたしの歩調に合わせるのが、主従ってもんでしょ。変態の分際で口答えなんて、慎んだらどう?」
主従て。
コイツは従兄弟という関係性に独自の解釈を持っているらしい。
もう一言言い返そうとしたとき、前方からクラスメートの女の子が挨拶してきた。
「おはよー、高田くんたち。いつも仲いいね」
「あ、おは……」
僕は右手を軽く挙げて会釈しようと思ってた。
でも右手が上がらない。
隣の伊緒は、爽やかに挨拶を返す。
「おはよー」
その伊緒が僕の右手首を固く握りしめ、動かせないよう抑えつけているんだもの。
クラスメートは、何故かちょっと寂しそうな表情を見せると、先へ歩いて行っちゃった。
「伊緒……」
「明人くん、あんまり愛想をふりまくと、女の子に軽い奴だって誤解されちゃうよ?」
「そ、そうかなぁー?」
僕にはそれくらいのほうが、好ましいように思えるけど。
僕の左側で真陽奈が口を開く。
「あの女、さっきからこっちをちらちら見てたのよさー(棒」
真陽奈は左手に持ったチェーンソーを、控えめにぶいんと鳴らした。
さっきというと、リサがバッグをぶつけてきたあたりか。たぶん。
僕は顔を左右に振って、伊緒と真陽奈の顔色を伺いながら言った。
「そりゃ見ちゃうでしょ、誰だって。こんな集団がいたらさー」
「そうそう、珍しかったのよねー、きっと。従姉妹にキスする変態とかは。まあイトコ同士って結婚はできるけどねー」
後ろからリサが言うと、クマのある目に余裕を滲ませて真陽奈が返す。
「フッ、イトコなど所詮、結婚できてしまうレベルの赤の他人よー。血を分けた兄妹の絆にはかなうまいのさー(棒」
取り残されたと思ったのか、伊緒が無言で、ぎりぎりと僕の手首を握り締めてきた。
「伊緒……さん? 強いです……力が……とっても……」
「やっぱり明人くんって、繊細なのかな。ふふっ」
「へへっ……」
伊緒が爪を立ててるから、もしかしたら血が滲んでるかもしれない。
「ふふふっ……」
それでも伊緒はにこやかだった。
後ろからリサが、僕の踵をぐりぐりと踏みつけてくる。
「ちゃっちゃと歩く。遅刻したらアンタのせいだからね」
僕たちは通学路を進んだけど……。
女が近づくと真陽奈がチェーンソーを振り回し、伊緒はにこやかに僕の手首に爪を立て、リサは青い瞳をそっぽに向けて僕の踵を踏んづける。
この桃色の緊張感は、校門をくぐってからさえしばらく続いた。
午前中の授業は平穏のうちに終わり、昼休みになった。
僕の前の席に座っているリサだけが同じ教室だけど、リサも一人だと比較的に大人しい。
比較的に、だけど。
リサが金髪を揺らしながら振り返って、声をかけてきた。
「アンタ、お昼はどうするの? 学食? 購買パン?」
「う~ん……」
僕は軽く悩んだようなフリをしたあと、晴れやかな笑顔を見せて言った。
「いつも誰かが、何か分けてくれるから!」
「くっ……!」
リサは一瞬ひるんだような様子をみせると、渋々といった感じで言う。
「しょ、しょうがないわね……今日はあたしのお弁当分けてあげるけど、アンタ手づかみだからね!」
前を向いて自分のバッグをごそごそ弄りながら、リサが顔を半分だけこちらに向けた。
頬にちょっと赤みが差したような。
「な、なんならさ、自分の分を詰めるついでにだけど……アンタの分も作ってあげようか、お、お弁当……」
リサがこんな提案をしてくるなんて、何かあったのか……そういやあったっけ、今朝。
僕が答えようとする寸前、机に影が落ちてきた。
伊緒だった。
大きな胸の下に、弁当らしき大きな包みを抱え、隣のクラスから走ってきたのか、若干息を弾ませている。
伊緒はにこやかに言った。
「いいよ、リサちゃん。わたし、明人くんの分も勘定に入れて作ってきたから!」
「いいって、伊緒ちゃん! コイツに伊緒ちゃんのお弁当なんて贅沢よ!」
僕を無視してリサが手を振るが、伊緒はにこやかに食い下がる。
「でも、リサちゃん。リサちゃんはいっぱい食べて、育てなきゃいけない場所があるでしょう?」
その挑発的な一言に対し、リサは顎を引いて、冷ややかに答えた。
「……育ちすぎるとバカに見える場所のことなら、今のままで十分だから。あたし、知性派だし」
「……」
「……」
一瞬の沈黙のあと、二人は素早く動き出した。
リサは椅子をくるりと回してこちらに向け直すと、僕の机の上に弁当をどんと置き、伊緒は隣の席から椅子を奪うと、僕の机の上に弁当をどんと置く。
いそいそと包みを開けようとしている二人に向かって、僕はつい言ってしまった。
「今日もいっぱい食べられそうだな~」
二人の動きがピタリと止まる。
リサが顔を横に向け、無表情で言った。
「……その言い方、なんかムカツク。やっぱ伊緒ちゃんの栄養たっぷりなお弁当、ご馳走になれば? あたし、脳の栄養補給にたくさん食べなきゃならないし」
そして、玉子焼きをフォークで自らの口に運び、もぐもぐやりはじめる。
リサなんてこんなもんだよっ!
