二幕:強気之能力者

「すごく普通で、楽しいです!」

「何て呼べばいいですか?」

「何とでも呼べ」

「じゃあ、パ……」

「パパはやめろ」

「それなら、おとう……」

「却下」

「えーっと、ちちう……」

「却下!」

「だって、何とでも呼べって」

「言ったが、父親って発想から離れろ」


 食卓の向かいでは、兄貴が爆笑している。笑いごとじゃねぇよ。まったく。


 オレは、だし巻き卵を口に放り込んだ。丁寧に巻かれた卵の淡い味。しゅっと染み出るだしの香り。


「うまい」


 思わず、本音がこぼれた。師央がパッと顔を輝かせた。


「うわぁ、よかったです!」


 師央を拾ったのは昨日のことだ。昨日の晩飯はそのへんのファミレスだった。いつもどおりってわけだ。


 オレと兄貴は、セキュリティ完備の2LDKに二人で暮らしている。オレも兄貴も料理なんかできない。たまに瑪都流バァトルのメンバーが作りに来る。オレたちに実家ってものは存在しない。両親って人もいない。莫大な遺産と遠巻きの親族が、オレと兄貴の後ろ盾だ。


 師央が早朝に起き出したのは気が付いた。外に出ようとしたから止めた。


「勝手にうろちょろするな」

「じゃあ、一緒に来てもらえますか? 朝ごはんの材料、買いたいんです」


 いちばん近いコンビニへ師央を連れていって、金も出してやった。帰ってきた師央は、キッチンに立った。三十分後に、純和風の朝飯が出来上がった。白米、味噌汁、だし巻き卵、白菜の浅漬け。


「浅漬けは、出来合いのものなんですけど。味、お口に合うかな?」


 オレと兄貴を前に、師央は肩を縮めた。兄貴は即座に食べ始めて、「うまい!」と目を輝かせた。外ヅラのいい兄貴はお世辞も得意だけど、この顔は本気だな。


 ただ、なんとなく、オレは箸をつけるのに抵抗があった。だって、師央の正体がわからない。言葉も行動も意味不明だ。


 黙ってたら、呼び名云々の話になって、兄貴が爆笑して、オレは腹が立って、でも、だし巻き卵はうまくて。


 視線を上げてみる。師央の笑顔にぶつかる。ドキリ、とする。いや。ザワリ、か。何だろう? 白獣珠が、オレの違和感に同期して、拍動をわずかに速める。


 能力を持ってるせいか、オレは勘がいい。予感や直感は、たいてい当たる。そのオレが、師央の赤茶色の目を見ていると、なつかしさ、寂しさ、やるせなさを感じる。


   ――すまない――

   届かない言葉。


   ――生きてくれ――

   届けたい願い。


 記憶に似た、予知夢のような何かに、胸が騒ぐ。オレはこの未来を知っているのか?


あきら、さん?」


 呼ばれて、ハッとした。師央がオレの名を呼んだんだ。


「それなら許す」

「あ、はい、ありがとうございます。あの、煥さん、考えごとですか?」

「何でもない」

「朝はパンのほうがよかったですか?」

「どっちでもいい」


 兄貴が口を挟んだ。


「おれは和食が好きだな。それにしても師央くん、料理がうまいんだね。どこかで習った?」

「ありがとうございます。伯父……じゃなくて、ふみのりさん。師央って呼び捨てしてください。そっちのほうが慣れてるので」

「わかった」

「料理は、見よう見まねです。ぼく、そういう能力があるんです」


 能力? ってのは、一般的な意味か? それとも……。


「おい、煥、眉間にしわが寄ってるぞ。もうちょっと柔らかい顔をしてろ。師央が怖がってるじゃないか」

「この顔は生まれつきだ」

「嘘だ」

「即答したな」

「おれは知ってるぞ。昔の煥はかわいかった。おにいちゃんって、いつもおれの後を……」

「十年以上昔だろ!」


 幸せで、平和で、両親もいて、毎日、楽しかった。それが壊れるときが来るなんて思ってもみなかった。


 でも、きっと、これは仕方のない運命なんだ。オレは宝珠の預かり手だから。宝珠はチカラを持ってる。チカラは争い事を招く。それくらい、頭の悪いオレにもわかってる。


 食事の後片付けまで、師央は完璧だった。苦労して育ってんのか? 普通に湧いた疑問。同時に湧くのは、不吉な予感。


 同じことを、兄貴も考えていた。皿洗いの背中に聞こえない声で言う。


「家事、慣れすぎだ。日常的にやってるんだろう。どういう家庭事情なんだろうな?」


 例えば、親がいない? 親戚の家に、遠慮しながら住んでる?


