第一章 ディバース・ワールド
第一章-1 『邂逅』
気がつくと、ライアはベッドの上に横たわっていた。どうやら、ここは家の中らしい。ふと見ると、ライアの腰の上に、少女が覆い被さるように眠っている。
それは、透き通るように艶めく白銀の髪と、蚕の繭のような美しい素肌を持つ少女だった。薄汚れた世界で生きてきたライアにとって見たことのない、人形のような美貌に目を奪われる。
頭の中を整理しようとしたが、この子と出会った時より前のことは思い出せなかった。何か大事なことを忘れているような......。
「んん......? あれ......?」
少女が眠たげに目を醒ます。
「あっ、良かった! 気がついたのね! ずっと眠ってたから心配してたんだよ?」
「......ずっと寝てたのは君もだと思うんだけど?」
「ええっ!? 私ここで寝ちゃってたの? うー、恥ずかしいなぁ......。目が醒めたなら起こしてくれれば良かったのに」
「ああ、悪い。俺も今目が醒めたばかりだからな。君が俺を助けてくれたのか?」
「助けたなんて大層なことはしてないかな。あなたが森の中で倒れてるからここまで運んできただけよ。あと、腕の怪我は治療しておいたからね?」
「腕......?」
そういえば、森の中で目覚めた時、ライアの腕は肉が抉れて酷い有様だったはずだ。それが、もう傷跡も残らないほどに完治している。
「そうか、俺は長い間眠っていたんだな」
「うん、丸一日くらいかな」
「えっ?」
今、一日と彼女は言ったのだ。あれほどの怪我が一日で治るだろうか?
ライアは特別に怪我の治りが早い体質というわけではないのだが。
「
聞き覚えの無い単語に頭が混乱する。
ーーー魔法?
「そろそろあなたのことも教えて欲しいかな。どうやって、何の為にここに来たの?」
周囲の空気が一瞬、冷たくなった気がした。
「俺は......気がついたらここにいた。その前のことは、思い出せない」
「......もしかして記憶喪失、だったりする? 名前も思い出せない?」
「俺は......ライア、ライア・グレーサーだ」
「ふーん。ライアって言うんだ。じゃあ私も自己紹介しなきゃね」
ーーー私はリリアンネ・ヘインズワース。いや、リリアンネ・
少女はこわばった顔でそう名乗った。
「リリアンネさん、か。素敵な名前だな」
「......え?」
リリアンネは拍子抜けしたような声を上げる。
「驚いた。あなた、本当に記憶が無いみたいね」
「だから、そう言ってるじゃないか。それともリリアンネさんは、そんなに有名人なのか?」
「まあ、うん、そうかな。本当に、
「えっと、何かごめんな?」
「良いの良いの! それよりライア、あなた記憶喪失なら行く当ても無いでしょう? それならしばらくはここに泊まっていったらどう?」
「いや、悪いよ。リリアンネさんにはとても世話になったし、これ以上迷惑は掛けられない」
「遠慮しないで良いの。ここは私1人しか住んでないから。それに、ライアはまだ病み上がりなんだから無茶したらダメなんだよ?」
と、半ば押し切られるような形で、ライアはこの屋敷に滞在することとなった。
「それと、私のことはリリィって呼んでほしいな。さん付けだと何か変な気分だからね」
***
《森の屋敷》
屋敷で目を醒ましてから早3日。その間にライアはリリィから様々な話を聞いていた。
ここはセルリオン王国の北西端。魔法都市エンデュミアの郊外の森の中。この滅多に人が立ち寄らない場所にリリィは1人で住んでいたそうだ。
それに、ここに来てから頻出する“魔法”という単語についてだが、どうやらこの世界では“魔法”は至って常識的なものであるらしい。ライアの腕が一日で完治したのもリリィの回復魔法のおかげだという。
ーーーこの世界はね、魔法が支配しているの。
ーーー私はこの世界が、大嫌いだから。
リリィはそう言っていた。
彼女の過去に何があったのかは分からないが、何か事情があるのだろうか?
