第11話「壊れた歯車」2—2

 事を終わらせると、余韻に脱力しきった体を起こし、服装を正す。床に散らばったビンの破片や、自らの行為による残骸を片し、再びそそくさと部屋を後にすると、人の気配に注意して自分の部屋に戻る。

 シャロンや他のメイドさえ居ない、自分の部屋。長くベッドの上での生活をしてきたせいか、親族や親と付き合いのある者などから見舞いにと贈られてきた、おもちゃやぬいぐるみ、小説などの書物が溢れるクレアの部屋。

 その中の小綺麗な衣装箪笥だんすに近づき、汚れてしまった服などを取りかえる。

 体中に力がみなぎる。今にも弾き出さんと魔力が渦巻いている。媚薬の効果はそこにある。相手への嫉妬心や強い想いにより、その魔力を高めるという物だった。

 今までの自分には有り得ない程の魔力を手に入れている。それが故に、自らの力に自信を持つことができる。そして、カレンへの強い想いが周りの者へのねたみとして現れている。

「失礼いたします、お嬢様」

 ノックの後に戸が開き、その向こうからシルトが姿を見せる。いささか不機嫌そうな面を見せ、ツカツカと靴音を響かせ、クレアの元へと近づいてくる。もはやこの表情は見飽きるほどに嫌いである。決まって怒声を浴びせてくるか、行動をとがめてくる。

 クレアも頬を膨らませ、機嫌の悪さを見せつける。今、シルトに会いたくない気分である上、今までどこへ行っていたのかを聞かれるに違いない。

 目の前に来ては足を止めるなり、いきなりため息を一つ投げかけてくる。説教の前に見せる彼の癖だった。そして、息を吸い上げると、お説教タイムの始まりだ。

「お嬢様」

「何の用ですの?」

「……シャロンが買い出しへ出てから、随分と時間が経っております。どちらへ行かれているか、ご存じではありませんか?」

「え……?」

 おとがめが入る口調で語り出すかと思いきや、突然そんなことを言い出す。思わず拍子抜けてしまった。

「……分かりかねますわ」

「そうですか」

 再び深くため息を吐き出す。どこか呆れを含めたようなシルトの表情。そんな態度に、いらだちを覚えてしまう。そのため息は、自分に向けられているものではない。

「全くもってシャロンにはつくづく失望させられます。何一つ満足にこなせない。お嬢様の薬すら作り出せないとは。学園を主席で出ているのは、単なる建前なのでは――」

「シャロンへの愚弄ぐろうをおめなさい!」

 シルトの発言を遮るようにクレアが怒声を上げる。それに目を丸くして、思わず言葉を止めてしまう。今までになく鋭い視線をシルトにくれると、ステッキを握り締める。

 その穂先を、目の前に居る執事の胸に突きつけた。

「お嬢様、一体何を……」

 シルトには、彼女の背後に揺らめく殺気だったものが見えた気がした。最近、不可解な行動を見せる主のご息女に、背に冷たいものを感じざるを得ない。

「これ以上シャロンを悪く言うのでしたら、このわたくしが許しませんことよ!?」

「た、大変申し訳ございません」

 慌てて深々とこうべを垂れて謝罪を述べる。しかし、クレアとしては、幼なじみのシャロンへの侮辱を許すことはできない。

 シャロンが自分のために何をしてきたのか、どれほどの苦労をしてきたのか。自分には想像を絶する辛さだったに違いない。それの何を知ってそんなことを言えたものか。

「シャロンはわたくしの為に、身を削る思いで、私の病を治癒する薬を作る努力をしてきましたのよ! それを知っての暴言ですのっ!?」

「お、お嬢様……」

 シルトの胸元に押しつけたステッキが、するりと床に軽い音を立てて転がる。いつの間にかまなじりに溜まった想いは頬を伝わり、ぼろぼろと大粒の涙を流していた。ステッキを失った手が顔を覆う。

 ――シャロンが、シャロンが認められないなんて……。それだけがただただ悔しかった。

「あなた如きに言われる筋合いなどありませんことよっ! 早々にこの場から消えなさい!!」

「し、失礼いたしました!」

 三度頭を下げるなり、逃げるように部屋を退散していく。事実、シルトはシャロンを良くは思っていない。魔法薬に関する失敗などより、なにより彼女の生い立ちを見下している。

 ――シャロンは捨て子だったという。いつか、シャロンが話してくれたことだった。

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