 あいつはオレを父と呼ぶ。兄貴を伯父と呼ぶ。そのタチの悪い言い方に従うなら、ゾッとする。


「オレは、詮索するつもりはねぇよ。でも、兄貴は信じるか?」

「おれが師央の伯父だって話?」

「信じられるはずもないか」


 兄貴は肩をすくめた。


「さあ、どうだろう? 起こり得なくはないと思うけどな」

「オレは信じられない。時間をさかのぼる? 異常だ。あり得ない」

「奇跡の宝珠の預かり手で、不思議な能力の使い手が、頭から、異常を否定するのか?」


 兄貴は、無駄にさわやかに笑った。


「オレは白獣珠の力を見たことがない」

「軽々しく使うものではないからな。でも、もしも師央が使ったのなら……」


 水音がやんで、兄貴が言葉を切った。皿洗いを終えた師央が振り返った。


 兄貴はさりげなく表情を変えた。生徒会長モードだ。ってのがわかるのは、オレだけだろうな。いや、亜美あみさんにもわかるか。亜美さんは兄貴の彼女だ。


「師央、ありがとうな」

「このくらいでよければ、いつでも」

「助かるよ。ところで、今日、どうするつもりだ?」

「えーっと」


 師央は何も考えてないらしい。兄貴は、しれっと言った。


「それなら、襄陽学園に来るといい。煥、制服を貸してやれ。新品のが一着、あるだろ?」


 オレの制服はケンカのせいでボロボロで、見かねた兄貴が新品を買った。でも、オレはいまだに古いほうを着てる。


「ちょっと待てよ、兄貴。学外者を連れ込めって? バレたらどうするんだ?」

「ほぉ。じゃあ、煥は師央をほっとくのか? いつ緋炎が復讐に来るか、わからないのに?」

「この部屋なら安全だ」

「なら、煥もここにいてやれ」

「イヤだ」

「だったら、師央を連れて出るぞ」

「…………」


 兄貴に逆らっても、ろくなことはない。というか、面倒くさくなってきた。


「制服、貸してやれよ」


 兄貴のダメ押し。オレのため息。


「わかったよ」


 師央が無邪気に飛び上がった。


「うわぁ、いいんですか! やったぁ! パパと同じ学校に行けるなんて!」

「パパじゃねえ!」



***



 そんなこんなで、朝から、すでに疲れている。


 とりあえず、登校中。あくびを噛み殺しながら歩く。オレの前には、兄貴と師央。理系の話をしている。師央の背中には、オレが貸したリュックサックがある。


 兄貴は師央を気に入ったらしい。たぶん信用してる。何より、純粋に、おもしろがってる。まあ、兄貴の価値基準的には、おもしろいってのが最強なんだが。


 背の高い兄貴が、師央を見下ろす。まだ華奢な師央が、兄貴を見上げる。同じ栗色の髪。笑った横顔が似てて驚いた。昨日から何度も驚かされている。


 兄弟みたい、だよな。オレと兄貴よりもずっと、兄貴と師央のほうが似ている。姿はもちろん、雰囲気ごと、全部。


 学校が近付くにつれて、同じ制服の人影が増える。肩章が軍服っぽい、襄陽学園の制服。男子のネクタイも女子のリボンも、赤。校章の色が学年で違う。


 毎朝の憂鬱が、そろそろ始まる。視線が集まってくる。首筋が、ざわざわと粟立つ。来るな、と念じる。願いが通じたことはない。


「おはようございまーす、文徳先輩!」

「ああ、おはよう」


 女子の集団。いくつもの集団。兄貴が笑顔で応える。そのとばっちりが、オレにも飛んでくる。


「煥先輩、おはようございまーす!」

「もうっ、今日もクールなんだからぁ!」


 うるさい。


 去年、兄貴と同じ高校に上がって、こうして声をかけられるようになって、最初は面食らった。戸惑った。少しだけ、嬉しかった。銀色の髪、金色の目のオレは、姿だけで怖がられて避けられる。避けないのは瑪都流の中心メンバーだけだ。


