第13話「決戦前夜」

第13話「決戦前夜」1

「シャロン・フレデリカと申します。よろしくお願いいたします」

 リビングのテーブルを囲み、これからお世話になるセイリー家の人々に挨拶をする。

 丁寧に自己紹介をするなり、深々とこうべを垂れた。なんというか、シャロンがここに居るだけで、上品な雰囲気がかもし出され、華やかに感じてしまう。

 その物腰丁寧な立ち振る舞いに、思わずカレンもかしこまってしまった。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 立ち上がっては右にならって右の如く。シャロンは奉公しているレイン家を一時離れ、セイリー家へと迎えられた。

 ――クレアは、常に側で仕えていた彼女でさえ、その標的にし始めた。

 いつ襲われるとも限らない。奉公する屋敷に帰る訳にもいかず、こうやってセイリー家へとやってきていた。いざという時にはティンも居るので、それを加味した上での判断である。

「シャロン、そんなにかしこまらなくてもいいわよ。奉公してもらうわけじゃないんだから」

「いえ、ただでさえクレア様の件でご迷惑をおかけしているのに、私までお世話になってしまって、大変申し訳ございません」

 彼女はさらに深く頭を下げる。こんな素直で器量良しの使用人を置いておきながら、クレアはいったい何を考えているものか……。

「シャロンさん、あまり気を遣わなくてもいいのよ。家に居る間だけでも、ゆっくりしてくれるとうれしいわ」

 シェリーの優しい言葉に、ありがとうございますと頭を下げる。とにかくシャロンは、メイドという立場をわきまえた性格をしているようだ。

「では、さっそくですが、ご夕飯の支度を致します。カレン様、キッチンはどちらになりますか?」

 頭を上げるなり今度はそんなことを言ってくる。あくまで自分のすべきことをすぐに考えるようだ。

 長いところメイドとして仕えていたためか、それ以外に自分のすべき行動が見当たらないのかもしれない。

「シャ、シャロンさん、大丈夫だよ。夕飯は私が作るから」

「で、ですが、私は、どうすれば……」

「まったく、あんたって人は……。じゃぁ、カレンと一緒に夕飯を作るってのはどう?」

「あ、ありがとうございます」

 ティンの提案にカレンも苦笑してしまうが、そうと決まったらシャロンを連れてキッチンへと消えていく。それを見送るなり、ティンはため息を一つ吐き出した。

「シャロンはいい子よね。何の罪があって、あの子が狙われなきゃならないのかしら……」

 カレンの話によれば、シャロンがカレンに弟子入りしたことが、クレアに火をけてしまったらしく、シャロンもまたカレンを奪おうとする恋敵として狙われることになってしまったという。

 まったくもって理解に苦しい。そんな理不尽な理由で、シャロンを巻き込むわけにはいかない。ティンは静かに意を決する。


 ティンの提案でキッチンへと向かった二人は、早速夕飯の支度を始める。黙々と作業を進める中、カレンが普段から使用しているキッチンであるにも関わらず、シャロンの手際の良さに次々とメニューが完成させられていた。

 その手際の良さ、そして作り上げられてゆくそのメニューに、カレンは絶句した。

 いつもの食卓と変わらない材料を用意したはず。しかし、ダイニングのテーブルに並べられたそれは、カレンの想像を超えるものだった。

「シャ、シャロンさん、これって……」

「は、はい、私がいつもクレア様にご用意しています、ご夕食になります」

 まるでレストランのシェフが説明するように、彼女は言うなり頭を下げる。

 そこに並ぶのは、一般家庭の食卓に上がることはないであろう、まるできらびやかに見えてしまう豪華な料理であった。セノア家の食卓でさえ見たことのない料理ばかりだ。さすがは良家に仕えるメイドである。

 そして、クレア専属というだけあり、病に冒されていた彼女の体調を考え、栄養のバランスなども考慮して仕上げられた物だという。

 なんと素晴らしきことか。思わず感嘆の声を上げてしまう。

「シャロンさん、すごいね! こんな料理が作れるなんて。私には無理かなぁ~」

「い、いえ、実は私……仕えたばかりのころは、料理が出来ませんでした」

 いささか恥ずかしそうに、頬を染めながらそんなことをいう。こんなすごい料理を作っておきながら、料理が出来なかったなんて微塵も感じられない。

 クレアの身の回りを一手に担うために、他のメイドたちや料理人たちから教えを請い、その腕を身につけていったそうな。

 何となく完璧そうな雰囲気を持つシャロンが、そんな不得意を持っていたなんて、意外な気がした。

「え、そうなんですか? シャロンさん、何でも出来そうなのに」

「と、とんでもございません。何でもこなせるほど、私は器用ではありません。……ですから、あの魔法薬も、完成できなかったのです……」

 ふと表情に影が落ち、肩を落としかける。

 そう、このきっかけの全ては、自分が作り出した魔法薬の失敗から始まっている。

 長い年月をかけ、エリス図書館のあらゆる書物を知識に叩き込み、ルフィーを始めとする教師たちに指示を仰ぎ、数え切れない試行錯誤を経て、あの魔法薬のレシピは完成した。

 そう、魔法薬のレシピは完成しているにもかかわらず、その魔法薬の制作に、幾度となく失敗を繰り返し続けていた。

 そしてついには、シルトの意向により、魔法薬の制作はカレンに依頼される事となってしまう。

 諦めざるを得なかった。誰あろう、相手はあのマジカルファーマシーの店長「カレン・セイリー」である。自ら作りあげた魔法薬で、長く母に罹った呪縛を解き放った魔法調合師。

