第14話「止められない流れ」2

「ちょっと、何よこれ!?」

 シルトが店を立ってお昼時を迎えた頃合い、向かいのライム雑貨店から、お店を昼休みにしてはルミがファーマシーの調合部屋へとやってきていた。

 ルミが言うに、シエル用の魔法防護服ができたという話だ。アトリエリストから戻ったティンも加わり、シエル専用魔法防護服のお披露目会となった。

 早速着替えて欲しいとルミの要望に押され、注目を浴びる中、渋々と階段へ続く倉庫部屋に引いていく。

 して、扉の向こうから不服に富んだシエルの声が飛んできたのである。

「いいから早く着て出てきなさいよ」

 間髪かんはつれないティンの言葉に押し黙りつつ、ゴソゴソと物音が聞こえてくる。最中さなかになにやら不満をブツブツと言い放っているのが聞こえるが、そこはあえてスルーである。

 しばらくすると、コスチュームチェンジを終えたか、そっと扉が開いてはその隙間から顔をのぞかせる。目に見て分かるほどにその顔を赤くし、もじもじしながら出てこようとはしない。

「シエル、どうしたの?」

「カカカ、カレン、来ないでっ」

 不思議に思いながら近づこうとするカレンを慌てて制止する。そんな仕草に尚も疑問を持たざるを得ないが、踏み出した足を半ばに止めてしまう。

「ちょ、ちょっとルミ!? 説明しなさいよ!」

「えぇっと、ボクの魔法防護服を作って、余った魔法生地でシエルちゃんの分も作ってみたんだけど、思ったほど……」

「た、足りなかったってどういうことよっ」

「でも、シエルちゃんが作ったし、ちゃんと防護の効果は出るから大丈夫だよ」

「ほら、ルミのお墨付きなんだから早く出てきなさいよ」

 痺れを切らしたティンが、喚き散らしながら扉にしがみついて離れようとしないシエルを、力ずくで引っ張り出す。そしてようやく見せた、魔法防護服を身にまとった彼女のその姿。

「「「おぉ~……」」」

 一同が同じく感嘆の声を上げ、その姿を見入ってしまう。

「いやっ! 見ないでっ!」

 袖口と襟周りが赤く縁取られた、ティーシャツにも似た半そでの白い上着。そして、まるで下着と見紛おうほどそれに酷似した形を持つ、赤い下穿きを身につけていた――いわゆる体操服とブルマだ。

 それらの服が、育ちの良いシエルの体形を見事に浮き立たせ、いやがうえにもなまめかしく見えて仕方がない。そして何より、いつも気の強いシエルが、こうも恥ずかしさに弱気になっているのが後押しして、何とも言えない愛しさを感じてしまう。

「シエルちゃん、さすがだよ!」

 ルミとして、我ながら絶妙にシエルの体格とぴったりサイズができたことに、思わず親指を立ててサムズアップを見せてしまう。

「な、なにがさすがなのよ!」

「いやぁ、あんたってば相変わらずいやらしい体付きしてんのね」

「ばっ、バカなこと言わないでよ!」

 ティンのオヤジ発言に思わず胸元を腕で隠してしまう。そんな姿さえ、得も言われぬ物がそこにある。

「シエル様、とても素晴らしいお姿です」

 シャロンまでもがそんなことを放つなり、深々とこうべを垂れた。

「シャ、シャロンさんまで何を言ってるんですか! ……本当にこれでクレアと戦えるの!?」

「クリスタルほどの強力な防護魔法は付かないけど、普段の時より強い魔法が掛けられるよ」

「本当かしらね……。カ、カレンは、どう……?」

 そんな姿を目の当たりにして、呆然と立ち尽くしている愛しのカレンに、恐る恐る伺いを立ててみる。何を言おう一番気になるのはカレンの心持ちである。

 言われた方もふと我に返って、シエルに負けじと頬を染めていた。そして一つ言い放つ。

「シ、シエル……可愛いよ」

 ブシュッ! という景気の良い音が調合部屋に木霊し、シエルの鼻元から鮮血がほとばしる。

「よし! クレア撃退に行くわよ!!」

「切り替え早っ!」

 吹き出る鮮血を押さえるでもなく、輝かんばかりに燃え上がるような眼光を放ち、恥ずかしさなんてどこへやら、仁王立ちを決めてはステッキを突き出して宣戦を叫び上げる。

「あ、あんたたちねぇ……」

 そんな様子に、頭を押さえて深いため息を吐き出してしまう。こんな調子で大丈夫だろうか? クレアの魔術を受けたティンとしては、不安が拭い切れなかった。

 何より、大切な人を二日間も再起不能にしたクレアの魔術。そして、ルフィーでさえ彼女に対し成すすべもなかった。それが何を意味するのかなど、火を見るよりも明らかだ。

「いい? 知ってると思うけど、クレアは普段のあんたたちでは太刀打ちできるような相手じゃないわ。

 いざって時、私だって自分だけで手一杯になるかも分からないのよ?

 くれぐれも気をつけなさいよ。ルミも、魔法防護服やステッキがあるからって油断なんかしたらダメよ」

「うん、分かったよ。……そろそろ決着を付けないとね」

 クレア対策の態勢が整い、ティンの激励に皆、神妙な面持ちでうなずき合う――その矢先だった。

「お姉ちゃん!」

 調合部屋の出入り口が叩き開けられ、泣き声混じりのリーナの悲鳴が飛んでくる。大きく肩で息をしているところを見ると、走ってきたようだ。

 突然訪れたことに、一同の視線を集める中、リーナはカレンへと足早に近づくやいなや、今にも泣き出しそうな表情でこう告げた。

「お姉ちゃんのママが、クレアさんに!」


 ――もう、その流れに逆らえる者など、居ないのかもしれない。

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