 でも、襄陽学園では、オレは普通に声をかけられるのか? 期待したけど、違った。オレが挨拶されるのは、朝だけだ。兄貴と一緒に登校する朝だけ。すぅっと、胸が冷えた。結局、怖いのか。避けるのかよ。オレひとりのときは。


 半端にかまわれると、イラつく。全部シカトされるのより、さらに。


「文徳先輩、その子は親戚さんですか?」


 水を向けられた師央が固まる。兄貴は平然と師央の肩を抱いた。


「そうなんだ。いとこでね。しばらく同居することになった。襄陽に一時編入するんだ」


 さわやかな笑顔の仮面で、しゃあしゃあと嘘をついてる。兄貴の嘘はなかなかバレない。たまに、オレですら信じそうになる。おかげで、師央もまったく疑われてない。


「いとこさんかぁ。きみ、一年生?」


 こくこく、と、うなずく師央。口で言えよ。まあ、女子たちの勢いが怖いのか。完全に逃げ腰だ。兄貴にしがみついてるし。


 兄貴は適当に女子たちをあしらった。再び歩き出す。


「おい、兄貴、師央のこと広めていいのか? 師央は身元不詳だ。それを学園に潜り込ませるんだぞ。教職員にバレたら面倒だろ。黙っておくほうがいい」


 兄貴は肩をすくめた。


「そうカリカリするなよ。教職員と緋炎、どっちが危険だ?」

「緋炎だが」

「先生の説教食らう程度、平気だろ。師央の安全を思って、嘘くらい付き合え」


 一瞬、納得しそうになった。だけど、ちょっと待て。やっぱり変だろ。


「兄貴はどうして師央を信用する? 何を根拠に?」


 肩越しに振り返って、兄貴は笑った。


「ただの勘だよ。煥の行動原理と同じさ。師央は信用できる。無条件に受け入れていい。そう思わせる何かが、師央にはある。煥だって感じてるだろ?」


 否定できない自分がいた。


 変なやつが降ってきた。真っ先に警戒すべきだった。でも、背中にかばって戦った。警戒じゃなく、保護。なぜか、それが当然の気がしたんだ。


 ただ、オレの中に混乱もある。師央が来てからこっち、白獣珠が、たまに不快そうな声をあげる。因果の天秤に、均衡を。何度も言われて、もう覚えた。


 いや、だけど、白獣珠が嫌がってるのは師央自身ではない気がする。だって、師央も白獣珠を持ってるんだ。因果の天秤云々と、オレの白獣珠と同じく告げる白獣珠を。


「あの、煥さん、ぼくは……」

「寄るな。学校では、オレに近付くな」


 オレにとって、いつもの言葉だった。つい口を突いて出るくらい、いつもの。


 師央がどんな顔をしてるか、見なくてもわかった。オレが傷付けた。胸がザラッとした。不快感。どうして? 傷付いたからじゃなく、傷付けただけなのに。


「聞き捨てならない! あなた、本当に失礼なんですね。今の言葉は、ひどすぎると思います。師央くんに謝ってください」


 突然、横合いから、お節介な言葉が飛んできた。この声は、昨日、聞いた。響きだけは美しいけど、中身は口うるさい。


 オレはうんざりと、兄貴はさわやかに、師央は嬉しそうに、その女のほうを向いた。


 安豊寺は、兄貴と師央と、挨拶を交わした。そこは笑顔。挨拶を短く切り上げて、オレを見て、再び眉を逆立てた。


「おはようございます、煥先輩」

「……あぁ」

「挨拶もできないんですか?」

「小言かよ?」

「はい、小言です。昨日、結局、聞いてくれませんでしたからね」


 面倒くさい。兄貴効果でおとなしくなったと思ったのに。


 安豊寺は、ぐっとオレに近寄ってきた。ちっちゃいな、こいつ。オレも平均身長くらいだけど。安豊寺が、真下からオレを見上げる。怒った顔。大きな目が、生き生きして、キラキラしてる。


 胸が、また、ザラッとした。ザラッと? いや、ドキッと?