また、不思議なことに言語は通じるのにこの世界の文字を読むことは出来なかった。これに関しては、リリィ曰くこの世界全体に『シンギュラリオン』という拡大魔法が掛かっており、お互いの話す言葉が自動的に翻訳されているらしい。一方で文字に関しては、自分で覚えるか解読魔法を使う必要があるのだ。
そこで、ライアも魔法が使えるか試してみたのだが、これが全然ダメだった。
魔法の機構を簡単に説明するなら、大気中に存在する“マナ”という物質を体の中に取り込みそれを循環させて排出する、ただそれだけだ。
詠唱によってマナが体内を循環する際に発生する人体との抵抗によって“導力”という力が発生し、それによって多種多様な“魔法”を行使する事が出来る。
魔法には土・水・風・無の基礎4属性と光・闇・幻・火の上位4属性が存在し、その中でも攻撃魔法や回復魔法などの分類がある。
また、生まれつき使える属性が限定されていることもある。
そして、この世界には魔法を管理し統制する魔導騎士連盟という機関が存在し、魔法の才に秀でた者を選抜し、魔導騎士として警察的な役割を執行しているらしいということも知った。
魔法の才能の基準としては、使える種類、詠唱速度、マナの貯蓄量の3点で決定されるのだが、ライアの場合は、マナを取り込むことは出来ているらしいのだが、それの放出がうまく行えず、ほとんどの魔法が使えなかった。
唯一使えたのは、闇属性の最も初級の魔法である『ソルガ』だけ。
リリィによれば、上位属性魔法は熟練すればとても強力だが、それまでは基礎属性に劣ることも多いのだとか。
ライアの腕を治した魔法の技術を見るからに、リリィは相当な魔法の使い手らしい。
その彼女がそう言うのだから、現時点でのライアの魔法の適性はとても低いと宣告されたようなものだ。
ーーー魔法の詠唱速度が異常に速いことを除いては。
「本当にライアったら不思議ね。マナの貯蓄量は人並みで使える魔法は1つだけ、詠唱も今は不安定だけど、うまく出来た時の詠唱速度は多分私より速いんじゃないかな」
練習中に放った魔法はリリィを驚かせるほどの速度だったが、その後しばらくは新しい魔法が使えるようになることは無かった。
時間は過ぎて行き、ここに来て1週間となった日の夜。ライアはベッドの上で寝転がりながら考え事に耽っていた。今日は隣にリリィはいない。というか、20近い男女が同じベッドで寝ていたこと自体が問題なような気がするが......
話は初日に遡る。
「ベッドはライアが使って良いからね? 私は床で寝るから」
「いやいや、俺はただの居候なんだから俺が床で寝るよ」
「ダメだよ、ライアはまだ病人なんだから安静にしてなきゃ!」
「もう治ったから大丈夫だって。ていうか俺は病人じゃねぇし」
「まったくもう、ここの家長は私なんだから私の言うことには従ってもらうからね?」
「嫌だね。女の子を床に寝かせて自分はベッドとか俺のプライドが許せないな」
「むぅー。強情だなぁ......。あっそうだ、良いこと思いついた!」
「ん? どうした?」
「ライア、いっしょに寝よ?」
「......え。」
ーーー流石にその発言は破壊力ありすぎだろ......。
とか思ったが、もう疲れていたので黙って従うことにした。
次の日に起きるとリリィが抱きついてきていたりして心臓に悪かったのだが、そのリリィも今日は居ない。
何か用事があると言って出かけていったようだが、久々に1人になったので、少し考えを纏めよう。
今日に至るまで、幾つか不審に思った事がある。まず1つはこの一週間、屋敷には誰も訪れなかったこと。いくらここが辺境の地と言っても人の気配が無さすぎる。
もう1つはリリィがこの森から出るのは危険だと言っていたことだ。森の外にはライアの知らない何かがいるのだろうか?
ーーー考えても結論は出なかった。
静かに眠りに落ちてゆく。
***
《商業市街ヴィネル》
月明かりが照らす、夜の街。皆が寝静まった刻にて、少女は1人彷徨う。
誰も少女の存在には気づかない。
幻属性魔法『ルインクレイズ』、この魔法は周囲にいる相手からの知覚を遮断し、直接凝視でもされない限りは姿を隠すことができる。
少女は店に忍び込み、品物を物色して、少し多めの銅貨を置いて去って行く。それを何軒も繰り返し、少女は街を出て行った。
「......これでよし、と。荷物の量が増えると大変ね」
少女は薄ら笑いを浮かべながら歩いて行く。
「これが、このまま続けば、それでいい。それだけで私は......」
少女は気づかない。
後ろから見ている影の存在に。
その影もまた、嗤っていたことに。
影が、動き出した。
******
《魔法図鑑-1》
『ソルガ』
闇属性/RANK:1
射程/直線上・短距離
分類/攻撃・ラピッド
コスト指数/30
威力指数/50
ディレイ/短
特殊効果/暗闇付与(弱)
『ルインクレイズ』
幻属性/RANK:5
射程/周囲全体
分類/結界・スプレッド
コスト指数/180
威力指数/-
効果時間/中
能力/被視認性低下
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