 同じ目的を目指し、見事成功させたカレンに強く惹かれ、憧れを抱くには十分すぎるものだった。必然と敵うはずもないと……。

 だからせめて、自ら仕える主の命を救ってもらおうと、レシピをカレンに渡したのである。私の代わりにお救いくださいと。

 昼間、そんなカレンの元を訪れた際に、その場に居たシエルからは、「作ることに焦っているから」ではないかと言葉を頂いた。

 はっと気づかされた言葉に、思い当たる節は幾つもあった。早くクレアを病から解放してあげたい。その苦しみから助けてあげたい。思うことは常にそれだけだった。

「……カレン様、無礼を承知でお伺い致します」

「な、なんでしょうか?」

「私は、カレン様のように、なれるのでしょうか……?」

「わ、私のように、ですか?」

「……名立たる魔法調合師や錬金術師が、作り得なかった魔法薬を完成させ、私の作った魔法薬を、いとも簡単に作り上げたカレン様。

 私はカレン様に憧れておりました。

 カレン様は、こんな私を弟子に迎え入れてくださいました。……私には、これほどおそれ多いことはございません」

 節目がちにことを紡ぎ、芯のあった瞳には光が陰り、大粒の涙を湛えて頬を濡らす。

 心震わせるように、ぼろぼろと流れ出る涙をすくうこともなく、彼女はその場に膝を突き、手のひらを胸に添え、言を繋ぐ。

「……クレア様をお救い頂きまして、本当に、本当にありがとうございます。このシャロン・フレデリカ、カレン様への多大なる感謝と共に、この命に誓い、忠誠をお誓いいたします。この不束者を、どうかよろしくお願いいたします」

 深々とこうべを垂れ、小刻みに身を震わせる。

 本当に感謝している。これは心の底から懇願していたことを、カレンが実現してくれたことに対する正直な気持ちである。

 そんな姿を見て、カレンは彼女の元に近づき、その肩に手を添えた。

 臆するように肩を震わせ、身を強張らせる彼女に、そっと囁く。

「シャロンさん、さっきも言ったように、お弟子さんとかそういうことじゃなくて、私たちは友達ですよ」

「で、ですが……」

「あの魔法薬は、シャロンさんの手によって作られたものです。作ったのは、私たちではありません」

「え……?」

「私たちは、シャロンさんの手伝いをした。それだけです。あの魔法薬のレシピを作ったのは、シャロンさんじゃないですか。あんなレベルの高い魔法薬、きっと私たちには作れません」

「そ、そんな、それほどのものでは……」

「あの魔法薬は、いつもクレアさんのことを想って、大切にしているシャロンさんだからこそ、作ることが出来たものなんです」

 そっとその白い手を取り、彼女を立ち上がらせる。呆然と立ち尽くすシャロンの瞳を見据え、カレンは一つの答えを差し出した。

「シャロンさんは、クレアさんの命を、自らの手で救い出したんです。あの魔法薬で。……それは紛れもない事実なんですよ」

「ですが、私は魔法薬に失敗して……!」

「私だって、最初から魔法薬を作れたわけじゃないですよ。シエルやティン、リィちゃんやルミちゃんたちに支えてもらって、ようやく作り上げることができたんです。私一人だけでは、何一つできなかったんです」

 苦笑いをしつつ自らの羞恥を吐き出すカレンを見て、シャロンはなんて無礼なことを言ってしまったんだろうと、強く後悔した。自分の甘さを痛感してしまう。

「シャロンさんはたった一人で、あの魔法薬を作り上げたんです。それを認めずに、だれもシャロンさんを責めることなんて、できないですよ」

「わ、私は、そんな……」

「大丈夫、私たちはシャロンさんのその辛さを理解しています。だから、もう我慢することはないんだよ」

 母が、我が子をあやすように優しく語り、包み込むようにその肩を抱き寄せる。そんなカレンの言葉に、思わず胸を奪われてしまう。

 抑え切れなくなった感情が、その緊張の糸を解き放ち、こんこんと湧き上がる泉の如く押し寄せた。

「カレン様、ありがとうございます……!」

 その小さな肩に抱き寄せられ、まるで子供のように声を上げてその感情を溢れさせる。カレンはそんなシャロンを、いつまでも優しく抱き留めていた。

 何より、彼女の苦労を理解できるのは、その道を辿った者だけだ。いくつもの困難を越えてきたカレンにとって、シャロンの辿ってきた道がいかほどに遠く険しい茨の道だったかが、痛いほどに感じ取っていた。

 これで、シャロンが救えるのなら、できる限りを尽くそう。そう胸に誓った。彼女の為にも、クレアを何とかしなくては……。

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