 黙ったオレを前に、安豊寺の小言が始まった。


「師央くんは訳ありなんでしょ? 昨日の話だけじゃ詳しい事情はわからなかったけど、師央くんが一人ぼっちで心細いのは、わたしにもわかります。先輩にもわかりますよね? なのに、さっきみたいな言葉、ぶつけるんですか? あなたは、行動が乱暴なだけじゃなくて、心まで乱暴なんですね。乱暴で、冷たいです。もっと相手の心を思いやって……」


「黙れ」


 延々と続きそうな小言を、一声でぶった切った。乱暴で冷たい心なんて、言われなくてもわかってる。キレイな声して、キレイな顔して、目の前で宣言してくれなくていい。


「煥先輩、あなたは……」

「しつこい。師央が心配なら、あんたが世話しろ。こいつもあんたも一年だ」

「どこまで無責任なんですか!」

「師央のことを第一に考えろってんだろ? なら、不良のオレと一緒はマズい。あんたら普通の生徒と過ごすのがいい。だからあんたに、世話しろって言ってんだ」


 安豊寺が目を見張った。どうして驚く? オレは当たり前のことを言っただけだ。


 ちょうどそのとき、視界に、知った人物が映った。元・烈花の三人、尾張兄弟と寧々だ。おはようとか何とか、挨拶が乱れ飛んだ。オレは順一の挨拶に軽くうなずいて、貴宏と寧々に告げた。


「師央を一年に潜り込ませたい。世話してやれ」

「了解っす!」

「何それ、おもしろそう!」


 師央が遠慮がちに頭を下げた。


「ぼくのほうからも、皆さんに、お願いしたいです」


 安豊寺は進学科、ほか二人は普通科らしい。早速、作戦会議が始まった。この授業は出欠確認が緩くて潜り込みやすい、とか。


 オレはにぎやかになった集団を離れた。騒がしいのも、人とつるむのも、笑うのも、しゃべるのも苦手だ。昔はこうじゃなかった。今はこうじゃなきゃやってられない。


 いっそのこと、もっと完全に、孤独になりたい。なのに、そうもいかない。


「煥、置いていくなよ」


 兄貴が追いついてきた。いつもだ。銀色の髪と金色の目、強すぎるケンカ、しかも異能持ちの、誰もが恐れる不良。オレはそれでいいのに、オレが一人になることを、兄貴は許さない。


「煥、新曲の歌詞、壮行会には無理だよな。ガレージライヴには間に合うか?」



***



 授業に出たり出なかったり、寝ていたり起きていたり。普段どおりだ。間延びした時間が過ぎていった。


 放課後になった。教室に、瑪都流バァトルの中心メンバーで三年のうしとみさんが来た。


「文徳から頼まれた。部室に煥を連れて来いってさ」


 わざわざ牛富さんを寄越すってことは、絶対逃げるなよって意味だ。面倒なやつが部室にいるのか。たぶん、あの口うるさい安豊寺だ。師央の保護者気取りでもしてるんだろう。


 しぶしぶ牛富さんについていったら、案の定、部室はにぎやかだった。安豊寺はオレを見るなり、キッとにらんできた。


 師央が、ぴょんと飛んできた。尻尾を振ってるのが見える気がした。


「煥さん、お疲れさまです!」

「別に疲れてない」

「今日、楽しかったんですよ!」


 あれやこれやと報告が始まる。聞きたいわけじゃない。適当に聞き流しながら、オレは部室を見やった。この軽音部の部室は校舎の東の隅にある。


 オレは兄貴のバンドでヴォーカルをしている。中学時代から、メンバーは変わっていない。兄貴はギターと作曲で、バンマスでもある。ちなみに、ドラムは牛富さんだ。


「……って感じで、数学ではヒヤッとしたんです。でも、寧々さんがフォローしてくれて。やっぱり普通に学校に通えるって、いいなぁ」


 師央の笑顔が、不意に少し陰った。


「どういう意味だ、それは? 普通に学校に通ってないのか?」

「__のせいで、__の危険があるから」


 師央の口が動いた。声が出ない。昨日と同じ状況だ。事情を説明しようとすると、できない? 暗示でもかけられてるのか? マインドコントロール? 師央はうつむいて、首を左右に振った。オレの胸がざわついた。気付けば、口走っている。


