「理由? おもしろそうだから、だ」

 口ほどにもなかった。


 ケンカは、日が沈む前に片付いた。烈花の残党の三人は、それなりに強かった。


 オレたちが烈花と戦ったとき、こいつら、何でいなかったんだ? 相当な戦力だろうに。そう思ってたら、順一が先回りして答えた。


「もともと自滅するつもりだったらしい。幹部がさ、何かヤバいことやってたらしくて。一発でつかまるような、危険なこと。それに関わってなかったメンバーは、このとおり。何も知らされないまま放逐、ってわけ」


 ヤバいこと、か。銃か薬の売人でもやってたのか。


「改造エアガンだって、十分ヤバいんだが。あの殺傷能力は完全に違法だ」


 何にしても、行くあてのない順一と貴宏と寧々が瑪都琉バァトルに入りたいのは事実らしい。入るも何も、オレたちは暴走族じゃないってのに。群れてグループの名前を看板にしたがるやつの気が知れない。


「面倒くせえ。兄貴と話せ」


 そういうわけで、学園に戻ることになった。兄貴は今ごろ、生徒会室だ。


 間違いなく、兄貴は学園屈指の有名人だ。瑪都琉のリーダーにして、生徒会長。オレにとっては、にこやかな暴君でしかない。毎度毎度、どれだけ振り回されてることか。


 背の高い順一と、低い貴宏。似てないが、兄弟らしい。両方とも髪はオレンジ色。やなぎ寧々は、順一と貴宏の幼馴染。黒髪のショートカット。前髪に一房、オレンジ色のエクステが交じってる。


 元・烈花の三人は、まぁいい。用件はわかった。遊びをふっかけてきたことも許す。今回のケンカ、あいつらの加勢のおかげで、無傷で済んだし。


 問題は、こいつだ。


「おい、おまえ」

「ぼ、ぼくですか?」

「何ビビってんだ?」

「い、いえ、別に、その」


 笑うわけじゃなく、目を細めてみせる。赤みがかった茶色の視線が逃げる。


「会いたかった相手が、実は暴力的な男で? それで驚いて、ビビってる? おまえの『パパ』はもっと優しい男なのか?」

「わ、わかり、ません。ぼくは、会ったこと、なくて」


 父親に会ったことがない? ほんとに、何なんだ、こいつ?


 と。

 背中に触れようとする手のひらの気配を感じて、オレは払いのけるんじゃなく、飛びのいた。振り返りながら言う。


「条件反射で攻撃してしまう。さわるなって言ってるだろ」


 お嬢、と呼ばれていた女。優等生風に、まじめに制服を着てる。


 初めて、まともに顔を見た。黒くて長い髪、白くて小さな顔。作り物かよ? と思うくらい完璧な顔立ち。でも、違う。生き生きと輝く、大きな青色の目。まっすぐな怒りの表情。ふと視線を惹きつけられた唇は柔らかそうで、オレは思わず息を呑んだ。


 名前、呼ばれてたよな。確か、安豊寺って。


「安豊寺鈴蘭すずらんです。条件反射で攻撃って、どれだけ暴力的なの? 信じられない。さっきだって、あんなに蹴ったり殴ったり」


 一瞬とはいえ見惚れて損した。口うるさいやつは嫌いだ。


「やらなきゃ、こっちがやられる。不快なら見なくていいと忠告した」

「不快でも、見る必要があると思った! 立派な暴行罪ですよ! 通報されたら……」

「この河原でのケンカは、通報されない。部外者が口出しするな」


 安豊寺が一歩、オレに近付いた。もう一歩、さらに一歩。結局、触れられる近さにまで。


「後ろからじゃダメでも、正面から近付けば、いいんですね」


 どういうつもりだ?

 いきなり、安豊寺に足を踏まれた。意外すぎて驚いた。


「わたし、頭に来てるの。平気で人に暴力を振るうなんて。攻撃されたら痛いでしょ?」


 足を踏んでるのは攻撃のつもりか? このくらい、痛くもかゆくもないんだが。


 それにしても小さいんだな、女の足って。すり切れたオレの革靴の上に乗った、安豊寺の革靴。一年なんだよな。ピカピカといってもいいくらいだ。


「小言は……」

「後で聞くって、さっき言ってました」


 面倒くせぇ。


「……生徒会室で聞く」


 オレが、じゃなくて、兄貴が。たぶん兄貴なら、安豊寺を丸め込めるから。



***



「というわけで? あきらひとりの手に負えないから、全員ここへ連れて来た?」


 兄貴はクスリと笑って、愛用の椅子から立ち上がった。肘置きとキャスターの付いた椅子は背もたれの角度とクッションの質がいいらしい。生徒会室に兄貴が持ち込んだ私物だ。


 容姿端麗、成績優秀。口を開けば、弁舌さわやか。スポーツも、かなりできる。趣味はバンド活動で、ギターと作曲が得意。


 しかも兄貴は、生徒会長、且つ、暴走族と呼ばれる瑪都琉のリーダーだ。去年から、襄陽では髪の色が自由になった。その案を強引に押し通したのが兄貴だ。全生徒からの支持は、そこで手に入れた。


