第15話「拭えない過ち」

第15話「拭えない過ち」1—1

 気が付いたときにはもう、調合部屋を飛び出し、時計塔公園へと駆け出していた。

「お姉ちゃんのママが、時計塔公園でクレアさんに捕まってるよ!」

 リーナから告げられた言葉に、思考が停止していくのが分かった。そう、そのときにはすでに調合部屋を出ていたのだ。

 ……まさかお母さんが襲われるなんて!

 誰も予想にしないことだった。しかし、なぜにクレアがカレンの母親を襲う必要があったのだろうか。そんな疑問を拭え切れないが、今はとにかくその現場へ急がねばならない。

 リーナの話では、パンの配達の帰り道、時計塔公園の一角にできた人垣を見つけ、何事かと近づき、人の合間をって先頭に出てみれば、何かと世間を騒がす渦中の人物、クレア・レインが相変わらず鬼面のような怒りの表情を見せていた。

 そう、対峙しているその相手こそ、シェリーだったのだ。

 何か攻撃を仕掛けようとしている雰囲気は無かったが、何はともあれ何かが起きてしまう前に、このことを知らせようと飛んできたという。

 何も無ければ良いが……。気持ちばかりが焦る。カレンはその足を早めた。それを追うようにルミたちも公園へと向かう。そして、シャロンも足を運ばせていた。


 お昼時、人の通いが多いはずの時計塔公園は、異常なほどの静けさを持ち出していた。その元凶は言うまでもない、人垣によって成されたステージに、シェリーと対峙したクレアが発する「殺気」である。

 皆、固唾を飲んで、その凍りついたような空間に佇んでいた。

「シャロンがどちらに居られるのか教えなさい」

 緊張を尚、張り詰めた低い声が辺りに響く。その右手に握り締めるステッキから、薄っすらと魔力が流れ出している。そこから感じる威圧感にくじけそうになるが、シェリーは心を強く持ち、負けないように強く言い返す。

「教えられないわ。シャロンさんに会ってどうするつもりなの?」

「あなたには関係のないことですわ!」

「いいえ、関係が無いとはいえないわ。シャロンさんは、あなたの病を治そうとしてくれた幼なじみでしょう? どうして襲ったりするの!?」

「お黙りなさい! あなたにわたくしの何が分かるというの!?」

「えぇ、分からないわ。……あなたと同じく病に倒れ、この病を治そうと一生懸命になってくれた幼なじみが居ても、私にはあなたの考えることなんて、まったく分からないわ!」

 ――病の辛さなら、痛いくらい分かる。でも、クレアがシャロンを襲う理由なんて、分かりはしない。親友であり、視力を失ってまで魔法薬の研究をしてくれたルフィーを襲うなんてことなんて、自分にはありえない。

「……なんですって?」

「今、私が生きていられるのは、周りのみんなのおかげなの。ルフィーちゃんやむすめのカレン、それにティンやカレンの友達に助けられて、私は今ここに居るのよ。あなたは誰に助けられたの?」

「…………」

「カレンに薬を作ってもらったみたいだけど、あの薬を作ったのはカレンじゃないのよ」

「え……!? それは……」

「あんたたち、そこを退きなさいっ!!」

 クレアの疑問を掻き消し、突如ティンの声が飛んでくる。そして、それと同時に辺り一面に張り巡らされる強い魔力に、危機感を覚えた野次馬たちが散り散りに慌てて逃げ去っていった――それも当然、天高くステッキを掲げたティンの頭上には、大きく膨れ上がった魔術が今にもはち切れんと稲妻を放ち、クレアに照準を合わせていた。

「お母さん!」

 野次馬の消え去ったステージから、母を見つけるなり慌てて駆け寄る。カレンの呼びかけに答え、駆け寄る我が子を胸の内に抱き寄せた。

「カレン!」

「お母さん、早くここから離れて!」

 一瞬の抱擁を解くなり、クレアの前から退散する。何はともあれ、何事も無くシェリーを助けられた。ルミたちに保護されると、再び無事を確かめる。

「お母さん大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ。……ありがとうカレン、助かったわ」

 安堵感が生まれたかカレンを抱き寄せて深く抱擁する。カレンもそれに答えて母に腕を回した。

「おばさん、カレンちゃん、少し下がってて」

 無事に救い出したシェリーをかばうと、ルミは上着を一枚脱ぎ捨てる。その下からは、赤く輝くクリスタルをあしらった、ルミ用の魔法防護服が姿を見せた。そして背にした素敵なステッキを手に取るなり、ティンの隣に位置付ける。

「あんた、いつもそれ着てるの?」

「うん、いざってときに備えてね」

「良い心構えだわ。……でも、気をつけなさいよ」

 ティンの念押しにうなずき返す。対峙するクレアからの威圧感――いつにも増して、強靭なものに感じた。 

「早速私の出番が来るなんて思いもしなかったわ。カレンのことは私に任せなさい」

 言うやシエルもステッキを握り締め、意気揚々とセイリー親子の前につく。自分用の魔法防護服といい、「カレンを護る」ことができるすべを得たという意味では、体操服だとしても彼女には嬉しいようだ(むしろカレンにこの姿を見せたいという思惑のほうが強かったりもする)。

「皆様、お待ち下さい!」

 いざ戦闘態勢に入ろうとするやいなや、シャロンの言葉がそれを割いた。魔術を掲げるティンの前に立ちはだかっては、深々と頭を下げる。

「ティン様、ルミ様、申し訳ございません。そのステッキをお納めください」

「はぁ!? あんたいったい……」

「ここは私にお任せください」

 頭を上げ、そう言い残すときびすを返し、徐にクレアの元へと足を向ける。そんなシャロンの目には、何か強い意志を思わせるような、強い光が宿っていた。そして、そんな彼女の様子を見守るしかない。

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