第12話「ねじれ」1—2

 ベッドから降りるなり、そのまま部屋を出る。多少足元がふらつくが、気にする程度ではない。廊下を伝い、階段を降りていく。

 明かりの薄い倉庫代わりの小部屋を抜けると、その向こうにはいつも修羅場を繰り広げている調合部屋があった。今は調合を繰り返すその喧騒はなく、テーブルでは、クレア対策委員会のメンバーが勢揃いしていた。

 皆、神妙な面持ちを見せ、その中に席を立ってこの集会の指揮を取るルミの姿が見られた。さしずめ作戦会議と言ったところか。あれこれと意見を取り交わしているところだったらしい。

 ドアが開かれた音に気づいたか、発言が途切れ、皆ドアを開けたシャロンのほうを向く。カレンが慌てて立ち上がり、シャロンの元に駆け寄った。

「シャロンさん、お体はもう大丈夫ですか?」

「はい、多少足がふらつく程度ですが、問題はありません。それより、私を介抱してくださいまして、ありがとうございました」

「いえ……。あの時、ルミちゃんが止めてくれなかったら……」

 ふとカレンの表情に影が落ちる。あの後どうなったのだろう。思えば身に痛みやケガなどは見当たらない。気を失ってしまったために、何も覚えてはいなかった。

 クレアがシャロンに向けて魔術を放つ瞬間に、ルミの先手がその暴発を食いとめていた。具体的に言うと、次の通りだ。

 シャロンの胸元に突き立てたステッキがうねりを上げる。クレアがティンやルフィーを襲う際、常に使い続けていた魔法だった。このままではシャロンは大怪我ではすまない……胸に風穴を作るかもしれない。

 クレアの非情な微笑みはルミによって変えられた。魔術が発動するその瞬間、店内とシャロンに防護魔法をかけ、クレアの暴発する魔術を自らの魔術でかき消したのである。

 その打ち消し合う衝突のエネルギーに、爆風が店内に吹き荒れる。シャロンがそれに吹き飛ばされ、店内の品物とともに壁に叩き付けられてしまった。

 店内の喧騒が去って静寂を戻すころには、既にクレアの姿はそこになく、荒れ果てた店内が見事にでき上がっていた。カレンやルミには手負いはなかったが、シャロンが爆風の衝撃や壁に叩きつけられたことによって、無傷ながらも気を失ってしまった。

 何はともあれ店内の整理は後に回して、シャロンをファーマシー二階にある寝室のベッドに寝かせ、経営不能のライム雑貨店を閉店させ、ファーマシーの看板をクローズにひっくり返すや、クレア対策委員会メンバーをかき集め、作戦会議と入ったのである。

「ルミ様、誠にありがとうございます。不覚ながら、クレア様を止めることが、できませんでした……」

 深々と頭を下げ、身を震わせる。どうやらシャロンというメイドは、恩義にその信条を持っておられるようだ。さすが、クレアの為に自らを作り上げてきただけはある。

「頭を上げてください」

 そんなシャロンに近づき、ルミは神妙な面持ちでその肩に手を乗せる。申し訳なさそうに表情を落とし、顔を上げたシャロンを、そっと抱き寄せた。そして、耳元でこうつぶやく。

「シャロンさん、あなたも、クレアさんに狙われています……」

 はっ、となった。その瞬間に強く脈打ち、心の臓が張り裂けんばかりに動悸が激しくなる。無意識に体が震え始め、背に冷たい物を感じてしまう。まさか、そんなことが……。

「私はただ、クレア様の為を思って……っ!」

「クレアさん、言ってたでしょ? あなたはカレンちゃんを奪おうとしてるのねって……」

 そんな言葉に肩を落し、落胆してしまう。それはただの脅しではない。彼女は確かにそう言った。

 その時の目つきはもはや、かつて病に伏せていたころに向けてくれた、あの微笑みのかけらはまったく無くなっていた。胸の奥を貫き通し、それだけで殺されそうな、そんな殺気を含んでいる。

 それは紛れもなく、シャロンへの宣戦布告だった。自ら起こした行動が、最も恐れる最悪な結果を生み出してしまうことになろうとは……。

「そんな、どうして……っ」

「何はともあれ、シャロンさんも危険です。ここは、私たちに任せてください。クレアさんを止めますから」

「い、いけません! そのようなことを皆様にさせるわけには……!」

「大丈夫です。ボク達には、クレアさんを食い止めるすべがあります」

 胸に赤く輝くクリスタルを抱く、ピンクを基調にしたセーラー服。そして、その背には星型のシンボルに、同じく赤い光を放つクリスタルを拵えた、両手持ちの長いステッキ。想像を超越する魔術を繰り出すクレアに対抗する為に、カレン達と作り上げた代物である。

 その姿を見るに、彼女達の意気込みが本物であることがうかがえる。それに、先程の雑貨店での出来事でクレアの魔術を相殺できていところを見る限り、半端な作りの物ではないだろう。

「だから、シャロンさんは、カレンちゃんと一緒に居てください」

「で、ですが、私はクレア様に奉公しておりますので……」

「狙われてるのに、奉公も何もないじゃない。しばらくは屋敷に戻らないほうがいいわ」

 ティンの押しにシャロンは黙ってしまう。確かにそうである。あのときクレアの放った魔術は、ルフィーやルイを仕掛けた物と同じく、再起不能にさせる程の威力を持っていたに違いない。間違いなく、標的にされている。

「落ち着くまで、私の家に居ると良いわ。ルミや私達が何とかするから」

 彼女達が言うように、下手にクレアの前に出るようなことは、しないほうが良いのかもしれない……。

「何から何まで、大変申し訳ありません。皆様、よろしくお願いいたします」

 さすがにティンの言葉に折れるしかなかった。深くこうべを垂れ、自分にできることがないかとあたまを巡らせる。今はとにかく、自分の安全を確保しつつ、クレアを止める方法を考えるしかなさそうだ。

 しばらくはカレンの家に奉公することとなった。

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