第11話「壊れた歯車」3
お昼も済ませ、午後の営業を開始させようと、カレンはライム雑貨店出入り口の戸に下がるプレートをひっくり返す。シエルは仕事の関係で既にファーマシーへと戻り、カレンは午前同様に、カウンターに控える。
「あ、あの、なぜカレン様がこちらの雑貨店を……?」
まぁ、ごもっともな意見である。いつも通り材料を買い出しに来たら、マジカルファーマシーの店長であるカレンが、向かいの雑貨店の店番をしているのはおかしなものだろう。
「あ……うん、ここの店長さんと売り子さんが、どちらも体調が悪くてお休みで……」
何とも言い難い事情でもある。何せ、ルイはシャロンが仕えるクレアの手によって、倒されてしまっているのだから。
「カレン様、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、はい、何ですか?」
「クレア様のことです……。ルイ様のおケガは、クレア様によるものですね」
「……っ!?」
思わずその鋭い指摘に反応してしまう。シャロンには知ってもらいたくはないと、思っていた。それはそうだ、彼女の仕える者が、今街中の話題を沸かせている渦中の人物である。シャロンだって、あまり気持ちの良いことではないだろう。
「街でこれほどの話題を振りまいていて、私の耳に届かないはずもありません」
逆を言えばそうでもあった。
「クレア様のお体が快復されてから、最近のご様子が尋常ではありません。カレン様は、何かご存じありませんか?」
「え? ……そ、それは」
それは一方的に迫る、クレアによるカレンへの異常なアプローチが原因ではないだろうか。
――あなた達は邪魔なのですわっ! 排除して差し上げます!!
自分の周りに居る親友達が狙われている。その真意は、まったく分からない。でも、一つだけ心あたりがある。
ルフィーが、図書館の特別観覧室でクレアに襲われた時に、探そうとしていた魔法薬のことではないだろうか。
「……媚薬」
「え? ……媚薬、ですか?」
やはりというかなんというか、心なしか頬を染めながら、シャロンはオウム返しにそう聞いてくる。突如に出てくる言葉にしては、いささか飛躍的だったかもしれない。
「あ、はい。……突拍子もないことですが、ルフィー先生が、図書館の地下書庫でその記述を探していたときに、先生はクレアさんに襲われたんです」
「そ、そんな……! ルフィー先生にまで、そのようなことを……」
「先生に、そのことを知られたくなかったから、そんなことをしたんじゃ……」
シャロンも魔法調合を行う者として、その効能については知識を持っている。しかし、だからといって、なぜそれを自ら作らなくてはならなかったのか、それが疑問である。
「でも、なぜそのようなことを、クレア様は続けるのでしょうか……?」
「それにはボクが答えてあげるよ」
カウベルが鳴り響き、来客を告げる。それとともに、届いた声に二人は振り返った。
部屋で寝ているはずのルミがそこに居た。その身には、完成したばかりの魔法防護服を身にまとい、素敵なステッキを背負っている。
どうやら、クレアとの決戦に向けて動き出したようだ。
「ル、ルミちゃん!? どうしてここに? 休んでんなきゃダメだよ。それにその格好……」
「ボクはもう大丈夫だよ。……それよりシャロンさん、これからボクが言うことをよく聞いてください」
いつもこの店に来る度、笑顔で迎えてくれる看板娘の真剣なまなざしに、思わず息を飲む。それにその服装の胸元に赤く輝くクリスタル。何か気を張られるような緊迫感を
「クレアさんはカレンちゃんのことを、まるで自分の物にするかのように、ボク達を襲ってきています……」
「っ……!?」
今までのクレアの行動を、当惑するシャロンに次々と告げていく。その度に、彼女の表情はみるみる青ざめ、暗さを帯びていった。街で噂されていた話は、多少尾びれが付いていたとしても、ほぼその通りだった。
――まさか命の恩人の周りの人達を、襲い込んでいたなんて……。まるで宛て違いである。
本人はその過ちに気づくどころか、それを正当化してしまっている。これは、食いとめなければならない。何としても!
「カレン様、ルミ様。数々のご無礼を、どうかお許しください。このシャロン・フレデリカ、我が身を持ってクレア様を阻止いたしますっ!」
二人に一気に捲し立て、勢いよろしく腕を捲っては意気込んで出て行こうとする。
「あっ、待ってくださいシャロンさん!」
「ですが、これ以上、カレン様や皆様にご迷惑をお掛けする訳には参りません! ですので、私が――」
その時だ。カランコロンとカウベルが鳴り響き、またも来客を告げる。
そのお客様は、出入り口のすぐ前に居たメイドに大きく目を見開いて、酷く驚いていた。それと同じく、その来客にシャロンは思わずその名を口にしてしまう。
「ク、クレア様……っ!?」
「シャロン!? なぜあなたがこちらに居られるの!?」
「い、いえ、私はただ、魔法薬を完成させられたカレン様に弟子入りをと……」
「カレン様……?」
不機嫌そうに繰り返すと、シャロンの後ろに控えた愛しカレンの姿を見つける。そして、その脇に居る、ピンク色のセーラー服に身を包んだ恋敵ルミの姿。
なぜシャロンがここに……。まさかシャロンまでもが、カレンに逢引きをして密な関係を作ろうとしているのでは?
「弟子入りですって!?」
クレアの中で、何かが弾け飛ぶ感覚があった。目の前に居る幼なじみへの信頼が、崩壊する瞬間だった。
「……そういうことですのね」
背後に気迫を揺らめかせ、シャロンへと近づくなり、すっとステッキを手にしてはその胸元に突きたてる。
「ク、クレア様……?」
「あなたまで
その声とともに、ライム雑貨店の店内が一気に光に包み込まれた。
――その直後に、カレンは光の中に何かを見た気がした。それは、幽かに赤く放っていた気がする。
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