第11話「壊れた歯車」2—3

 教会の裏庭にあるヒマワリ畑の中に、彼女は置き去りにされていた。それを見つけたシスターに引き取られ、育てられたという……。シャロン・フレデリカという名は、そのシスターによって付けられている。

 シャロンとの出会いは、幼いころに教会の聖堂で祈りを捧げる為、初めて母親に連れられて訪れた時だった。

 聖堂に並ぶイスに一人、寂しそうに座り込み、何も捉えないような瞳で、ステンドグラスに映る聖母の姿を見つめていた。そんな姿に、クレアは思わず声をかけていた。

「ここで、何をしていらっしゃるの?」

 そんな問いかけにシャロンは徐にクレアのほうを向くが、その口が動くことはなく、ただただじっとその視線を重ねてくる。

わたくしの顔に、何かついてますの?」

 その無表情に嫌気がさして再び質問をするが、彼女はいつまでも見つめ返してくる。その瞳は、やはり光を見ていないように感じてならない。

「あなたも、私をの……?」

「っ……?」

 ようやく口にしたシャロンの第一声は、それだった。とても消え入りそうな、か細い声で。

 よくよく見てみれば、幼いながらも整った顔には傷がつき、手には包帯を巻き、召した服は泥だらけ。そんな姿を見て、クレアは思わずシャロンを抱き締めていた。

「あなたをいじめるのはどなたですの? このクレア・レインが許しませんことよ!」

「え……?」

 突然の抱擁とそんな言葉に、驚きの表情を見せる。そして、みるみるシャロンの表情が、涙に濡れ始めた。

 何かの緊張の糸が途切れたように、彼女は均きりに大声を上げて泣き出してしまう。クレアはそれにやさしく頭を撫でてあげていた。

「もう、泣いてはいけませんわ」

 まるで母親がむすめをあやすように、シャロンをなだめる。クレア自身、母親から何度となくしてもらっていたことだった。いつも気を落ち着かせてくれるその優しさを、目の前の少女にも与えたい……。

「うん、ありがとう……」

 鳴咽を止め、涙を拭ってクレアから身を離す。大分落ち着いたようだ。クレアはそれを見ると、笑顔を見せた。

「あなた、お名前は?」

「シャロン……シャロン・フレデリカ」

「シャロンね。いいこと? シャロン。これからわたくしとシャロンは、友達ですわよ?」

「え?」

「これから、わたくしのお家へ来られません? よろしいでしょう、お母様?」

 お祈りを終えた母親が、笑みを見せて静かに肯きを見せる。それを見ては、笑みを見せてシャロンの手を取り、母の元へと連れていく。

「よろしくお願いしますね、シャロンさん」

「あ、はい」

 クレアの母親に頭を撫でられるなり、頬を染めてくすぐったそうに、シャロンは笑みを見せる。ようやく見せたその笑顔が、とても可愛らしくて似合っていると、クレアは思った。

 それから、幾度となくシャロンを家へ招いて遊んだり、教会へ赴いては裏庭で遊び、徐々に笑みをよく見せるようになったシャロンは、元気になっていった。


 そんな経緯があって、今に至る。クレアはシャロンが大好きだ。病のせいで友達の居なかったクレアとしては、シャロンは大切な親友であり、とても身近な存在だ。

「シャロンは、わたくしの支えですのよ……っ!」

 当然、そんな彼女を悪く言う者には、クレア・レインとして、許すわけにはいかない。例えそれが執事であろうと、誰であろうと。

 涙を拭い、床に転がるステッキを拾い上げる。行かなくてはならない。決戦へと足を踏み出した――ルミの待つライム雑貨店へと。

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