期待をこめて伊緒に視線を向けると。
「明人くんてそういうとこあるよねー。すぐ付け上がるっていうか、図に乗るっていうか、人の好意に感謝が足りないっていうか。あと、すぐ変な屁理屈で人を煙に巻こうとするのもどうかと思う」
伊緒は眉間にしわを寄せ、箸でサラダのプチトマトを次々と自分の口に放り込んでいく。
ぐっ……。こっちには何も回ってこないよ!
二人は黙々と食事を進める。
僕は控えめに自分の存在をアピールしてみた。
「……き、君たち?」
「リサちゃんのその玉子焼き、おいしそう」
「その料理なに? 伊緒ちゃんのオリジナル?」
「交換しよっか? リサちゃんに味見してもらいたいな」
「しよしよ!」
やっぱり無視ですよね!
もう学食にも購買パンにも一足遅いかもしれない。
このまま二人のお慈悲に期待するか、それとも購買の残り物に賭けてみるか。
笑顔を凍りつかせたまま、無言で選択肢を探っていると、聞き慣れた抑揚のない声が聞こえてきた。
「お兄さまー(棒」
教室の出入り口に真陽奈が立っていた。
右手に給食のパンを掲げて振り、左手には子供用チェーンソーを下げている。どこまでお気に入りなんだよ?
真陽奈はいつもながらの、目が笑ってない笑顔で教室に入ってくる。
「給食のパンに、真陽奈の嫌いなレーズンが入ってたのー。お兄さま、かわりに食べてー(棒」
真陽奈は僕に向かって、ずいっとレーズンパンを差し出してきた。先っちょが一口だけかじられている。
「真陽奈、それだけのためにわざわざきたの?」
「真陽奈ちゃん、ちゃんと食べないと大きくなれないよ」
伊緒がたしなめるとリサも続いた。
「真陽奈ちゃん、この前、袋入りのレーズンぱくぱく食べてなかったっけ?」
「食べてー(棒」
真陽奈は聞いちゃいない。
「でもおまえ、それで足りるのか? 育ち盛りなのに……」
「食べてー(棒」
「それじゃあ……もったいないから……」
僕は真陽奈からパンを受け取ると、かじりかけの部分からかぶりついた。
「レーズンパンも懐かしいな。おいしいのに」
もぐもぐと咀嚼する僕を上目遣いで凝視しながら、真陽奈がつぶやく。
「クッ……ククク、間接、キス……」
「ハハハッ、間接キスとか、真陽奈もまだまだ……ぐおっ?!」
伊緒とリサが、それぞれのおかずを僕の顔面に突き立てて、二人同時に真陽奈に向かって宣言した。
「間接キス!」
間接キスて。
リサの玉子焼きは僕の左目に刺さり、伊緒のウインナーは右の鼻の穴に刺さっているのに。
真陽奈が腹を立て、チェーンソーを構えてぶいんぶいん鳴らす。
「真似するんじゃねー、メス犬どもがー(棒」
それを見て、教室の中で昼食をとっていた他のクラスメートたちがクスクス笑う。
どうも彼らは、真陽奈の神経を逆撫でしてしまったらしい。
「見世もんじゃねー、おどれらも道連れじゃー(棒」
真陽奈は身体を中心にして、コマのように回転しながらチェーンソーを振り回し、クラスメートたちの方へ突っ込んでいった。
途端にガタガタ、ぶいんぶいんと大騒ぎになる。
「うおおおっ?!」
「高田くーん!」
「明人ぉーっ!」
「これ痛ぇこれ痛ぇ」
「真陽奈ちゃん、いい加減にしないと……」
「それ、やめてって言ってるでしょ! ちょっと明人、なんとかして!」
向こうは向こうで楽しくやってることだし……。
僕はレーズンパンを主食にして、伊緒とリサの弁当からおかずを頂いていた。
二人とも料理が上手だね。
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