第12話「ねじれ」

第12話「ねじれ」1—1

「ふふっ、まるで馬子まごにも衣装ですわね」

 クレアの部屋に招かれ、用意されていた衣装を身につけると、笑みをこぼしてクレアがそんな言葉を返してくる。

「う……それはあんまりだよ」

 少し頬を膨らませつつ、そんなことを言ってのける。でも、心の中はうれしい気持ちでいっぱいだった。

 用意されていた衣装――レイン家に仕えるメイドが身につけるメイド服だった。今日から、クレア専属のメイドとして、レイン家へと仕えることになる。長い間、胸に刻み込んできた、夢が叶った瞬間だった。

「でも、シャロンがわたくしのメイドになってくださるなんて、思いもしませんでしたわ。突然のことですもの、驚きましたわ」

「ううん、ずっと考えてたの……。クレアちゃんの為に、一生懸命に魔法調合の勉強をして、病を治せたらって」

 学園生活のほとんどが、魔法調合の勉強だった。他のことに目もくれず、ただただ邁進してきた。全ては、クレアの為だけに……。

 こうやって今、メイド服の袖を通し、クレアの側に仕えられることが、何より幸せだった。

「ありがとう、シャロン。でも、わたくしの為に、大変な思いをさせてしまいましたわね」

「そんな……私はただ、クレアちゃんの側に、居たいだけだよ」

「うふふ。あなたは、わたくしにとって命よりも大切な方ですわ。私も、シャロンの側に……いつまでも居たいですわ」

 徐に近づき、クレアは彼女の肩に腕を回して、そっと抱き締める。それに応えてシャロンも背に腕を回す。

「似合っていますわよ、シャロン」

 ――教会で、初めて声をかけてくれたときに、心に明かりを灯してくれた。そんなクレアに、その恩を返したい。

 あの時に見せてくれた笑顔で、この姿を称えてくれる。本当に、うれしかった。

「ありがとう、クレアちゃん――いえ、ありがとうございます、クレア様」

 腕を開放させるなり、深くこうべを垂れ、それを訂正する。これからは、クレアの専属メイドとして、ずっと側に居られる。クレアもよろこんでくれている。これで、恩返しができる……。


 気がつくと、ベッドの上に寝かされていた。辺りは既に暗く、天井から吊るされたランプには、火が灯されている。

 ここはどこだろう? ベッドから身を起こし、側にある窓から外を見るに、二階からの商店街の風景が見渡せた。そしてこの建物の向かいには、まだ周りの店が経営を続ける中、一軒だけ明かりの消えたライム雑貨店が見えた。どうやらここはマジカルファーマシーらしい。

 ふと気がつく――ライム雑貨店での一件。あれからどうなったのだろう。

 クレアが放った魔術は、店内に居た自分達を飲み込んだ。自分がベッドに寝かされていたところを見ると、攻撃を受けたらしい。

 ……まさか、クレア様にこんな仕打ちを受けるなんて、思ってもみなかった……。

 あの貫かれるような視線に、彼女から醸し出される殺気立った気迫。それは紛れもなく、自分に向けられていた。

 自分に笑顔を与えてくれて、いつまでも側に居たいと言ってくれた。それを信じて、もっとクレアの側に居られるように、自分の魔法調合の腕を磨く為、カレンに弟子入りをすると決めた。

 それなのに、あの時浴びせられた言葉は、冷酷なものだった。

「あなたまでわたくしからカレン様を奪おうとおっしゃるのね」

 違うっ! 決してそんなことじゃないのに……。クレアが放った魔術が、聞く耳を持たないことを示している。

 今の彼女には、出会ってからずっと見せてくれた、あの笑顔が消えていた。部屋に居ても、どこに居ても、可愛らしい顔はしかめ面を決め込んで、まるで周囲を威嚇しているかのようだ。

「クレアちゃん……」

 思わずつぶやいていた。次第に涙が頬を伝う。昨日といい今日といい、クレアに冷たくあしらわれている。

 疎外感が心を締めつける。今までずっと側に居て、お互いが必要な存在だったはずなのに……。まるで、差し出した手を弾き返された気分だ。

 命の恩人であるカレンを窮地に負い込み、大切な親友を拒絶し、自ら薬を作り出しては腕を振るう。クレアちゃん――そう呼んでいたころのクレアは、どこへ行ってしまったのだろう。

 でも、言えることが一つだけある。

 ……何があっても、クレアちゃんは私の恩人。彼女がどうあろうと、自らが仕える主を信じなくては、誰が信じるというの?

 カレンに告げたように、この身が尽きようとも、クレアを全力で止めなくてはならない。これ以上、被害を広げるわけにはいかない。

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