第12話「ねじれ」2

 帰ってくるなり、飛んできた言葉はシルトの声だった。

 当然ながら、いつまでたってもシャロンの姿が見えないからに決まっている。シャロンは朝から屋敷を出ている。さすがに彼女をよく思っていないシルトは黙って居られるはずもなかったようだ。

「お嬢様! シャロンは戻ってこないのですか!? あの者は一体何をしているのだ!」

 とてもウザイ。それに、今はシャロンのことさえ触れられたくはない。なにせ彼女は、カレンの元へと行ってしまったのだから……。

「お黙りなさい! わたくしの前でシャロンのことなど、今後一切口に出さないでくださる!?」

 騒ぎわめくシルトに負けない声で、一喝浴びせる。そんな様子に呆気に取られて、執事はクレアの態度に疑問を抱いた。

 ……先程はシャロンを馬鹿にするなと仰せられながら、なぜそのようなことを……。

 周りに怒りを振りまくように、足早に廊下を過ぎ去るクレアを見送ると、シルトはそんな疑問を抱かざるを得なかった。

 いったい何があったものか。あれほどシャロンを大切にしていた彼女が、吐き出す言葉とは思えない。

 ……快復されてからというもの、お嬢様のご様子は甚だ尋常ではない。

 街で流れる話を知らないわけではない――むしろ、公園の掲示板や新聞の伝える情報に、クレアの名を差し止めているのはシルト自身であった。

 しかし、主のご息女が、何をもってそれらの行動を起こしているのかはいささか難解で、シルトはある一つの可能性を見出だしていた。

 ……もしやシャロンが一枚噛んでいるのではないだろうか?

 その理由として、あの使われていない調合部屋があげられる。レイン家に長く仕えるシルトが、その部屋を知らないはずもなく、最近調合が行われ、使われた形跡を見るなりその可能性を示唆したのだ。

 シルトをはじめ、レイン家に仕える使用人の中に、レベルの高い魔法調合を行えるのはシャロンの他には居ない。そう思われて当然の可能性である。

 ……これは一つ調べをつけなくてはならないな……。

 自室へと向かうきびすを返し、執事は古い調合部屋へと爪先を向けた。


 明かりの落とされた自分の部屋に入るなり、そのままベッドへと身を投じる。ふかふかに柔らかく、包み込んでくれるように支えてくれて、そして暖かい。

 長い間、ベッドの上での生活が続いた。心臓発作の症状の悪化。この身を蝕む病は日に日に、その根を深くしていった。やがて、この部屋を出ることさえできなくなってしまう。

 しかし、それに対する不安などはなかった。

「……シャロン」

 いつも、シャロンが側に居てくれた。シャロンが、病を治す魔法薬を作ってくれる……。

「シャロン、どうして……」

 いつも、シャロンの支えがあった。辛い時、苦しい時、楽しい時も嬉しい時も、いつも側に居てくれた。だから、不安になるようなことはなかった。

 しかし病は、シャロンではなく、マジカルファーマシーの店長、カレンによって治癒された。シャロンでさえ苦悩の末に失敗をくり返し、完成に至らせることのできなかった魔法薬を、いとも簡単に作り上げてしまう。

 かつて、名だたる魔法調合師が失敗を繰り返し、完成させることのできなかった魔法薬を、彼女は作り上げることができた。そんなカレンなら、簡単に作れたはずに違いない。

 しかし、決してシャロンの力量がないわけではない。彼女も多くの苦労を重ね、自分の為に尽くしてくれた。ただ、それが実らなかっただけなのだ。

 長年の苦しみから開放し、風前の灯だったこの命を、救ってくれたカレンには心から感謝している。強く心打たれ、カレンという人物に魅かれていった。

 困難な魔法薬をいとも簡単に作り出す。何一つ満足にこなすことのできない自分には、それが途方もないことに思えてしかたがない。だからこそ、カレンに熱い想いを抱いてしまう。憧れとして。そして、そんな方のお側に居られたなら、と。

 まさかシャロンまでもが、カレンの元へ行ってしまうとは思わなかった。

 ――魔法薬を完成させられたカレン様に弟子入りをと……。

 カレンに弟子入りを申し込んでいた。シャロンもまた、カレンに魅かれていたということか……。

「シャロンまでも、わたくしからカレン様を奪おうというのなら、許せないわ」

 手を打たなければならない。誰にも邪魔はされたくはない――それがシャロンであろうとも。

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