「楽しかったなら、よかったな」


 師央の顔に微笑みが戻った。


「すごく普通で、楽しいです!」


 瑪都流が集まる場所は、いくつかある。中心メンバーだけなら、軽音部室。それ以外もいるときは学外になるわけだが、いちばん大きな拠点は港の倉庫だ。


 ここは港町だ。飛行機が発達するより前は栄えていて、世界じゅうの外国船が行き交っていたらしい。今は、昔ほどの活気はなくなってて、使われなくなった倉庫がたくさん放置されている。その一つを瑪都流が占拠しているわけだ。


 そういう簡単な説明を、兄貴が、順一と貴宏と寧々に聞かせてやった。三人はまじめにうなずいた。その後すぐ、寧々は部室を出ていった。部活の大会が近いとのこと。不良とつるんでるくせに、部活やってるのかよ?


 兄貴が順一と貴宏に言った。


「寧々さんを一人にするのは怖いな。繰り返しになるけど、いつ緋炎の報復があるか、わからない。三人は、一緒に行動してほしい」


 貴宏が、顔をくしゃくしゃにして笑った。


「了解っす。まあ、もともとそのつもりですよ。じゃ、寧々んとこ行ってきます」

「よろしく頼む。ところで、彼女は何部なんだ?」

「アーチェリーっすよ。あいつ、スポーツ推薦いけるレベルなんです。てか、全国級なんすよ。なのに、おれらとつるんでるから」


 貴宏が眉の両端を下げた。不良とつるんでるから、何だ? 内申が悪くてスポーツ科に落ちた?


 いずれにしても納得だ。エアガンでの狙いの正確さは、アーチェリーで鍛えたってわけか。髪を派手に染めてなくて、前髪に一筋だけのオレンジ色を入れてるだけなのも、すぐに隠せる工夫だろう。スポーツの大会では、黒髪が有利だ。審査員や観客の心象がいい。


 不愉快な記憶がよみがえる。銀色の髪が生む偏見。染めてやろうかと、何度も思った。髪の色なんかじゃなく、オレ自身を見てほしかったから。


 でも、兄貴がオレを止めた。煥はそのままでいい、おれがどうにかしてやると言って、確かに、どうにかしてくれた。校則を変えたんだ。髪の色が自由化した。染めてるやつが増えたおかげで、オレの奇抜な地毛も目立たなくなった。少しだけ気楽になった。


 寧々と尾張兄弟がいなくなって、安豊寺が立ち上がった。


「わたしも、お暇します。軽音部の練習を邪魔しちゃいけないし」


 兄貴が機材をいじる手を止めた。オレを見る。イヤな予感しかしない。


「煥、鈴蘭さんを送ってやれ」


 やっぱりな。一応、オレは無駄な抵抗を試みる。


「兄貴が行けよ」

「煥がエフェクトの調整をするか? 固まってないアレンジを固めて、今度のライヴの契約書作って、パンフの原案を起こす? バンド関係の用事もろもろと、送るのと、どっちが煥の仕事かな?」


 オレは、薄いカバンを肩に引っかけた。


「来い、安豊寺。家まで送る」

「いいえ、けっこうです! わたし、一人で帰れますから!」


 青い目が、にらみ上げてくる。刺さる敵意に、オレはため息しかない。勝手にしろよ。って言えりゃ楽なのに。


 兄貴は笑顔で肩をすくめた。瑪都流メンバーも、ニヤニヤしてる。ドラムの牛富さん。ベースで、兄貴の彼女の亜美さん。シンセサイザーで、オレとタメのゆう


 師央がおずおずと手を挙げた。


「ぼくが、送りましょうか? 皆さんは練習があるでしょうし」

「師央くん、ありがとう。お願いしてもいい?」


 いや、弱い師央じゃ意味がない。

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