 オレたちが生徒会室を訪れたとき、兄貴は仕事をしていたわけじゃなく、バンドスコアを書いていた。新曲のアレンジだ。ついでに詞も書きゃいいのに、なぜかオレに押し付けてくる。


 兄貴はバンドスコアのノートを閉じて、元・烈花の三人を順に見た。


「尾張順一くんと貴宏くんの兄弟。それから、小柳寧々さん。きみたちのことは、烈花の総長だった男から聞いてる。面倒を見てやってほしい、とのことだ。歓迎するよ」


 話、ついてたのかよ。


 ホッとした顔で、三人は兄貴に挨拶した。兄貴も笑顔で受け答えする。基本的に、兄貴はいつも笑ってる。オレと正反対だ。


 オレは兄貴に、赤服とのケンカのことを報告した。兄貴は肩をすくめた。


「ご苦労さまだったね。えんは最近、見境がないな」


 ああ、そういえば、赤服の連中は緋炎とかいう名前だった。自他ともに認める暴走族だ。


「近々報復があるかもしれない」

「煥の言うとおりだ。きみたちは基本、三人で行動して。一人にならないようにね」


 兄貴の指示に、尾張兄弟と寧々はうなずいた。


 三人には、明日、瑪都琉の連中を紹介する。そういうことで、話が終わった。三人が生徒会室を出て行った。


 兄貴が「さて」と言って、安豊寺に向き直った。


「意外な組み合わせだね。確か、安豊寺鈴蘭さんだったかな?」

「は、はい」

「学校には、もう慣れた?」

「おかげさまで」


 安豊寺は、ふわっと笑った。

 この女、笑うのか。しかも、ふわっと。兄貴の前では。


「知り合いなのか、兄貴?」

「前に、ちょっとね」


 兄貴は適当に濁した。でも、安豊寺が顔を赤くしながら説明した。


「四月に、わたし、校内で迷ってて、生徒会長に助けていただいたんです」

「助けたなんて大げさだよ。おれのこと、すぐに生徒会長ってわかってくれたよね。あれは地味に嬉しかった」

「入学式でのお話、印象に残ってました。わたしも生徒会に入りたくなったくらいです」


 だまされてる。兄貴の外ヅラに、完璧にだまされてる。兄貴も相当ケンカっ早いんだぞ。

 兄貴がチラッとオレを見た。つられる形で、安豊寺もオレを見る。


「煥はおれの弟なんだ。ひょっとして、知らなかったかな?」


 安豊寺の表情が変わった。青い目が、すぅっと冷たくなる。嫌われてるらしい。


「知りませんでした。そういえば、同じ苗字ですよね。伊呂波って珍しいのに、気付かなくて。だって、全然、似てませんから」


 顔も骨格の感じも、実はかなり似てるんだが、似てるとは言われない。


 似てない理由は、兄貴は長身でオレは普通くらいだから、とかじゃなくて、オレの銀色の髪と金色の目のせいだ。笑わないせいと、人嫌いのせいだ。冷たいとか怖いとか無愛想とか評される、オレの非社会的な性格のせいだ。


