第16話「いつか見た青い空」

第16話「いつか見た青い空」1

 穏やかな暖かさの春は過ぎ去り、エリステルダムには夏が訪れていた。エリス時計塔祭の準備へ向け、南区はいつになく活気に溢れていた。

 南区にお店を構えるマジカルファーマシーも例外なく、二年目の時計塔祭への準備に追われていた。

 調合部屋の忙しさは相変わらずだが、その忙しさは徐々にお祭りの出し物の準備へと移行されていく。

「カレン、今年はどうするの?」

 お客様のけた合間を見ては、ティンが調合部屋に顔を出す。

「うん、去年と同じく、出店は一日目だけにして、二日目からは見物しようかなって思うの」

「良いんじゃないかしら。……出し物は相変わらずのようね」

 部屋を開けた瞬間から、鼻を掠めるなんとも香ばしい甘い匂い。去年同様マジカルファーマシーの出し物は、「ファーマシー」ならざる物だった。

「お姉ちゃん、お菓子作りも得意なんだね!」

 作業するカレンの傍ら、忙しそうにクッキーの生地をこねているリーナが声を上げた。実家のパン屋でも同じ仕事をしているためか、その手さばきには、やはり慣れたものがある。

「そうよ、カレンの作るお菓子は美味しいんだから。リーナのお店にも置けるんじゃないかしら?」

「そ、そんなことないよ……」

 出来上がったお菓子をきれいにラッピングするシエルが、つまみ食いをしながらそんなことを言ってのける。彼女がラッピングを担当している理由は、単に手料理といった作業が苦手だからである。手伝おうにも手伝えないのだ。

 そんな評価を貰ってはカレンが頬を染めていた。

「まったく、あんたも少しはカレンを見習ったらどうなのかしらね?」

「な、なによ。別に良いじゃないっ」

「ルミでさえお菓子作れるのに、お嬢様は錬金術ができても、クッキー作りは難しいのかしら?」

「れ、錬金術は関係ないでしょ! カレンも言ってあげて!」

 不意に声をかけられ、カレンはその手を止めると、にらみ合う二人を見やるなりシエルに向き直ってこう告げた。

「シエルもお菓子作りができるようになったら、私うれしいよ」

「私、お菓子作りがんばるわ!」

「また乗り換え早っ! ……まったくあんたって人は」

 ラッピングを離れ、カレンの元へ行くなり手ほどきを受け始める。カレンに素直なのは、もはやいつものことだが、その順応の速さはもはや才能なのかと思ってしまい、思わず頭を抱えてしまう。すでに、カレンの指示によって、リーナのこねるクッキーの生地をシエルが代わって作業している。

「そういえば、私がカレンのお店を手伝い始めたのも、お祭りのときよね」

「そうだね、花火のお仕事をシエルと一緒にやったのが初めてだね。……そっか、それから一年になるんだね」

 そう、まだ二人の関係が「犬猿の仲」だったころの話だ。まるで拒絶反応のように、カレンとのことを避けていた。その理由こそ、このお店にあった。

 街に代々伝わる錬金術師の称号を持つ母、ルフィー。彼女から課せられた「アトリエを継ぐ素質を持つこと」という目標に焦り、自分の夢でもあった「お店を開くこと」さえカレンに先を越されたことに、さらに焦りを覚えてしまった。

 そのわだかまりを取り除いてくれたのが、彼女の一言だった、

「ねぇ、シエル。私と一緒に、お店やろうよ」

 目の前に光が差した気分だった。カレンと一緒にできるなんて……。

 そしてそれをきっかけに、それまで我慢していたカレンへの想いが爆発し始めていくこととなる。

「カカカ、カレンへの想いを爆発だなんて、なな何を、おバカなことを」

「シ、シエルお姉ちゃん、鼻から赤いものが出てるよっ」

 誰に突っ込みを入れているものか、リーナに鼻元を押さえられる。そんな様子を見るなり、カレンは顔を真っ赤にしては、ティンが再びため息を吐き出すのである。

 二年目は、去年とは一段と賑わいのある年になりそうだ。

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