第13話「決戦前夜」2
まず目に見えたのは、木造の天井。外からの光は明るく、天高く太陽が輝きを放つ空は透き通るように青かった。
ここはどこだろう。徐に体を起こすが、体が悲鳴を上げるようにあちこち痛む。ガーゼが当てられ、包帯が巻かれた体。それを見るなり、今置かれた状況を思い出す。
アトリエリスト前での攻防。ティンとともに、シエルを襲おうとしていたクレアを食い止めていた。しかし、ティンの魔術が完成する前に、クレアの大技が彼女を襲う。魔術を組み合わせている間、彼女は無防備になる。何より、ティンをこの攻防に巻き込みたくはなかった。
体が自然と動いていた。自身に防護魔法を施すやいなや、突進してくるクレアの魔術をその一身で受け止める。もはや自らの命など考えている暇もない。むしろ、ティンを護りたかった。
しかし、自分の魔力を予想以上に超越するクレアの魔術に、防護魔法は崩壊し、まともに食らってしまっていた。
あの後、ティンは無事だったろうか。その後のことはまったく覚えていない。
辺りを見回せば、見覚えのない部屋に居た。質素ながら綺麗な家具などの調度品がそろえられ、一見して手の行き届いた宿屋の一室のようにも見える。しかし、窓から見える風景は、攻防戦を繰り広げた北区の街並みだ。
……ということは、ここはアトリエリストか。
あれからどれくらい経ったのだろう。ベッドから降り、徐に立ちあがる。軋むように痛みを伴う体を支えつつ、部屋を出る。
「へっ!? ふわぁっ!」
廊下へと開くドアを開けたその時、衝撃とともにそんな声が飛んでくる。慌てて廊下を見れば、そこには額に手を当てて痛がるティンの姿があった。
「ティンちゃん!? ご、ゴメン! 大丈夫かい?」
「そ、それはこっちの台詞よっ! ……いつ起きたのよ」
「あ、う、うん、今、起きたばっかりで……。何だか、すごくいっぱい寝た気がするよ」
「……バカ」
軽くボケてみたつもりが、そんな言葉で切り捨てられた。
「ルイのバカっ!」
怒声にも似た声を放つと、ティンはその胸に張り詰めた物を目尻に浮かばせていた。
そんな彼女のしぐさに、思わずドキリとさせられてしまう。
「ごごご、ゴメンね! そんなに強くぶつかったかな?」
「違うわよっ!」
「え?」
「ルイっ!」
「は、はい!」
怒っているのか、目尻に溜まる涙も拭うことなく強い視線を重ねてくる。そんな気迫に逃げたくもなるが、なぜかその視線からは逃れられなかった。
「……ごめんなさい」
しかし、そんな視線は、その一言を放つと一気に崩れ去る。張り詰めてきた緊張が解きほぐされるかのように、ティンの瞳から止め処なく涙が溢れ出した。
「ゴメンね、ルイ。私のせいでそんなことになっちゃって……」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼし、辛そうに胸の内を打ち明ける。ずっと胸の奥底で、もやもやとわだかまりとなっていた。自分のせいで、ルイに大けがをさせてしまった。何度自分を責めたか分からない。
「……ティンちゃんは何も悪くないよ。本当は……巻き込ませたくはなかったんだ」
ティンが大技を完成させる前に、決着をつけるつもりだった。しかし、そんな考えこそ甘かったのである。その付けがこの
謝られることじゃない。むしろ、謝るのはこっちのほうだ。ファーマシーの前でクレアと鉢合わせた際に、彼女たちを避難させるべきだった。巻き込ませたくなんかなかった。
「……ゴメン、ティンちゃん」
「謝らないでよ……。ルイは私を護ってくれたじゃない。ありがとう、ルイ……」
彼女の腕がルイの背に回される。胸の内に埋もれるように抱きしめてくるティンを、そっと抱き寄せる。
腕に余るくらいの小さな体。こんな華奢な女の子に、クレアの放つ強力な魔術を浴びせるわけにもいくまい。
自分でさえ、大きなダメージを受けてこんな有様だ。それがティンだったなら……。そう考えると恐ろしくて堪らない。ティンが無事で居てくれたことが、救われる思いだ。
思わず、抱きしめる腕に力がこもる。
――もう、そんな危険な目に
「ルイ、あ、あのね」
腕に抱かれながら、恥ずかしそうにティンは頬を染める。
「わ、私ね、あ、ああ、あんたのことが……」
やがて、見て分かるほどに耳まで赤くすると、小さく口を開く。
「……好きなのよ。ルイのこと」
プシュ~っと頭から湯気が出そうなほど上気したように、顔を火照らせて胸に顔を埋めてしまう。そんな表情が心を和ませてくれる。体の痛みが癒されるようだ。
「ティンちゃん、今日は素直だね」
「わ、私はいつだって素直よ!」
「あはは。そんな素直なティンちゃんのこと、僕も好きだよ」
「かかっ、からかうんじゃないわよ! ルイのバカ!」
腕を開放すると、そんな言葉を飛ばしてくる。どうやらいつものティンのようだ。
「からかってなんかいないよ。僕の素直な返事だよ」
「え、な、ば、バカっ! ルイのバカバカバカ!」
ルイの返答にまたも顔を上気させなりや、ポカポカを叩き込んでくる。もはや病み上がりであることも関係ないかのように、どんどん力がこもってくる。
「痛いよティンちゃん、痛いってば!」
「あ、あんたなんか、もう一回眠っていればいいのよ!」
今度はハリセンが景気のいい音を立て、ルイの悲鳴がアトリエリストに響き渡る。その後、再び床につくことになったのは言うまでもなく、ティンも反省したという。
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