「鈴蘭さん」


 兄貴が安豊寺を呼んだ。安豊寺は少し慌てたそぶりを見せた。


「あ、は、はいっ。何でしょうかっ?」

「煥が失礼なことをしたかもしれない。ごめんね。ただ、煥にも事情があるんだ。おれに免じて、煥を許してやってほしい」

「免じて、って生徒会長に言われたら……」


 いいえ許しません、とは応えられない。だよな? たいていの女はそうなると思う。安豊寺も例外じゃないようだし。


 兄貴がこっそりオレに目配せした。厄介ごとは片付けてやったぞ、って? あー、はいはい。感謝してるよ。じゃあ、ついでに、もう一人のほうもどうにかしてくれよ。


 壁際でじっと立ち尽くしてるそいつは、さっきから一言も口を利いてない。しゃべり方を忘れたみたいだ。


 オレと目が合うと、そいつは口を開けた。唇が動いた。でも、声が出てこない。


 何してるんだ? 遊んでるわけじゃないみたいだ。顔をしかめてる。苦しそうというか、悔しそうというか。


 しゃべりたいのに、しゃべれない? いや、でも、声も言葉もちゃんと出るはずだ。さっき、しゃべってたじゃないか。パパだの未来だの、変なことばかり。


 そういえば。


「おい、おまえ、名前は?」


 訊いてなかったよな、確か。向こうはオレの名前を知ってたけど。

 そいつは口を開いた。今度は声が出た。


「師央です。伊呂波師央、十五歳です」


 年齢は訊いてない。すでに知ってるし。

 兄貴が首をかしげた。


「伊呂波? でも、うちの家系じゃないだろう?」

「いいえ、同じ伊呂波家です。ぼくは、信じてほしいんですけど、信じられないかもしれないけど、ぼく、未来からきました」

「未来っ?」


 さすがの兄貴も声がうわずった。それが常識的な反応だよな。でも、師央と名乗ったそいつはめげない。まっすぐな目で兄貴を見つめた。


「ぼくは、伊呂波煥の息子です。だから、あなたは、ぼくの伯父なんです」


 兄貴が、プッと噴き出した。


「伯父、か。確かにね。煥に子どもができれば、おれは伯父か」

「おい、兄貴。信じるのかよ?」


 師央が声を高くした。


「信じてください! ぼくは、未来から、運命を変えるために__! __を、__に、して__っ」

「何を言ってるんだ?」


 師央の口は動いている。でも、声が途切れる。その言葉は禁句だ、というルールが課せられてるみたいに。


 あきらめるようにうつむいた師央は、汚れたシャツの胸ポケットを探った。何かをつかみ出す。そして、手のひらを開いた。


 オレは息を呑んだ。兄貴の表情が固まるのも見えた。


 師央の手のひらの上に載っているのは、純白の宝珠だ。大きくはない。直径は、オレの親指の爪の幅と同じくらい。測ったら、確か、二センチちょっとだった。


「白獣珠が、なぜ?」


 曇りのないメタルが蔓草のように、白獣珠に巻き付いている。金でも銀でもプラチナでもないメタルだ。一部がフック状になっていて、そこに鎖を通して首から提げる。


 首から提げている、はずなんだ。オレは自分の首筋に触れた。金属の鎖が、確かにある。鎖を指に引っかけて、引っ張る。


 ある。オレがいつも身に付けている白獣珠。オレの異能の根源。オレの白獣珠はここにある。だったら、師央の手にあるモノは?


 師央が顔を歪めた。必死な表情だった。


「この白獣珠が証拠になりませんか? これは、未来の白獣珠です。ぼくが未来から持ってきたんです。だから今、この時代に二つある。本来、世界に一つしかないはずの白獣珠が今、現にこうして二つあるんです」


 偽物じゃないのか? と、まず疑うものだろう。ほかの品物なら。でも、白獣珠は別だ。疑う必要なんて、ない。


 感じるから。本物だという息吹、鼓動。二つの気配が、完全に調和している。同じ白獣珠が、ともにここにある。その存在感は、間違いなく絶大で。


 しかも、さっきから白獣珠の様子がおかしい。ひどく熱い。こいつに何かの意志があるのは今までも感じてたが、言葉を聞いたのは初めてだ――因果の天秤に、均衡を。


 どういう意味だ? 白獣珠の本能ともいえそうな何かが、明らかに嫌がってる。師央が現れてから、ずっとだ。こいつのせいで、因果の天秤とやら狂ってんのか?


 オレは、すっと目を細めた。


「おまえ、本当に、何者だ?」


 低く冷えた、切れ味のいい声。自分でもうんざりするくらい、威嚇に向いた声だ。

 師央が涙を浮かべた。へなへなと座り込んだ。


「信じてください、パパ」


 その瞬間。


「ぶっ、くくっ、あははは! パ、パパ! あはははっ、煥が、パパって!」


 兄貴が盛大に笑い出した。


「お、伯父さん?」

「おー、そうかそうか。おれは文徳伯父さんだよな。ちょっ、これ、笑える!」


 腹を抱えて笑い転げる兄貴につられて、師央に笑顔が戻る。見れば、安豊寺も笑ってる。オレだけが取り残されてる。


 とりあえず、オレは白獣珠をシャツの内側にしまった。笑い続ける兄貴に声をかける。


「これからどうするんだ?」


 兄貴は目尻の涙を拭った。泣くほど笑うなよ。


「まあ、鈴蘭さんを家まで送らないとな。それから、師央を連れて帰る」

「は? こんなわけわからんやつを連れて帰る? 理由がわからねぇよ」


 兄貴はサラッと答えた。


「理由? おもしろそうだから、だ」


 うわ。またかよ。オレを厄介ごとに巻き込む、その一言。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る